平成19年10月11日東京地方裁判所平成17年(ワ)第19972号営業差止等請求事件

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平成19年10月11日判決言渡同日原本領収裁判所書記官

平成17年(ワ)第19972号営業差止等請求事件

口頭弁論終結日平成19年7月12日判決

当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり

主    文

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求

1 被告株式会社大庄は,別紙物件目録記載1及び2の各建物において,被告Cは,同目録記載3の建物において,それぞれ午後10時から翌日午前10時までの間,飲食店の営業をしてはならない。

2 被告株式会社大庄及び被告Eは,原告に対し,連帯して,金80万円及びこれに対する被告Eについては平成17年10月22日から,被告株式会社大庄については同月25日からいずれも支払済みまで年5分の割合による金員並びに平成5年1月1日から被告株式会社大庄が別紙物件目録記載1の建物における午後10時から翌日午前10時までの間の飲食店の営業を中止するまで1か月金3000円の割合による金員を支払え。

3 被告株式会社大庄,被告F,被告有限会社ティープランニング,被告H,被告I及び被告Jは,原告に対し,連帯して,金80万円及びこれに対する被告有限会社ティープランニングについては平成17年10月22日から,被告Fについては同月23日から,被告株式会社大庄については同月25日から,被告H,被告I及び被告Jについては同月30日からいずれも支払済みまで年5分の割合による金員並びに平成5年1月1日から被告株式会社大庄が別紙物件 目録記載2の建物における午後10時から翌日午前10時までの間の飲食店の営業を中止するまで1か月金2000円の割合による金員を支払え。

4 被告C,被告E及び被告Fは,原告に対し,連帯して,金80万円並びにこれに対する被告C及び被告Eは平成17年10月22日から,被告Fは同月23日から,いずれも支払済みまで年5分の割合による金員並びに平成2年1月1日から被告Cが別紙物件目録記載3の建物における午後10時から翌日午前10時までの間の飲食店の営業を中止するまで1か月金3000円の割合による金員を支払え。

5 被告株式会社すかいらーく,被告F,被告有限会社ティープランニング,被告H,被告I及び被告Jは,原告に対し,連帯して,金9万5290円並びにこれに対する被告有限会社ティープランニング及び被告株式会社すかいらーくについては平成17年10月22日から,被告Fについては同月23日から,被告H,被告I及び被告Jについては同月30日から,いずれも支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

本件は,マンションの管理組合である原告が,同マンションの店舗用の区画を賃借する被告株式会社大庄(以下被告「大庄」という。)及び被告Cに対し一次的には深夜営業を禁止する設立総会決議に基づき,二次的には建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という。)57条1、4項に基づき午後10時から翌日午前10時までの間の飲食店の営業をすることの差止めを求めるとともに,被告大庄,被告C及び平成12年2月12日から平成16年1月31日まで同マンションの店舗用の区画において深夜営業を行っていた被告株式会社すかいらーく(株式会社ビルディ(以下「ビルディ」という。)訴訟承継人。以下「被告すかいらーく」という。)(以上3名を,以下「被告占有者ら」という。)並びに同マンションの区分所有者6名(被告E,被告F,被告有限会社ティープランニング( 以下「被告ティープランニング」という。),被告H,被告I及び被告J (以下「被告区分所有者ら」といい,うち被告Eを除く5名を,以下「被告ティープランニングら」という。)に対し,総会決議に違反して午後10時以降の深夜営業を行い,又は賃借人に深夜営業を行わせたとして,不法行為(各専有部分ごとに,区分所有者と占有者の共同不法行為)に基づき,深夜営業により原告が過分に支払った電気料及び前記差止請求に係る弁護士費用等の連帯支払を求めている事案である。

1 前提事実

ア 原告は,別紙物件目録記載1ないし4の「一棟の建物」に表示された地下1階地上12階建建物(ウエストヒル町屋。以下「本件マンション」という。)の管理組合である。
本件マンションは「町屋駅前西地区第一種市街地再開発事業(個人施行)」(以下「本件再開発事業」という。)により,昭和62年10月30日に建築された建物で,地下1階から地上2階にかけては店舗用の,4階から12階にかけては住宅用の区画になっており,3階部分には専有部分がなく,広場が設けられている。

イ 被告Eは,別紙物件目録記載1の建物(以下「B101号室」という。)を所有している。
被告ティープランニングらは,同目録記載2の建物(以下「203号室」という。)及び同目録記載4の建物(以下「201号室」という。)を共有している。
被告E及び被告Fは,同目録記載3の建物(以下「B103号室」という。)を共有している。

ウ ビルディは,平成19年1月1日被告すかいらーくに吸収合併された。
被告大庄はB101号室及び203号室を賃借して飲食店(居酒屋)を経営し,被告CはB103号室を賃借して飲食店(焼肉店)を経営し,被告すかいらーく(合併前のビルディ)は201号室を賃借して飲食店(ファミリーレストラン)を経営している。

エ 被告ティープランニングは,平成12年に原告に対し,規約及び店舗使用規則には店舗の営業時間を制限する規定はなく,201号室の営業時間に制限が存しないことの確認を求める訴えを提起した(以下,本項記載の一連の訴訟を「前訴」という。)。
これに対し,東京地方裁判所は,平成14年10月11日,被告ティープランニングの請求を棄却する判決を下した。
そして,東京高等裁判所は,平成15年12月4日,被告ティープランニングからの控訴及び控訴審において追加された請求(被告ティープランニングが201号室及び203号室において午後10時から翌日午前10時までの間に店舗を営業しうる地位にあることの確認請求)を棄却する判決を下し,最高裁判所は,平成17年5月10日,被告ティープランニングからの上告を棄却するとともに,上告を受理しない旨の決定を下した(甲13ないし15)。

2 原告の主張

(1) 設立総会における午後10時以降の深夜営業を禁止する総会決議の存在

店舗使用規則4条1項には,店舗の営業時間は総会の決議で定めることができる旨の定めがあるところ,昭和62年12月12日の設立総会において,当時の区分所有者である被告E,被告F,被告ティープランニングの代表者であるG,K,L,東京都住宅供給公社(以下「公社」という。)の全員一致により,店舗の営業時間を午前10時から午後10時までとすることが決議された(以下「本件決議」という。)。

