平成22年5月13日東京地方裁判所平成20年(ワ)第2785号猫への餌やり禁止等請求事件

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主文
1 原告A1 の差止請求
被告は,別紙物件目録1記載の土地及び同目録2記載の建物内において,猫に餌を与えてはならない。

2 個人原告らの差止請求
被告は,別紙物件目録1記載の土地において,猫に餌を与えてはならない。

3 原告らの損害賠償請求
被告は,次の各原告に対し,次に記載の各金員及びこれに対する平成20年11月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(1) 原告A1 30万円
(2) 原告A2 12万円
(3) 原告A3 9万円
(4) 原告A4 9万円
(5) 原告A5 9万円
(6) 原告A6 9万円
(7) 原告A7 9万円
(8) 原告A8 9万円
(9) 原告A9 3万6000円
(10) 原告A10 3万6000円
(11) 原告A11 12万6000円
(12) 原告A12 12万6000円
(13) 原告A13 15万6000円
(14) 原告A14 9万6000円
(15) 原告A15 15万6000円
(16) 原告A16 9万6000円
(17) 原告A17 12万6000円
(18) 原告A18 12万6000円

4 一部棄却
原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

5 訴訟費用の負担
訴訟費用は,これを5分し,その1を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。

6 仮執行宣言
この判決は,第3項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 請求
1 原告らの差止請求
被告は,別紙物件目録1記載の土地及び同目録2記載の建物内において,猫に餌を与えてはならない。

2 原告らの損害賠償請求
被告は,別紙請求債権目録番号1ないし18記載の原告らに対し,それぞれ同目録合計欄記載の金員(原告A1 は33万円,その余の原告らは各36万円)及び各金員に対する平成20年11月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用の負担
訴訟費用は被告の負担とする。

4 仮執行宣言

第2 事案の概要
原告A1 を除く原告ら(以下「個人原告ら」という。)及び被告は,建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という。)の適用のある本件タウンハウスに居住している。
本件は,本件タウンハウスの一部の区分所有者である被告が複数の猫に継続的に餌やりを行い,糞尿等による被害を生じさせたことは,区分所有者の共同の利益に反し(同法6条1項),本件タウンハウスの規約(原告A1 規約)にも違反すると主張して,原告A1 は同法57条1項又は原告A1 規約に基づき,個人原告らは人 格権に基づき,本件タウンハウスの敷地及び被告区分建物内での猫への餌やりの差止めを求めるとともに,原告らが不法行為に基づく慰謝料(原告A1 を除く。)及び弁護士費用の損害金並びに遅延損害金の支払を求める事案である。

1 争いのない事実等
(1) 当事者
ア 本件タウンハウス
別紙物件目録2記載の一棟の建物(以下「本件タウンハウス」という。)は,区分所有法の適用を受ける建物であり,南側に位置するA棟(専有部分は,A−1ないしA−5の5個)と,北側に位置するB棟(専有部分は,B−1ないしB−5の5個)の2棟で構成され,A棟,B棟とも2階建てのタウンハウス形式である。 別紙物件目録1記載の土地(以下「本件土地」という。)は,本件タウンハウスの敷地であり,各区分所有者が,各専有部分の面積比率により共有している。 (争いのない事実)

