平成17年03月30日東京高等裁判所平成16年(ネ)第5667号求償金請求事件の解説

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本件は、管理費等を滞納していた前所有者から競売で区分建物を取得した特定承継人が、区分法8条に基づき自己の負担した滞納管理費等を前所有者に対してした求償が認められた事例である。

裁判所は、@区分法8条の趣旨は、集合建物を円滑に維持管理するため,他の区分所有者又は管理者が当該区分所有者に対して有する債権の効力を強化する趣旨から,本来の債務者たる当該区分所有者に加えて,特定承継人に対して重畳的な債務引受人としての義務を法定したものであり、A債務者たる当該区分所有者の債務とその特定承継人の債務とは不真正連帯債務の関係にあるものと解されるから,真正連帯債務についての民法442条は適用されないが,区分所有法8条の趣旨に照らせば,当該区分所有者と競売による特定承継人相互間の負担関係については,特定承継人の責任は当該区分所有者に比して二次的,補完的なものに過ぎないから,当該区分所有者がこれを全部負担すべきものであり特定承継人には負担部分はないものと解するのが相当である、として、本件管理費等の滞納分につき,弁済に係る全額を控訴人に対して求償することができるとした。

一般に、競売では最低売却価格算定の折、他の減価要因の他、買受人が承継すべき区分法8条の滞納額も控除されて価格が形成されている。そのため、買受人は滞納額を控除された物件を購入することになり管理組合に滞納額を支払っても経済的には損失がなく、売却人も自己の負担する滞納額を売却とこの債務承継で清算することができ、管理組合を含めて3方の滞納金の処理が円滑に処理されるように思われる。売却人である原告・控訴人もこのような考えに立ち競落人の債務承継を主張したものであろう。

この点に関し、裁判所は、物件明細書等の競売事件記録の記載は,競売物件の概要等を入札希望者に知らせて,買受人に不測の損害を被らせないように配慮したものに過ぎないから,上記記載を根拠として本件管理費等の滞納分については当然買受人たる被控訴人に支払義務があるものとすることはできない、としてこの主張を否定した。
売主・買主が直接契約する通常の売買であれば、滞納管理費等の債務承継につき明示の契約が可能であり、債務承継の有無は当該契約の契約条件で明らかになる。
これに対して、競売の場合は裁判所という国家機関を介した売買で売主たる債務者と買主たる競落人とで直接契約条件を決めることができない売買となるため、債務承継の意思の有無は明らかではない。
また、法律にも債務承継の規定は無いから、法律、契約上の根拠のない債務承継は認められない、というのが裁判所の理解と思われる。

ところで、区分法8条は管理組合その他の負担した共同の利益にかかわる債務に関して区分所有者の特定承継人にも負担を求めている。これは区分建物(共用部分の持分を含む)が受けた便益に対して清算がされない場合、その区分建物に随伴する負担として特定承継人に負担が随伴するということであろう。
これはこれで公平の原理発現の一局面として理解することができ、この場合に負担が現実化したときは承継人・被承継人間に清算が必要であるのは、両者の公平のためにまた当然であろう。
従って、判旨のごとく特定承継人は被承継人に求償できるのが原則である。

問題は、債務負担分が予め控除された競売の場合も同様であるかであるが、思うに、区分法8条の存在により、競落人は特定承継人として債務者の管理組合に対する債務を弁済する義務のリスクがあり、この潜在的リスクを回避するため買受代金から当該債務額相当額を控除することは、買受人に不測の損害を与えないための措置といえ、この部分の判旨は妥当と思われる。

しかしそうであれば、この場合に、競落し、債務者の負担していた滞納債務を買受人が支払ったとしても、それは競売価格に折込み済みの潜在的リスクが顕在化したにすぎず、買受人に損害があったということはできない。
この滞納債務の負担は、買受代金に折込み済みのため、負担が発生しても本来負担すべき債務を負担したにとどまり、何らの損害があるわけではないというべきである。

従って、買受人が自己の負担したこの債務を債務者に求償することは、判旨の論理Aに反して、本来、競売物件価格に折り込まれた自己の負担を他に転嫁することになってその負担分を不当に利得することになり、他方、債務者は自己の競売物件が負担した債務を更に別途負担することにより2重の負担を強いられることになる。
ようするに、債務負担分が予め控除された競売の場合は、被承継人は競売物件価格において負担済みであるため判旨の論理Aを適用しても更に負担を強いる結論とはならないはずである。
このように、この結果は不当であり、単に契約や法律の規定がないといって済まされることではなく、規定が無ければ条理によって判断すべきであり、また法律には不当利得、同時履行、先取特権その他公平を指導原理とするものがあるのであるから、この求償は権利の濫用として請求を棄却すべきであったと思われる。

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