(2) 総会決議において店舗の営業時間を制限することの可否

店舗部分で深夜に営業行為がなされると,従業員,顧客,取引先等の往来が激しくなるほか,店舗用の区画から生じる騒音,悪臭等が共用部分にわたりマンション全体の衛生悪化,治安悪化等を生じさせる可能性もあるから店舗用の区画における営業時間の制限は,区分所有法18条1項本文の「共用部分の管理に関する事項」に該当するということができ,集会において, 区分所有者及び議決権の各過半数による決議(以下「普通決議」,又は,単に「決議」ともいう。)により定めることができる。

仮に,集会決議のみにより定めることができないとしても,規約で基本的な事項を定め,その範囲内での細則の決定を集会の決議に委任することは相当な範囲内において許されるところ,本件マンションの店舗使用規則には広範囲にわたって十分に基本的事項が定められているから,営業時間帯については,端的に集会の決議で決すれば足りると解すべきである。
しかも,本件においては,設立総会において,管理規約,店舗使用規則及び深夜営業禁止に係る集会決議が全員一致で可決されたのであるから,営業時間の制限につき規約店舗使用規則で基本的事項を定めず集会決議で定めるとしても何ら委任として問題はないし「特別の影響」を受ける一部の区分所有者の権利,利益(区分所有法31条1項但書参照)が損なわれるともいえない。

(3) 平成10年以降の原告の総会における深夜営業を禁止する決議の存在

原告は,平成10年6月27日開催の第12回定期総会,平成13年5月27日開催の第15回定期総会及び同年12月17日開催の臨時総会において,本件決議を再確認する決議を行った。

(4) 被告らの違反行為

ア 被告占有者らの義務違反

(ア) 被告占有者らは,区分所有法46条2項に基づき総会決議を遵守すべき義務を負うにもかかわらず,これに違反し,下記イ(ア)ないし(ウ)のとおり,深夜営業をかつて行い又は現在も行っている。

(イ) 本件マンションのような店舗部分と住宅部分からなる複合マンションの店舗部分の賃借人となろうとする者は,営業時間の制約があることを想定し,規約及び店舗使用規則を参照するなどして,原告又は管理会社に対し,営業時間の制限について確認をすべきところ,被告占有者らはそのような確認をしなかったのであるから賃貸借契約を締結する際,被告占有者らが営業時間の制限の存在を知らなかったとしても,そのことから直ちに被告占有者らが営業時間の制限を遵守する義務を負わないとはいえないし,原告が営業時間の制限の存在を主張することが,権利濫用に当たるとか,民法94条2項の趣旨に照らして許されないとはいえない。

イ 被告占有者らによる深夜営業

(ア) 被告大庄は,B101号室については平成6年12月28日から,203号室については平成5年10月4日からそれぞれ現在まで,午後10時以降も翌日午前4時まで,B101号室及び203号室において飲食店の営業を行っている。

(イ) 被告Cは,遅くとも平成2年1月1日から現在まで,午後10時以降も翌日午前4時まで,B103号室において飲食店の営業を行っている。

(ウ) ビルディは,平成12年2月12日から平成16年1月31日まで午後10時以降も翌日午前5時まで,201号室において飲食店の営業を行っていた。

ウ 被告区分所有者らの義務違反(深夜営業への関与)

被告区分所有者らは,深夜営業をすれば本件決議に違反することを知りながら,被告占有者らとの間で各賃貸借契約を締結する際,営業時間の制限がないかのような誤った説明をして,被告占有者らにその旨の誤解を生じさせ,上記イのとおり深夜営業を行わせた。

(5) 深夜営業の禁止を求める差止請求について

上記(4)ア,イのとおり,被告大庄及び被告Cは総会決議に違反して現在も深夜営業を行っているから,原告は,被告大庄及び被告Cに対し,1次的には本件決議自体(下記ア)に基づき,二次的には区分所有法57条1,4項(下記イ)に基づき,深夜営業の差止めを求める。

ア 本件決議に基づく請求について

原告は,深夜営業を行っている者に対し,深夜営業を制限する本件決議自体に基づき,深夜営業の禁止を求める差止請求権を有する。

イ 区分所有法57条1,4項に基づく請求について

管理組合が「共同の利益に反する行為」を具体的に明示する目的で,規約,決議で管理組合内部での禁止行為を定めたときは,これに対する違反があれば,すなわち「共同の利益に反する行為」の要件を充たすと認めるべきである。
換言すれば,規約,決議に違反する行為があるときは,直ちに「共同の利益に反する行為」の要件を充足すると認め,それに対して差止請求権を認めるべきであり,他の入居者らが被る不利益等を個別具体的に認定して「共同の利益に反する行為」の有無を判断することは許されないというべきである。

そして,店舗と住宅の複合型マンションにおける深夜営業は,一般に騒音,悪臭,衛生悪化,治安悪化によるイメージダウンや資産価値の低下,長時間営業による機械設備への過剰負荷や損耗など有形無形の影響を及ぼすが,これらの事実を具体的に特定し,それが受忍限度内か否かを判断することは容易ではない。
そこで,一定時間を区切って一律に共同の利益に反する行為として規約,決議で禁止することによって,個別具体的に被害の程度を認定することなく,未然に被害の発生を防止することは極めて合理的な管理組合の運営方法である。

よって,区分所有者が,あえて「共同の利益に反する行為」として深夜の営業行為を定めた以上,その違反に対しては当然に規約,決議を根拠とする差止請求が認められるべきである。

(6) 損害賠償請求について

上記(4)の被告らの違反行為は不法行為(各専有部分ごとに区分所有者と占有者の共同不法行為)を構成するから,被告らには,これによって原告に生じた下記ア及びイの損害を賠償する責任がある。

ア 電気料

上記(4)イの深夜営業により,共用部分の電灯について,原告は,B101号室及びB103号室については1か月計6115円,201号室及び203号室については1か月計4368円の電気料の支払を余儀なくされている。
原告は,被告らに対し,そのうち,B101号室及びB103号室については1室当たり1か月3000円,201号室及び203号室については1室当たり1か月2000円を,B101号室,B103号室及び203号室については不法行為の後の日から深夜営業が中止されるまでの間について,201号室については上記(4)イ(ウ)の期間について,それぞれ請求することとする。

そうすると,201号室について請求する電気料相当の損害額は,以下のとおりと計算される。 2000円×(47か月+20日/31日)=9万5290円(円未満切り捨て)