イ 各区分建物の所有及び居住関係
(ア) 原告A2 は,平成9年ころからA−1に居住し,平成17年から,夫からの相続によりA−1を所有している。
(イ) 原告A3 及び原告A4 は,平成4年以前から,A−2を共有し,A−2に居住している。
(ウ) 原告A5 及び原告A6 は,平成4年以前から,A−3を共有し,A−3に居住している。
(エ) 原告A7 及び原告A8 は,平成4年以前から,A−4を共有し,A−4に居住している。
(オ) 原告A9 及び原告A10 は,平成18年8月から,A−5を共有し,A−5に居住している。
(カ) 原告A11 及び原告A12 は,平成10年から,B−1を共有し,B−1に居住している。
(キ) 原告A13 は,平成4年以前から,B−2を所有し,B−2に居住している。 原告A14 は,平成4年以前から,原告A13 の配偶者として,B−2に居住している。
(ク) 原告A15 は、平成13年から、B−3を所有し、B−3に居住している。 原告A16 は,平成13年から,原告A15 の配偶者として,B−3に居住している。
(ケ) 被告は,平成4年以前から,B−4(以下「被告専有部分」ということがある。)を所有し,妻や娘の家族と共に,B−4に居住している。
(コ) 原告A17 及び原告A18 は,平成4年以前から,B−5を共有し,B−5に居住している。
(争いのない事実,甲3,弁論の全趣旨)

ウ 原告A1
原告A1 は,区分所有法3条に基づき,区分所有者全員で構成された本件タウンハウス等の管理を行うための団体であり、後記(3)のとおり、同法30条の規約(原告A1 規約)を有し,同規約に基づき理事長等の役員の選任が行われている。
(争いのない事実)

(2) 各専有部分の配置等
ア 本件土地と本件タウンハウス及び各専有部分との位置関係は,別紙配置図に記載のとおりである。
(争いのない事実)
イ 本件土地は,その東側でのみ道路に面しており,北側,南側,西側では隣家の敷地と接しており,本件土地内を通り抜けることはできない。 また,本件土地と東側の道路との間には,10pほどの段差がある。
(争いのない事実,原告A17 )
ウ 各専有部分の南側には,共用部分ではあるが各戸が専用使用することができるバルコニー及び専用庭が,同北側には,同駐車場がそれぞれ設けられており,原告A15 (B−3)は,平成13年から,自己に割り当てられた駐車場部分に自動車を駐車している。
(争いのない事実)

(3) 原告A1 規約
ア 原告A1 はA1 規約(甲1) 及びこのA1 規約24条に基づく管理規約(甲2)を定めている(以下,管理規約(甲2)を含めて,A1 規約(甲1)を「原告A1 規約」という。)。
イ 原告A1 規約によれば,原告A1 は,区分所有者全員で構成され(甲1の3条)、総会で多数決により役員を選任し、役員の互選で理事長等を選任している(甲1の11条,19条,20条)。
ウ 原告A1 規約は,一般的禁止事項として,次のとおり定めている(甲2の8条)。
「1.略(多量の引火性物品等の搬入等の禁止) 2.略(共用部分の占有の禁止) 3.他の居住者に迷惑を及ぼすおそれのある動物を飼育しないこと(以下「動物飼育禁止条項」という。)。 4.略(放歌高吟等の禁止) 5.略(公序良俗違反行為の禁止) 6 前各号のほか他の組合員及び占有者に迷惑を及ぼし、不快の念を抱かせ、もしくは危害をおよぼすおそれのある行為をしないこと(以下「迷惑行為禁止条項」という。)。 」
(以上,争いのない事実)

(4) 被告による猫への餌やり行為等
ア 平成14年5月、被告専有部分の南側専用庭(以下「被告専用庭」という。)において,猫が6匹の子猫を出産した。
イ その開始時期について争いがあるが,被告は,遅くとも子猫が生まれた平成14年5月には,被告専有部分の北側玄関(以下「被告北側玄関」という。)前や被告専用庭で,猫に対して餌やりをするようになり,以後,猫に対する餌やりを継続している。
ウ 被告は,プラスチック製の容器だけでなく,新聞紙やチラシの上に餌を盛り,被告北側玄関前や被告専用庭に置いておく方法により,猫に対する餌やりを行っている。
エ 被告は,平成19年11月から,猫用のトイレを被告専用庭に設置した。 オ また,被告は,猫が近寄らないようにするための装置を複数購入して,原告らの一部に配布した。
(以上,争いのない事実)

