(建物の設置又は保存の瑕疵に関する推定)
第九条 建物の設置又は保存に瑕疵があることにより他人に損害を生じたときは、その瑕疵は、共用部分の設置又は保存にあるものと推定する。

1.推定規定。
第9条は不法行為の原因の推定規定です。マンションの建物は不動産即ち土地工作物に当たりますから、一般不法行為責任のほか所謂民法717条の土地工作物責任が生じます。本条は民法717条の土地工作物責任の特則としての責任者および因果関係の存在の推定規定です。

2.土地工作物責任。
土地工作物責任とは、一般不法行為の特則として土地の工作物から生じる危険をその支配者たる占有者と所有者に負担させるもので、設置又は保存に瑕疵があるとは、建物等の新設・増改築・変更時やその後これらを維持管理している状況下において欠陥があること、即ち建物等としてその用法に使用されるに際し通常要求される安全性を欠いていることをいいますから、何らかの損害が発生すれば通常は安全性に欠陥があると判断されることになります。
更に、この責任では占有者は損害発生防止に必要な注意を払うことで免責されますが(現実にはほとんどこの免責は認められませんが)、所有者は不可抗力以外免責の無い無過失責任となっていますので、被害者に対する救済が厚く、所有者に対する責任が重くなっています。

3.責任発生の例。
建物での事故として一般に想定されるのはいろいろありますが、建物本体に起因するものとして看板、外壁タイルやコンクリート片の落下による人損や物損事故、エレベーター閉じ込め事故等があり、被害者の過失も競合する例としてエレベーターやエントランスドアの挟まりや衝突事故、建物内外の転倒事故や駐車場設備に係る事故等があります。また、加害者が競合する例としてベランダからの落下物事故、加害者が発生時には不明確なものとしての漏水事故などがあります。

4.推定規定が必要な理由。
これらの事故の被害者が損害を賠償してもらおうとするときに誰が占有者や所有者であるかが問題となります。
即ち、建物から被害を受けても正当な責任者である占有者や所有者を相手にしなければ賠償を受けることはできません。
ところが、区分所有建物を含む一棟の建物の場合は共用部分と専有部分が存在しそれぞれ所有者と占有者が異なりますから、誤った相手に請求しても賠償を得ることはできません。
このように、1棟の建物を区分することにより被害者に一般の建物より不利益な結果となるのは不当ですし、更に一般には被害者が加害の部位を特定して当該部位が共用部分か専有部分か調査判定することも困難です。
そこで、区分所有建物を含む一棟の建物から被害を受けたときに共用部分に起因する損害と推定することにより裁判時に被害者が共用部分の所有者と占有者を相手に損害賠償を請求すればよいとして被害者の便宜をはかる必要があるわけです。
一般的な事例としての外壁タイルやコンクリート片の落下事故、エレベーター閉じ込め事故や駐車場設備事故等を考えても外壁・躯体・諸設備等他人に損害を与える惧れのある建物の部位はほとんど共用部分ですから一般常識にも適う規定といえます。

5.推定規定の効果。
この規定の存在により、被害者は建物の設置・保存の瑕疵により損害を蒙ったことを主張立証すればよく、共用部分からの損害かどうかを立証する必要はありません。そして、被害者は建物に起因する損害について管理組合に請求すれば管理組合が占有者や所有者(正確には組合員全員)として土地工作物責任を負うこととなります。
勿論、被害者に過失があれば過失相殺として賠償額がそれだけ減額されますし、また加害者の競合の場合は他の加害者に相当額の分担を求償することができます。
更に、原因が専有部分にある場合には、この規定の効力は推定ですから、原告たる被害者は専有部分からの被害であることを主張立証して損害賠償を請求することもでき、被告たる管理組合は専有部分に起因するものであることを主張立証して責任を免れることができます。

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