イ 弁護士費用

原告は,上記(5)の差止請求に係る弁護士費用として,各店舗用区画の差止請求ごとに各80万円の支出を余儀なくされた。

(7) 前訴の確定判決の効力について

前訴判決の既判力の主観的範囲は原告と被告ティープランニングとの間に限定されるが,その客観的範囲は「昭和62年12月12日の設立総会で,議決された店舗の営業時間を午前10時から午後10時までとする議決は,本件マンション内にある店舗の営業時間そのものを制限する効力を有すると解すべき」ことに及ぶから,被告ティープランニングから店舗を賃借した賃借人も営業時間に係る決議を遵守すべきことが確定されたことになる。

3 被告らの主張(一部の被告のみの主張も含む。その被告を【】により特記することがある)

(1) 本案前の主張について

ア 店舗部分の店舗が深夜営業を行うことによって実際に損害を受けているのは各住人であって原告ではないから,原告は差止請求や損害賠償請求の原告適格を有しない。

イ 原告の規約によれば,原告の理事は,店舗部分から3名,住宅部分から3名選出すべきものとされているところ,実際には規約に定められたとおりの構成にはなっていないため,訴訟提起などを決定することはできず,本件訴えの提起は不適法である。

(2) 設立総会における深夜営業を禁止する総会決議の存否について

昭和62年12月12日開催の設立総会において店舗の営業時間を午前10時から午後10時までに制限する決議がされた事実はない。

(3) 深夜営業を禁止する内容の総会決議の効力について

ア 民法90条違反

本件再開発事業は,商業活性化による都市再生を第一の目的としたものであり,このことは区分所有法57条1項の「共同の利益」の解釈につき決定的重要性を持つものと解されるところ,この「共同の利益」はその性質上原告のあらゆる行為の実体的組織根本規範であり,それに反する原告の行為のすべて(決議も含まれる)は原告の根本規範たる「共同の利益」に反する限り,民法90条により,実体的に無効と解される。

イ 総会決議において店舗の営業時間を制限することの可否

店舗専有部分の使用に関する重大な制限である営業時間の制限は,いわゆる絶対的規約事項であり,単なる過半数決議ではなく,区分所有者及び議決権の各4分の3以上の多数による特別決議によらなければ制定ないし変更のできない規約によってのみ規制できる事項と解すべきであるところ,原告の規約には,そのような営業時間の制限規定は全く存しない。
また,例外的に,規約で基本的な事項を定め,その範囲内での細則の決定を集会の決議に委任することは,それが相当な範囲内にとどまるものであれば許容され得るかもしれないが,原告の規約には,基本的事項どころか,営業時間について規定した条項は全く存しないし,仮に店舗使用規則を規約と同視するとしても,店舗使用規則4条の文言からして,同条は届出や光熱費の支払等の関係で店舗の標準的な営業時間を定めたものであり,営業時間そのものを一定範囲に制限した規定とは解し得ないことが明らかである上,原告の店舗使用規則には営業時間制限に関する何らの基本的事項,指標ないし基準も規定されていないから,このような条項に基づいて集会決議で営業時間の制限を定めることが許されないことは明白である。

営業時間の制限を新たに設定する創設的な決議を行うのであれば,区分所有法31条1項後段に基づき,これらの総会決議に関しては,その制限によって特別の影響を受ける店舗部分の区分所有者らの承諾を得ることが必要であるところ,被告区分所有者らは,営業時間の制限を定めることにつき同意していないのであるから,本件マンションの店舗部分の営業時間を制限する総会決議は,区分所有法31条1項後段に違反する決議として,効力を有しない。

(4) 被告らの違反行為の有無について

ア 被告占有者らの義務違反の有無について

(ア) 上記(2)のとおり,原告の主張する設立総会における本件決議は存在せず,深夜営業を禁止する内容の総会決議は効力を有しないので,被告占有者らは,総会決議により定められたと原告が主張する営業時間の制限を遵守する義務を負わない。

(イ) 被告大庄が平成5年8月16日に203号室の賃貸借契約を,平成6年10月13日にB101号室の賃貸借契約をそれぞれ締結した際,被告大庄は,賃貸人から営業時間規制に関する説明を受けなかったが,平成9年にMが原告の理事長に就任した後,突如として営業時間規制が問題になっている。
原告は,昭和62年1月30日から20年以上にわたり,管理規約はもとより店舗使用規則の改正を怠ってきたものであるから,かかる「権利の上に眠る者」を保護することは許されるものではなく,原告の深夜営業の差止請求は,権利濫用理論や民法94条2項類推の法理によっても認められない。

イ 被告占有者らによる深夜営業について

(ア)【被告大庄】
被告大庄が,午後10時以降も翌日午前4時まで飲食店の営業を行っていたのは,B101号室については平成13年11月15日ころまで,203号室については平成17年8月11日ころまでであり,それ以降は,B101号室については午後11時半まで,203号室については午後11時までしか営業していない。

(イ)【被告C】
被告CがB103号室を賃借したのは平成2年6月15日であり,それ以前は賃借していない。また,被告Cが午後10時以降も翌日午前4時までB103号室において飲食店の営業を行っていたのは,平成17年6月30日ころまでであり,同年7月1日以降は,午後10時には閉店するよう努力している。

(ウ)【被告すかいらーく】
ビルディが,午後10時以降も翌日午前5時まで201号室において飲食店の営業を行っていたのは平成12年9月30日までであり,同年10月1日から平成16年1月31日までは翌日午前2時までしか営業していない。

ウ 被告区分所有者らの義務違反の有無について

上記のとおり,原告の主張する設立総会における本件決議は存在せず,平成10年以降の深夜営業を禁止する内容の総会決議は効力を有しないので,被告区分所有者らは,総会決議により定められた営業時間の制限を遵守する義務を負わない。

(5) 区分所有法57条1,4項に基づく深夜営業の差止請求について

ア 区分所有法57条に基づく請求の対象となる行為は「建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為」であるが,これに該当するか否かの判断は,当該行為の必要性の程度,これによって他の区分所有者が被る不利益の態様,程度等の諸事情を比較衡量して決すべきものと考えられる。
原告は,他の区分所有者の被る不利益として,真夜中の酔客の大声や騒音による安眠妨害,店舗が排出する悪臭,衛生悪化,治安悪化等を指摘するが,本件マンションの店舗部分と住宅部分が構造的に分離されている特殊性にかんがみれば,原告主張の事実が仮に存在するとしても,社会通念に照らし,いまだ受忍限度を超えてはいないというべきである。