(5) 猫の数等
ア 被告専用庭で猫が6匹の子猫を出産した後の平成14年5月,本件土地での被告の餌やりに集まってくる猫の数は,被告専用庭で生まれた猫及びその親猫の計7匹を含めて,少なくとも18匹であった。
イ 平成15年,近隣で猫に対する餌やりを行っていたCが主導して,本件土地に現れる猫に対して不妊去勢手術を施した。同じく猫に対する餌やりを行っていた被告は,Cからの請求に応じ,その費用の50%程度を負担した(95%を負担した旨の被告の供述は,反対趣旨の甲80に照らし,採用することができない。)。
Cは,平成19年,猫に対する餌やりを止め,猫用のトイレも撤去した。
Cは,平成15年,後記地域猫活動等を知り,それについての理解を深め,不妊去勢手術等の活動を開始した。
ウ 現在,本件土地に現れる猫は,その具体的な数に争いはあるものの,2匹又は4匹に減少している。
(以上,争いのない事実,甲63,80,原告A17 ,被告,弁論の全趣旨)

(6) 原告らと被告の交渉経緯
ア 平成14年11月,原告A12 (B−1)が,被告に対し,猫の糞による悪臭,専用庭の植栽の破損,洗濯物の汚れ,ゴミ集積所漁りの被害を訴え,餌やりの停止等の対策を求める書面(甲9)を渡した。 (甲9)
イ 平成15年3月30日,原告A1 の定時総会において,被告以外の組合員9名全員が出席し(区分建物の売買があるため,現在の個人原告らと一致しない。以下,同じ。),野良猫の繁殖により糞尿による汚染,専用庭の植栽や物品の破損の被害が生じているとして,猫への餌やりを止めるべきことを決議した。 (甲10)
ウ 平成16年1月25日,原告A1 の臨時総会で,被告以外の組合員は,被告に対し,餌やりの中止を申し入れた。その後,被告から餌やりを中止する旨の返答があったが,守られなかったため,同年3月12日,原告A1 及び被告以外の組合員9名は,被告に対し,猫に対する餌やりを停止することを求める第1回目の是 正勧告書(甲11)を郵便受けに投函して渡した。 (甲11,12の1)
エ 平成17年3月6日,原告A1 の定時総会において,被告以外の組合員のうち8名が出席し,上記ウの書面による申入後猫による被害は一時的には減少したが,被告専用庭に猫が入るための段ボール箱が設置され,本件土地内及び近隣地域で餌やりが続けられている事実があり、餌やり問題は終息していないことを確認し、 同総会議事録は被告にも回覧された。 (甲12の1・2)
オ 平成18年4月16日,原告A1 の総会で,被告以外の組合員のうち8名が出席し,原告A1 規約では,本件タウンハウスにおいて動物を飼ってはならないこと,餌やりも飼っていることと同じであり,やってはならないことを確認し,同総会議事録は被告にも回覧された。 (甲13の1・2)
カ 平成18年9月10日,原告A1 の総会で,被告以外の組合員9名全員が出席し,野良猫の糞尿により住環境が悪化したままであり,野良猫の住み着きの原因である被告の餌やりを即時中止するなど、原告A1 規約の履行を求める決議をし、同総会議事録は被告にも回覧された。
同月18日,上記決議に基づき,原告A1 及び被告以外の組合員9名は,被告に対し、猫への餌やりを中止することを勧告し、原告A1 規約を守れないのであれば転居すべきである旨の第2回目の是正勧告書(甲15) を配達証明郵便で送付した。
被告は,いったんこれを受け取ったが,開封せずに返送してきたため,原告A1 及び被告以外の組合員9名は,上記書面のコピーを被告の郵便受けに投函した。 (争いのない事実,甲14の1・2)
キ 平成19年2月25日,原告A1 の臨時総会で,被告以外の組合員のうち8名が出席し,被告が第2回目の是正勧告後も,餌箱で餌付けをしたり,近隣で餌をまいたり,防寒用の段ボール箱を置いたり,公然と飼育を続けていると現状を認識した上,第3回目の是正勧告書を送って,原告A1 規約を遵守することを求めることを決議し,同総会議事録は被告にも回覧された。
同月27日,上記決議に基づき,原告A1 及び被告以外の組合員9名は,被告に対し、猫への餌やりを中止することを勧告し、原告A1 規約を守れないのであれば転居すべきである旨の第3回目の是正勧告書(甲19) を配達証明郵便で送付した。
