(区分所有権売渡請求権)
第十条 敷地利用権を有しない区分所有者があるときは、その専有部分の収去を請求する権利を有する者は、その区分所有者に対し、区分所有権を時価で売り渡すべきことを請求することができる。

第10条は、区分所有権の売渡請求に関する規定です。
我が国では土地と建物は別個の不動産とされていますから、建物と土地をそれぞれ所有や利用するにはそれぞれ所有権や利用権を取得する必要があります。
従って建物を所有するには建物の所有権があれば足りますが、その建物は土地上にあるわけですから建物所有を目的とする土地の権利がない場合は、当該土地から建物を収去しなければなりません。
このように土地に対する権利即ち敷地利用権がない建物がある場合に、1棟の建物の場合はこの原則どおりでよいのですが、区分建物の場合は当該区分建物だけ収去することは不可能です。
そこで、土地の権利者に建物の買い取り請求権を認め区分所有者土地の不法占拠者たる区分所有者を排除できるようにすることで区分所有者と土地の権利者との利益の調整を図ったのが本条です。
ただし、一般の場合は土地の権利者は不法占拠者に対し自らの費用で建物を収去し土地を明渡すことができるので不法占拠者の排除に費用負担がないのに比べ、この場合は建物の買い取り代金が発生する分負担が重くなっていますが、建物を取得する以上やむを得ない負担でしょう。

本条は買い取り請求権という権利を認めた規定ですから、通常の売買契約と異なり申込みと承諾という意思の合致は必要ではなく、一方的な意思表示により売買が成立します。
即ちこの権利の性質は形成権の一種です。

売買代金は時価とされ、その内訳は勿論敷地利用権のない建物だけの価格となりますが、一次的には当事者の協議により決定されるものであり、協議がまとまらない場合は不動産鑑定を参考に裁判所の決定する価格となります。

この規定で、売り主の立場は敷地利用権を有しない区分所有者と明確ですが、売渡請求権を行使できる買主の立場は専有部分の収去を請求する権利を有する者とあまり明確ではありません。
元来、区分建物の場合は収去は物理的に不可能ですから、ここで収去を請求する権利とは通常の1棟の建物であった場合に収去を請求できる権利と読み替えて考えるべきでしょう。
そうすると、敷地の所有権者・共有権者(共有権者も各自自己の持分に基づき明渡し請求ができます。)、借地権者・借地権の準共有権者(借地権の性質が賃借権の場合は対抗要件が必要です。)ということになるのでしようか。
なお、条文上何らの制限もありませんから、敷地利用権のみ有し区分建物を有しない者が請求できることは勿論、敷地利用権と区分建物を有する者でも収去を請求できる権利を有する者であれば請求ができ、これらの者が複数いる場合は、原則として各自が単独で請求することも共同で請求することも可能と考えられます。

ところで、区分所有権と敷地利用権の分離処分が禁止され(22条)、敷地権の登記がされる一般の場合は本条の適用が問題となるケースが生じるのは稀だと思われますが、土地が共有や準共有でない場合にはそもそも分離処分禁止効はなく、敷地権登記がない場合も善意の譲受人の権利取得を阻めません。更に、準共有の場合で地代不払い等により借地契約を解除される場合にもまた敷地利用権のない区分所有者が出現しますから、本条が必要な場合が無いわけではありません。

さて、先に敷地利用権を有しない区分所有者は明確と書きましたが、実はそれほど明確とはいえません。
これについては敷地利用権の及ぶべき範囲の他、質的(性質)・量的(割合ないし量)な問題があります。
まず敷地利用権の範囲では、自己の専有部分の存在する空中の立方的な空間という考えもあるようですが、専有部分は空中に遊泳しているわけではなく共用部分たる1棟の建物の基礎や躯体に支えられて存在しているのですから支持物に対する権利も考慮せざるを得ません。そうすると当該支持物は各区分所有者の所有物ですから民法上は少なくとも当該支持物の直下の土地について利用権が必要で、且つそれさえあれば十分です。
従って、各区分所有者は1棟の建物全体の水平投影面積の直下の土地全部に敷地利用権がなければなりません。
この点については、互いの土地を連結して横割り長屋方式の区分建物を建築・所有するケースが問題となりますが、上記の原則からすると黙示的に相互に自己の土地に借地権を設定しあい全敷地について借地権の準共有の形態になっているものと考えられます。
従って、単に敷地の一部に明示的権利がなくとも敷地利用権がないということにはなりません。
次に敷地利用権の性質ですが、これは第2条に記載のとおり所有権又は借地権が原則で稀に使用借権と考えられます。
従って、これ以外の権利でない限り敷地利用権としては十分です。
最後に敷地利用権の量ないし割合ですが、これについては本法にも民法にも明確な規定はありません。
民法上土地との関係では共有や準共有で少しでも権利があれば土地を利用することができますから土地のも権利者に対しては建物所有の目的達成自体に量的な支障はなさそうです。
ただ、持分権者は持分に応じての使用権を有するのが原則(民法249条)ですから抽象的には持分権者相互の関係では建物の割合と敷地利用権の割合が合致していることが必要だと言えるでしょう。
ただし、その場合の建物割合が面積を基準とするのか価値を基準とするのか、はたまた他の事情をどこまで盛り込むことが可能か等困難な問題があり、区分所有法改正の論議毎に論点になりながら結論が出ない問題となっています。
従って、以上を総合すると敷地利用権が0の場合でない限り、確定的には敷地利用権を有しない区分所有者にはならないことにならず、本条の売主の資格者は敷地利用権をまったく有しない区分所有者ということになります。

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