イ 区分所有法57条に基づく差止請求権は,「区分所有者の共同の利益」のために認められるとするのが法の趣旨であるところ,本件マンションは,本件再開発事業の一環として建設されたものであるところ,そのことは「共同の利益」の解釈について決定的重要性を持つものと解される。
そして,本件再開発事業は,街を明るくして再活性化するというコンセプトの下に展開されてきたものであるところ,被告占有者らによる店舗の深夜営業は,街を明るくして人を集める効果があるから,本件建物の区分所有者の「共同の利益」に反するどころか「共同の利益」に資するものである。
したがって,被告占有者らによる店舗の深夜営業に対する区分所有法57条に基づく差止請求は認められない。

ウ 現在の技術に照らすと,騒音,臭気,振動等を防止するための装置がかなり進歩していて,少なくとも受忍限度をはるかに下回るところまで技術的に行うことができる。
しかしながら,理事らがこのような防音,防臭,振動防止等の装置設置のための改修工事を許可しないため,かかる工事を行うことができなかったのである。
そうすると,仮に本件マンションの住人の一部に騒音や臭気による被害を受けている人がいるとしても,その責任は,かかる工事を許可しない理事らが負うべきものであって,各店舗にその責任を転嫁することは許されない。

エ【被告C】
原告が深夜営業を問題にし始めたのは,被告Cが営業を開始してから8年も経過した後のことである上,被告Cの営業する焼肉店は地下1階の店舗専用フロアに位置するから被告Cによる午後10時以降の深夜営業は「建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為」に該当しない。

(6) 前訴の確定判決の効力について

ア 設立総会において店舗の営業時間を制限する決議がなされたとの事実を認定した前訴の確定判決には,再審事由又はそれに準ずる瑕疵があり,既判力は生じていない。

イ 前訴の確定判決の既判力は,被告ティープランニング以外の被告らには及ばない。また,その客観的範囲も,主文に包含されるものに限られ,理由中の判断には及ばない。

第3 当裁判所の判断

1 本件訴訟の適法性について

(1) 被告ティープランニングらは,店舗部分の店舗が深夜営業を行うことによって実際に損害を受けているのは各住人であって原告ではないから,原告は差止請求や損害賠償請求の原告適格を有しない旨主張している。

しかしながら,証拠(甲5)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,区分所有法3条にのっとり,区分所有者の共同の利益を維持し良好な住宅及び店舗の環境を維持増進することを目的として設立された管理組合であると認められるから,原告は,本件訴訟についての原告適格を有すると認められる。

(2) また,被告ティープランニングらは,原告の理事は,規約に定められたとおりの構成にはなっていないため,訴訟提起などを決定することはできず,本件訴えの提起は不適法である旨主張するけれども,証拠(乙E1の1ないし3,3の1・2)及び弁論の全趣旨によれば,原告の理事長を務めていたNは,平成17年1月17日に,同月30日の原告の臨時総会を招集し,同総会において,深夜営業等に関する紛争に関し,原告として訴えを提起することが決議されたこと,Nは,同年6月19日の原告の臨時総会を招集し,同総会において理事に再任された上,同総会において選任された全理事の互選により理事長に選任されたこと,以後,Nは原告の理事長として対外的な折衝等を行い,同年9月27日に本件訴訟を提起したことが認められるから,本件訴訟は適法に提起されたものと認められる(区分所有法25条,26条,34条,管理規約16条,17条,47条,48条,66条等参照)。

2 本件マンションの建設から本件訴訟の提起に至る経緯について

前記前提事実に証拠(各項に掲記したもの)及び弁論の全趣旨を併せると,次の事実が認められ,この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 本件再開発事業の概要等(甲23ないし25 ,27 ,37の1ないし4,乙B10,D3,4,E5)

ア 京成電鉄町屋駅前(以下「町屋駅前」という)は,古くから商業地として発展した街であったが,道路等網は狭隘で,戦後,無秩序に木造建物群が建築されたことから,防災の観点からも,道路等のインフラを整備し建物の高層不燃化を図る必要があった。
そこで,昭和50年代半ばころから,町屋駅前地区を中央地区,東地区,西地区,南地区,北地区の5街区に分けて再開発を行うことが本格的に検討されるようになった。

当時,町屋駅前の個人商店の多くが夜は9時までに閉店してしまい,夜は人気の少ない商店街となっていたため,夜も明るく魅力に富んだ商店街を形成することによって,区外に逃げていた顧客を地元に呼び戻して経済の活性化を図り,地元の雇用促進を図ることも再開発の目的の一つと考えられていた。

イ 本件マンションを含む地域(西地区)の再開発事業(本件再開発事業)は,地権者を代表する被告E,被告F,L及びKの4名が施行者となり,都内初の個人施行型法定再開発事業として,昭和56年ころから開始された。

本件再開発事業の事業計画書には,事業の目的として,@土地の合理的高度利用によって都市機能,都市環境の向上を図り,都心との交通の要衝として人的,物的交流の結節点とすること,A近隣商店街と共存しつつ商業施設の設備拡充及び近代化を図ること,B良質な市街化住宅を建設し,住環境の整備を行うこと,C計画的に共同化,不燃化を図り防災上の整備を行うことが挙げられていた。

ウ 昭和57年ころ,株式会社日本設計(以下「日本設計」という。)が本件再開発事業のコンサルタントとなった。日本設計は,原告の管理規約及び管理諸規則の原案を作成し,地元権利者や公社との協議を経て,管理規約について,昭和62年10月26日に東京都知事に認可申請を提出し,同年11月10日付けで都市再開発法133条に基づく東京都知事の認可を受けた。

エ 地元権利者が取得する区画(専有部分)以外の区画は,公社が取得し,その購入希望者を募集することになっていた。

(2) 設立総会の開催(甲1ないし4,6の1・2,23ないし25,乙B10,D4,E5)