しかし,この是正勧告書は,被告が保管期間内に受け取らなかったため,返却されてきた。 (争いのない事実,甲18の1・2)
ク 同年3月25日,原告A1 の臨時総会で,被告以外の組合員のうち8名が出席し,第3回目の是正勧告書が受取拒否で返送されてきたことが報告された上,今後の法的手段に訴えた場合に備えて証拠の積み重ねに努めることを決議し,同総会議事録は被告にも回覧された。 (甲21の1・2)
ケ 同年5月27日,原告A1 の臨時総会で,被告以外の組合員9名全員が出席し,猫の糞尿とそれに伴う悪臭等により多大な迷惑を被っており,被告に対し猫の飼育を中止するよう求めることを決議し,同総会議事録は被告にも回覧された。
同日付けで,原告A1 及び被告以外の組合員9名は,被告に対し,猫の飼育を中止することを求める第4回目の是正勧告書(甲23)を送付した。 (争いのない事実,甲22の1・2,23)
コ 同年6月17日,原告A1 の臨時総会で,被告以外の組合員のうち7名が出席し,猫の糞尿とそれに伴う悪臭等により多大な迷惑を被っており,被告に対し引き続き抗議し,猫の飼育の中止を求めることを決議した。 (甲24)
サ 同年9月19日,原告A17 は,東京都動物愛護相談センター多摩支所に対し,原告A1 理事長の立場で,被告の猫に対する餌やりについて,禁止等の指導を電話で要請した。同支所の担当者は,その後数回,被告に対する指導を試みた。 (争いのない事実,甲25)
シ 同年10月14日,原告A1 の臨時総会で,被告以外の組合員9名全員が出席し,被告の餌やりが継続し,悪質化しているとして,三鷹市長及び三鷹警察署長に対して,事態改善に関する要望書を提出することを決議し,同総会議事録は被告にも回覧された。
同月22日,上記決議に基づき,原告A1 及び被告以外の組合員9名は,三鷹市長及び三鷹警察署長に対し,被告に餌やりの中止を勧告すること,餌やりを罰則付きで禁止する条例を新設することを求める要請書(甲27,28)を郵送した。 (甲26,27の1・2,28の1・2)
ス 同年11月16日、三鷹市長は、原告A1 に対し、@平成14年度に1回、平成19年度に2回,被告に指導を行い,猫の不妊去勢手術が行われ,トイレの設置,糞の清掃等も行われていることから,指導により一定の効果が現れていると認識していること,A被告に猫を管理する意思があるため,猫は飼い猫であると判断 しており,三鷹市として,餌やりを中止させることはできないこと,B条例の制定は考えていないことを伝える回答書(甲29)を送付した。 (甲29)
セ 同月18日,原告A1 の臨時総会で,被告以外の組合員のうち8名が出席し,被告が三鷹市に対し,猫を飼育していることを自認していることが公的機関の文書で正式に確認されたことの報告を受けた上,猫の飼育を中止すること,それができないのであれば転居することを求める要請文書を送付することを決議し,同総 会議事録は被告にも回覧された。
同月19日,上記決議に基づき,原告A1 及び被告以外の組合員9名は,被告に対し,上記の内容を伝え,同年12月8日までに回答を求める第5回目の是正勧告書(甲31)を送付した。
これに対し,被告は,同年12月8日,@愛護の精神から猫に対して餌やりをしていること,A飼い猫とは認識していないこと,B餌やりによって不快な思いをする人がいることは理解しており,残念に思っていること,C解決策として里親を探し,里親が見つかるまでの間,猫の糞尿被害を軽減するための策を講じさせてもら いたいことを書面(甲32)で回答した。 (争いのない事実,甲30,31,32)
ソ 同年12月16日,原告A1 の臨時総会に,被告を含む組合員全員が出席し,まず,被告が次の説明をした。
・被告専用庭で子猫が生まれ,放っておいたら死んでしまうため餌を与え,今日に至った。飼っているのではなく,野良猫と認識している。
・本件タウンハウス周辺には以前から猫が20匹ほどおり,Cと費用を出し,去勢等を行った結果,猫の数は3分の1にまで少なくなった。
・餌は糞の臭いが少ないものを与えており,臭いは低減されている。
・1か月半前から被告専用庭に猫のトイレを置き,周辺の糞も処理している。
・被告専有部分の屋内では猫を飼っていない(その後のやり取りの中で,屋内の猫の存否については,返事の必要がないと発言内容を変更した。)。
・猫の引き取り手を探している。

これに対し,被告以外の組合員9名は,次のとおり意見を述べた。
・玄関前,駐車場,専用庭等の至る所に猫が糞をしている。掃除をしてもすぐに糞をされてしまう。
・専用庭に猫が飛び降り、通路に猫が多数おり、恐怖を感じ、不気味に感じている。
・猫の抜け毛が飛来するなどして,非衛生的である。
・フェンスの設置など多額の出費を強いられている。
・猫が自動車の上に乗り,傷を付けるので,困る。
・猫除けの薬を撒いても,すぐ効果が薄れてしまう。
・被告が近隣に迷惑をかけていることに対し,詫びがないのはいかがなものか。
・今すぐ猫への餌やりをやめてほしい。
・20匹に比べて少なくなっているとしても,被告がそもそも餌やりにより増加させたものであり,比較に意味がない。
・糞尿からの臭いは低減されていない。
・猫のトイレの設置は,他の猫を呼び寄せることになり,好ましくない。
・被告は周辺の猫の糞を処理しているというが,被告が処理していない糞が余りに多すぎる。
最後に,被告以外の組合員9名は,被告による猫への餌やりの中止を求める決議をした。 (争いのない事実,甲33)
タ (ア) 同月22日,原告A1 及び被告以外の組合員9名は,被告に対し,猫の飼育や餌やりを直ちに停止すること,それができないのであれば他に転居することを求める第6回目の是正勧告書(甲34)を送付した。 (イ) これに対し,被告は,原告A1 に対し,平成20年1月15日,次の内容の回答書(甲35)を送付した。
・被告は、三鷹市環境対策課から、@猫は命あるものなので、餌を与えてください、A猫トイレは,外から見えるように,玄関にも置いてください,B糞の回収に努めてくださいとの行政指導を受けたので,それに従っていく。
・他に,被告の考えで,猫の里親探しの対策を講じる。
・議事録(甲33)中の被告専有部分内で猫を飼っているかの件は,個人の所持品等について質問する権利がないと考えるので,答えなかっただけである。 (争いのない事実,甲35)
チ 同月10日,原告A17 は,東京都動物愛護相談センター多摩支所に対し,原告A1 理事長の立場で,被告の猫に対する餌やりについて,どの程度の指導をしてもらえるのかを電話で尋ねた。同支所の担当者は,指導は可能だが,強制力はない旨を説明した。 (争いのない事実,甲25)
ツ 同月20日,原告A1 の臨時総会で,被告以外の組合員9名が出席し,前記タ(イ)の被告が三鷹市から受けたとする行政指導のうち,三鷹市は糞の回収に努めることは指導したが,猫に餌を与えることや猫トイレを置く場所を指導したことはないことを三鷹市役所を訪れ確認したことが報告された上,被告に対し,餌やり を直ちに停止すること,それができないのであれば他に転居することを求める勧告書を送付することを決議した。
同月25日,上記決議に基づき,原告A1 及び被告以外の組合員9名は,被告に対し,猫の飼育や餌やりを直ちに停止すること,それができないのであれば他に転居することを求める第7回目の是正勧告書(甲37)を送付した。 (争いのない事実,甲36)