ア 昭和62年10月ころ,本件マンションが完成し,昭和62年12月12日に設立総会が開催された。
公社は,昭和62年11月28日から同年12月6日までを申込期間として購入希望者を募集していたため,設立総会の時点では,本件マンションの区分所有者は4名の個人施行者ら少数の地権者と公社のみであったところ,設立総会には,個人施行者4名,公社 の担当者O,荒川区の担当者P,日本設計の担当者Qが出席した。

イ 設立総会及び第1回理事会では,まず,被告Eが初代理事長に選出され,総会の議長を務めた。
設立総会の議案は,日本設計が作成したものであり,役員の選任,本件マンションの管理諸規則の承認等の議案が可決された。

(3) 設立総会以後の経緯について(甲9の1ないし3,11,12の1ないし4,18,20,21,24,25,33,乙A1ないし8,B3,4)

ア 本件マンションの完成当初は,午後10時以降の深夜営業を行う店舗は存在しなかったが,平成元年頃から深夜営業を行う店舗が現れ始め,被告Cは,平成2年6月ころにB103号室を賃借し,翌日午前4時までの深夜営業を開始した。
また,被告大庄は,平成5年8月ころに203号室を,平成6年10月ころにB101号室をそれぞれ賃借し,両店舗において翌日午前4時までの深夜営業を開始した。

イ Gは,平成5年4月から平成9年3年までの間,原告の理事長を務めた。
Gが原告の理事長を務めていた間に,Rが被告Fから賃借していたB104号室のフランス料理店『S』で水漏れ事故が発生したことに関連して,Rは,原告に対し,5000万円の損害賠償を求める訴訟を提起した。

ウ Mは平成7年9月に,Nも平成8年に,それぞれ本件マンションの1室を購入した。
平成9年6月28日開催の第11回定期総会でN,Mが理事に選出され,Mが理事長に就任した。
それ以前に,原告の総会において店舗の深夜営業が問題になったことはなかった。

エ Mは,平成10年6月27日開催の第12回定期総会において,原告の運営状況についての報告として,@店舗区分所有者はわずか4名で総会議決権の45パーセントを保有し,一方の住宅区分所有者は40名で55パーセントの議決権を有しているに過ぎないところ,この不平等と思える議決権を背景に今まで店舗側区分所有者は自己に有利に組合を運営してきたこと,A他方,住宅側区分所有者には組合活動に関心がなく又は理解が少ない区分所有者が多く,その結果として議決権上優位にある店舗区分所有者が一方的な組合運営や規約違反行為をするのを制止できなかったこと,B本来であれば善管注意義務をもってこれらの違反行為を指摘し正常な組合運営に助言,補助すべき立場にある管理会社が,これを積極的に行わず,違反等を黙認あるいは追随許容してきたこと等の要素が相乗し合い,次第に違反行為が拡大し,それが自己の利益誘導に化し,それを既得権として違反行為を平然と重ねるに至ったものと思われる,との認識を示した。
そして,店舗区分所有者及び店舗テナントによる規約違反・不法行為の例として,店舗部分から出るゴミを処理するための費用を原告が負担していたこと,店舗テナントが違法な深夜営業を行っていること等を挙げ,深夜の営業時間は厳しく規制されるべきであると述べた。
これを受けて,上記総会において,被告F,被告E,Gの3名の店舗側役員が組合役員としての信用を著しく失墜する行為を重ねていることを理由として,上記3名の役員を解任することが決議された。
このほか,平成9年4月1日から平成10年8月31日までの間に原告が支出した店舗部分から出たゴミの処理費用に見合う金額を,原告の管理費から住宅部分の区分所有者に対して払い戻すこと,『S』での水漏れ事故に関して提起された訴訟に原告が敗訴した場合には,G個人が賠償金を負担すること,店舗部分の営業時間を午前10時から午後10時までに制限すること等が決議された。
被告区分所有者らは,これらの議案すべてに反対した。

オ ビルディは,平成12年2月ころに201号室を賃借し,翌日午前5時までの深夜営業を開始し,被告ティープランニングは,原告に対し,その旨を届け出た。

カ 平成13年5月27日開催の第15回定時総会においても,店舗の営業時間が午前10時から午後10時までであったことを確認する決議がされ,同年12月16日開催の臨時総会においても,同様の決議がされた。 その際,被告区分所有者らは,反対又は欠席した。

3 昭和62年12月12日に開催された設立総会において本件決議がされたか否かについて

原告は,設立総会において,全員一致により,店舗の営業時間を午前10時から午後10時までとする決議(本件決議)がされた旨主張し,被告らはこれを争うので,設立総会において本件決議がされたか否かについて検討する。

(1) 原告の管理規約36条二号には,専有部分(店舗)の使用については,店舗使用規則による旨の定めがあり,店舗使用規則には,次のような条項がある(甲5) 。

「(営業時間等)
第4条 店舗の通常営業時間は,総会の決議により定める。
2 通常営業時間外の営業(以下「時間外営業」という。)については規約第15条第2項の規定により,業務を受託した管理会社より派遣された常駐者(以下「常駐者」という。)に届け出なければならない。
3 時間外営業(換気設備の時間外運転)に係わる光熱水費等は,管理費とは別に徴収する。
4 営業時間に関連する看板,外灯等の消燈時間については,総会の決議により定める。」

(2) 設立総会の議案書(甲6の1)には,第7号議案「その他の事項」の中に,次のような議案(以下「本件議案」という。)が記載されている。

「(3)店舗営業時間の設定について
店舗の営業時間及び看板,外灯等の消灯時間を次のとおりとする。
(店舗使用規則第4条)
店舗営業時間午前10:00〜午後10:00
看板,外灯の消灯時間午後10:30」

(3) 設立総会の議事録(甲6の2)には,店舗使用規則等の諸規則を制定する議案(第2号議案)などの原案どおり承認されたものについては「原案の通り承認された。」との記載があるが,第7号議案については,次のように記載されている。

「(3)店舗営業時間の設定について
原案を次のとおり変更することに決定された。
(3)店舗共用電気料について
管理組合による店舗共用電気料の負担については下記の時間帯とする。その範囲を越えるときは,店舗使用規則第4条第3項により別途店舗の負担とする。
午前10:00〜午後10:30」

そして,設立総会の議事録の署名人には被告E,G,公社の担当者であるOが指名され,被告E及びOが押印しているが,Gは押印していない。

(4) Q,P,被告F,G,被告Eは,いずれも設立総会において営業時間を制限する決議がされたことを否定する陳述をしている。

ア 一級建築士と再開発コーディネーター(現在の再開発プランナー)の資格を有し,再開発コンサルタントである日本設計の都市開発部に勤務し,本件再開発事業を担当したQは,店舗使用規則第4条の趣旨は,@店舗の営業時間に制限は設けない,A他方,店舗ごとの営業時間の差異が共用電気料金の負担割合を不平等にする可能性があるため,同料金を管理費で負担すべき通常営業時間を総会の決議により決定する必要がある,の2点であったこと,議案書に「通常営業時間」と記載すべきところ,「通常」の2文字を挿入し損なったため,原案のままでは審議することができなくなったこと,そこで,本件議案を平易な表現に置き換えることとし,表題を「店舗営業時間の設定について」から「店舗共用電気料について」に変更し,決議事項を「管理組合による共用電気料の負担については,午前10時〜午後10時30分とする。」に変更したことを陳述している(甲23)。

イ 監督官庁である荒川区役所の都市整備開発課に勤務し,本件再開発事業を担当したPは,元来,地元の地権者も公社も店舗の営業時間を制限することを考えていなかったこと,設立総会においては,本件議案の表現が不適切であったために営業時間の制限について議論はあったが,本件マンションは元々駅前商店街に立地するから,店舗回りは夜遅くまで明るく人気がある方が防犯,衛生上も好ましいという公社等の意見が出され,営業時間を制限しないことが改めて確認合意されたことを陳述している(乙E5)。

ウ 個人施行者の1人である被告Fは,規約等の内容について協議を重ねていた当時,店舗の営業時間や業種等について何らかの制限ないしは指導を受けることを懸念し,何度も営業時間等を制限しなくても構わないのか,と発言したこと,これに対し,荒川区は駅前商店街の活性化のため,公社は本件マンション3階の広場の安全管理上夜間も明るい方が好ましいという理由により,いずれも店舗の営業時間は制限しない方がよいとの意向であったこと,そこで,店舗の営業時間は特に制限せず,店舗共用部分の電気料金の負担に関してのみ,通常営業時間とそれ以外とに区分されることになったこと,ところが,設立総会の議案書に「店舗営業時間は,午前10時から午後10時までとする。」と記載されていたことから,設立総会の席上改めて店舗の営業時間の制限について確認したところ,議案書に「通常営業時間」と記載すべきところ,「通常」の2文字が欠落する記載内容の錯誤があったことが判明し,議案そのものが否決された上で変更されたことを陳述している(甲24 )。

エ 被告Fの子で,昭和63年7月20日に被告ティープランニングの代表取締役に就任したGは,地元の地権者は,商店街の活性化が予想されるという荒川区の説明から,区分所有する店舗の営業時間が制限されることを嫌い,公社も地面に近い店舗部分が暗くない方が好ましいなどの理由から,営業時間は制限しない方がよいという考えであったこと,日本設計から店舗共用部分の電気料金を原告の管理費で負担する時間帯に一定の制限を加えることが必要であるとの提案がされ,個人施行者と公社は,電気料金を管理費で負担する通常営業時間とそれ以外の時間帯の時間外営業を区分することにしたこと,設立総会においては,議案書中に店舗の通常営業時間に関するミスタイプがあることが問題になったが,日本設計が議案書の記載ミスを認めたため,議案そのものを変更することになり,誰でも分かりやすい表現に改めたものが決議されたことを陳述している(甲25 )。

オ 設立総会の議長を務めた被告Eは,被告Fが,設立総会に先立つ施行者会議において,風俗店等の出店を避けるため営業時間を午後10時までに制限することを提案したが,被告E,K,Lの3名の個人施行者はこの提案に反対したこと,設立総会において,店舗の営業時間を午前10時から午後10時までに制限する議案に対し,公社が反対し,荒川区も反対の立場に立った参考意見を述べたため,同議案は否決されたこと,店舗の営業時間を制限する決議が否決されたのは,商店街の活性化を図り,防災に強い街を作るという本件再開発事業の目的からすれば,当然であることを陳述している(乙D4 )。

(5) 以上の証拠が存在し,本件再開発事業にコンサルタントとして関与し,規約及び店舗使用規則の原案並びに本件議案を策定し,設立総会にも出席していた日本設計のQの陳述書(甲23)及び本件再開発事業の監督官庁であった荒川区の職員として本件再開発事業を担当し,設立総会にも出席していたP(乙E5)の陳述書の内容の信用性は高いと考えられること,設立総会の議事録の記載からすると,設立総会において営業時間を午前10時から午後10時までに制限する議案が可決された事実を認めるのは困難であること,平成元年ころに深夜営業が開始されてから平成10年6月27日開催の第12回定期総会までの間に原告の総会において店舗部分の深夜営業が問題になったことはなく,営業時間を制限する議決が行われた第12回定時総会の議案書にも,以前から営業時間が午前10時から午後10時までに限られていたことをうかがわせる記載はないこと等を考慮すると,設立総会においては,本件議案に代え,店舗共用部分の電気料金を原告が負担するか否かの基準としての通常営業時間を定める決議がされたと認めるのが自然である。

(6) これに対し,原告は,設立総会において,深夜営業を禁止する決議が全員一致で可決された旨主張し,この主張に沿う証拠として,Mの陳述書(甲21) ,証言調書(甲22の1,2) ,Lの作成書面(甲26の2,3)及びRの陳述書(甲33)がある。

ア Lが作成した平成14年4月25日付けの書面(甲26の2)には,店舗の営業時間は午前10時から午後10時までとし,看板外灯の消灯時間は午後10時30分とすることが設立総会において上程後直ちに決議された旨の記載がある。
しかしながら,Lは,設立総会において店舗の営業時間を制限する決議がされていないことを確認する内容の平成13年8月4日付けの確認書(甲26の1)に署名しており,その後,同確認書に署名捺印したのは,被告F及びGらから依頼され,混乱していたためサインした次第である旨の平成14年6月22日付けの書面(甲26の3)を作成しているが,その陳述は一貫しておらず,陳述の変遷の理由もあいまいであることから,Lの平成14年4月25日付けの書面中の記載から,設立総会において店舗の営業時間を制限する決議がなされた事実を認めることは困難である。

イ Mの陳述書(甲21)及び証言調書(甲22の1,2)中には,本件マンション分譲当初から入居していた区分所有者らから,設立総会において店舗部分の営業時間を制限する旨の決議があった旨を聞いたこと,被告Fが設立総会の議決に従って営業時間を午後10時までとすると言っていた旨を聞いたことなどの記載がある。
しかしながら,これらはいずれも設立総会に出席していない区分所有者から伝え聞いた内容を記載したものにとどまるから,上記記載から直ちに設立総会において店舗の深夜営業を制限する決議がなされた事実を認めることはできない。

ウ Rの陳述書(甲33)には,@昭和63年3月から平成8年7月までの間,被告Fが所有している本件マンションの店舗部分を賃借してフランス料理店『S』を経営してきたRは,被告FからB104号室を賃借するに際し,Gから午後10時には閉店し,遅くとも午後11時までに完全退出することを求められたこと,A平成元年ころB103号室を賃借しようとした居酒屋『T』が深夜営業は認められないという理由で入居を断られたことなどが記載されている。
しかしながら,上記@Aの記載は,設立総会において店舗の深夜営業を制限する決議がなされたか否かに関するものではないし,同陳述書中には平成元年ころから深夜営業を行う店舗がなし崩し的に多く入ってきた旨の記載もあるから,上記@Aの記載から,設立総会において店舗の深夜営業を制限する決議がなされた事実を認めることはできない。

(7) 以上のとおり,設立総会において,店舗部分の営業時間を午前10時から午後10時までに制限する決議がされた事実を証拠上認めることはできない。

4 深夜の営業時間を制限する平成10年以降の総会決議の効力について

(1) 区分所有法30条は,「建物又はその敷地若しくは附属施設の管理又は,使用に関する区分所有者相互間の事項」について,この法律で定めるもののほか,規約で定めることができると規定しているところ,この規定は,専有部分に関してであっても,区分所有者相互間において管理又は使用を調整するために必要な事項については,規約で定めることができるとの趣旨を含むものと解される。
そして,区分所有法上,「共用部分の管理に関する事項は,前条(共用部分の変更)の場合を除いて,集会の決議で決する。」(同法18条1項)と規定されているが,専有部分の管理又は使用の調整に関する事項を集会の決議で定めることを許容する規定は置かれていないこと,専有部分については,本来それぞれの所有者がその意思に従って自由に管理及び使用をすべきものであることを考慮すると,専有部分の管理又は使用の調整に関する事項については,集会決議(普通決議)で定めることができず,区分所有者及び議決権の各4分の3以上の多数による集会の決議(同法31条1項,以下「特別決議」という。)を要する規約でのみ定めることができると解することが,法文の文理に沿う解釈であると考えられる。

(2) 原告は,店舗部分で深夜に営業行為がなされると,マンション全体の衛生悪化,治安悪化等を生じさせる可能性もあるから,店舗の営業時間の制限は,区分所有法18条1項本文の「共用部分の管理に関する事項」に該当し,集会決議で決することができる旨主張するが,店舗の営業時間の長短が共用部分の管理に影響を及ぼすことがあるとしても,店舗専有部分における営業時間の規制は,店舗専有部分の区分所有者及び占有者による専有部分の管理使用を制約するものであるから,「共用部分の管理に関する事項」にとどまるものとはいえず,原告の上記主張は採用できない。

(3) もっとも,専有部分の管理又は使用の調整に関する事項について,規約で基本的な事項を定め,その範囲内での細則の決定を集会の決議に委任することは,相当な範囲内において許されると解されるが,原告の店舗使用規則は,これを仮に規約と同視するとしても,第4条において,店舗の通常営業時間は,総会の決議により定めること,時間外営業換気設備の時間外運転に係わる光熱水費等は,管理費とは別に徴収すること等が定められているのみで,規則の文言上,営業時間の制限に関する基本的な事項が定められているとは解し難い。

(4) ところで,区分所有法31条1項後段の「規約の設定,変更又は廃止が一部の区分所有者の権利に特別の影響を及ぼすべきとき」とは,規約の設定,変更等の必要性及び合理性とこれによって一部の区分所有者が受ける不利益とを比較衡量し,当該区分所有関係の実態に照らして,その不利益が区分所有者の受忍すべき限度を超えると認められる場合をいうものと解される。
そして,直接に規約の設定,変更等による場合だけでなく,規約の定めに基づき,集会決議をもって専有部分の管理又は使用の調整に関する事項についての決議がされた場合においても,区分所有法31条1項後段の規定を類推適用して区分所有者間の利害の調整を図ることが相当である(最高裁判所平成10年10月30日第二小法廷判決・民集52巻7号1604頁参照)。

(5) そこで,平成10年の第12回定期総会における店舗部分の営業時間を制限する決議が店舗部分の区分所有者の権利に特別の影響を及ぼすか否かを検討するに,前記2(3)アで認定したとおり,被告区分所有者らの所有する店舗においては,平成2年ころから午前4時までの深夜営業を含む深夜営業が行われていたものであるから,店舗の営業時間を午後10時までに制限することは,被告区分所有者らによる専有部分の使用に重大な影響を及ぼすことが明らかであること,平成10年の第12回定期総会における店舗部分の営業時間を制限する決議は,午後10時以降の深夜営業を行うことが設立総会における決議に違反するとの認識の下に行われたものであるところ,前記のとおり,設立総会において店舗部分の営業時間を午後10時までに制限する決議がされたとは認められないこと,平成10年の第12回定期総会の議事録(甲11)の記載によっても,当時の区分所有者らが店舗の深夜営業によって具体的にどのような不利益を被っていたのかは明らかではないこと等からすれば,平成10年の第12回定期総会における店舗部分の営業時間を制限する決議は,被告区分所有者らの権利に「特別の影響を及ぼす」と認められ,その後の総会における店舗の営業時間が午前10時から午後10時までであったことを確認する決議も,同様に被告区分所有者らの権利に「特別の影響を及ぼす」と認められる。
そして,前記2(3)エ,カで認定した事実によれば,被告区分所有者らが,これらの店舗部分の営業時間を制限する総会決議を承諾していないことが明らかである。

(6) 以上によれば,平成10年以降にされた店舗部分の営業時間を制限する総会決議は無効であると解すべきである。

5 差止請求について

(1) 3で検討したとおり,設立総会において店舗部分の営業時間を制限する決議(本件決議)がされたとは認められないから,本件決議に基づいて被告占有者らの午後10時以降の営業の禁止を求める原告の請求は理由がない。

(2) 区分所有法57条に基づく請求の対象となる「建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為」に該当するか否かの判断は,当該行為の性質,必要性の程度,当該行為によって他の区分所有者が被る不利益の態様,程度等を比較衡量して,社会通念によって決するのが相当である。

(3) 証拠(甲5, 31の1・2, 32, 42の1ないし31, 乙A9, 12,B9,10,E4)及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。

ア 本件マンションは地下1階,地上12階建ての建物で,地下1階から地上2階にかけては店舗用の区画はあるが,住宅用の区画はなく,4階から12階にかけてはすべて住宅用の区画で店舗用の区画はない。
一方,3階部分は広場になっており,店舗用の区画も住宅用の区画もない。また,住宅部分の入口は店舗部分とは別々になっており,店舗部分の入口がある交差点の角から離れた位置に住宅部分の入口が設けられている。

イ 本件マンションは,都バスの走行経路にもなっている幅員約15メートル(歩道部分を含む。)の尾竹橋通りと都電荒川線の線路敷のある幅員約27メートル(歩道部分を含む。)の都電通りが交差する交差点の南西角にある。
上記交差点付近には,地下鉄(東京メトロ)千代田線町屋駅及び都電荒川線の「町屋駅前」の電車乗り場がある。

ウ 本件マンションの尾竹橋通りを挟んで東側にある町屋駅前の中央地区の再開発事業で建設されたビル(センターまちや)内の店舗の営業時間は午後11時までであったが,平成18年5月25日から地上1階の1店舗が24時間営業を開始した。
また,本件マンションの南隣にあるレンタルビデオ店は午前1時まで営業しているほか,本件マンションの周辺では,相当数の店舗が午後10時以降も営業している。

エ 原告は,平成18年2月ころ,本件マンションの住民約30名(本件マンションの住宅用の区画は45区画)から,本件マンションにおいて店舗が午後10時以降の

深夜営業を行うことに反対する「不法深夜営業中止要求書」と題する書面を集めたが,同書面には,「最近経験,見聞きした迷惑行為の具体例」として,酔客の騒ぐ声で睡眠を妨げられること,焼肉店から悪臭が漂うこと,酔客が放尿や嘔吐をすること,部外者が本件マンションの4階以上の住宅部分に侵入することなどが記載されている。
また,管理人が平成11年ないし13年ころに作成した書面や一部の店舗のテナントが作成した作成日不明の書面にも,本件マンションの店舗用の区画付近に嘔吐物が散乱していたことがあったことなどが記載されている。

(4) そこで,本件マンションの地下1階から地上2階にかけて入居している店舗が午後10時以降の営業を行うことが「建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為」に該当するか否かを検討するに,本件マンションは,店舗部分と住宅部分との階層を区別し,しかも下層部である店舗部分と上層部である住宅部分との間に一階層分の広場を設け,店舗部分の騒音等が住宅部分に届きにくい構造になっていること,店舗部分の営業時間を制限する決議がされた平成10年の第12回定期総会の議事録(甲11)の記載によっても,当時の区分所有者らが店舗の深夜営業によって具体的にどのような不利益を被っていたのかは明らかではないこと,平成18年2月に本件マンションの住人が作成された「不法深夜営業中止要求書」等に記載された迷惑行為が本件マンション内の店舗の客によるものかどうかは明らかではない上,上記書面中の記載から直ちに迷惑行為が頻発しているとも認め難いこと,店舗からの悪臭については別途対策を講じることも可能であると考えられること等を考慮すれば,本件マンションの地下1階から地上2階にかけて入居している店舗が午後10時以降の営業を行うことによる騒音等の影響が,他の区分所有者らの受忍の限度を超えているとまで認めることはできない。
このほか,本件マンションの店舗部分では平成元年ころから深夜営業が行われてきたこと,本件マンションの近隣で午後10時以降の深夜営業を行っている店舗が少なくないこと,前記のとおり,設立総会において店舗部分の営業時間を午前10時から午後10時までに制限する決議がされたとは認められず,平成10年以降にされた店舗部分の営業時間を制限する総会決議は無効であること等を考慮すれば,本件マンションの地下1階から地上2階にかけて入居している店舗が午後10時以降の営業を行うことが「建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為」に該当するとは認め難い。

(5) 以上によれば,区分所有法57条に基づいて被告占有者らの午後10時以降の営業の禁止を求める原告の請求は理由がないというべきである。

6 損害賠償請求について

上記のとおり,設立総会において営業時間を制限する決議がされたとは認められず,また,平成10年以降の深夜営業を禁止する内容の総会決議は無効であると解されるから,被告占有者らが深夜営業を行った行為が原告に対する不法行為を構成すると解することはできない。

したがって,原告の被告らに対する損害賠償請求は,理由がない。

7 前訴の確定判決の効力について

原告は,前訴判決の既判力の主観的範囲は原告と被告ティープランニングとの間に限定されるが,その客観的範囲は,「昭和62年12月12日の設立総会で議決された店舗の営業時間を午前10時から午後10時までとする議決は,本件マンション内にある店舗の営業時間そのものを制限する効力を有すると解すべき」ことに及ぶから,被告ティープランニングから店舗を賃借した賃借人も営業時間に係る決議を遵守すべきことが確定されたことになる旨主張する。

しかしながら,前訴における請求は,201号室の営業時間に制限が存しないことの確認及び被告ティープランニングが201号室及び203号室において午後10時から翌日午前10時までの間に営業しうる地位にあることの確認(控訴審において追加された主張)を求めるものであり,前訴においてはこれらの請求を棄却する判決が確定したところ「確定判決は,主文に包含するものに限り,既判力を有する」ものであり(民訴法114条1項),前訴判決の既判力は,昭和62年12月12日開催の設立総会において店舗の営業時間を午前10時から午後10時までとする議決がされたか否かや被告占有者らが深夜営業をすることが許されるか否かの問題には及ばないと解されるから,原告の上記主張は採用できない。

8 結論

以上によれば,原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第14部
裁判長裁判官 孝橋宏
裁判官 関根規夫
裁判官 井出正弘

別紙 当事者目録

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