テ 同年2月13日から18日にかけて,原告A17 は,東京都動物愛護相談センター多摩支所に対し,原告A1 理事長の立場で,被告の猫に対する餌やりについて,再度の禁止等の指導を電話で要請した。同支所の担当者は,その後数回,本件土地を訪れて被害状況を確認し,被告に対し,文書や電話で指導を行った。 (争いのない事実,甲25)
ト 同月29日,被告は,原告A1 に対し,平成19年12月16日の原告A1の臨時総会(前記ソ)における被告以外の組合員の発言は被告に対する言葉の暴力であり,集団によるいじめであると主張し,平成20年3月2日に開催予定の原告A1 の総会(後記ナ)への出席を棄権する旨の連絡を書面(甲42) により行った。 (争いのない事実,甲42)
ナ 同年3月2日,原告A1 の臨時総会が開催され,被告以外の組合員のうち7名が出席し,被告による猫の糞尿の始末は不十分なものであり,被害は続いている旨の報告がされた上、この後の対応は、法的手段を含め、関康隆弁護士(以下「関弁護士」という。)に一任することを決議した。 (甲43)
ニ 関弁護士は、被告に対し、同月14日及び同年4月16日の2回にわたり、原告A1 の代理人として,猫への餌やりを中止すること,それができないのであれば他に転居すること,それらが行われない場合は法的手段に訴えざるを得ないことを内容証明郵便(甲44,45)で申し入れた。 (争いのない事実)
ヌ その後,同年5月から7月にかけて,関弁護士と当初は被告が選任したD弁護士,その後は金谷達成弁護士との間で,原告A1 は餌やりの中止を求め,被告は里親が見つかるまでの猶予等を求め,書面(甲46〜52)による交渉がされたが,合意に至ることはできなかった。 (争いのない事実)
ネ 同年5月18日,原告A1 の総会で,被告以外の組合員のうち8名が集まり,被告を相手方として餌やり行為の差止等の訴訟等を提起すること,その追行権を原告A1 の理事長である原告A17 に付与することを決議した。 (甲85)
ノ 原告らは、被告を相手方として、同年8月7日、武蔵野簡易裁判所に対し、被告の餌やり行為の中止等を求める民事調停を申し立て,同年9月5日及び同年10月28日,同裁判所において調停期日が開かれた。 それらの期日で,原告らは,被告の猫に対する餌やり行為について,期限を切るなどの提案をしたが,被告が拒否をしたことなどから,上記民事調停は,調停不調により終了した。 (争いのない事実)

2 争点
(1) 被告の猫に対する餌やり行為が,動物飼育禁止条項又は迷惑行為禁止条項に違反するか。
(2) 被告の猫に対する餌やり行為が、区分所有者の共同の利益に反する行為(区分所有法6条1項)に当たるか。
(3) 被告の猫に対する餌やり行為が,受忍限度を超え,個人原告らの人格権を侵害するか。また,原告らに対する不法行為を構成するか。
(4) 原告らの損害額

3 争点(1)(動物飼育禁止条項等違反)についての当事者の主張
(原告らの主張)
(1) 猫の飼育
ア (ア) 被告は,平成5年ころ,本件土地上で,猫に対する餌やりを開始し,以後,餌やりを続けてきた。
(イ) 猫は見ず知らずの場所で出産することはないから,被告が平成14年5月以前から餌やりをしていた猫が,安心できる被告専用庭で出産したものである。
イ 被告は,餌やり行為に加え,被告専用庭等に,猫のためのに段ボール箱等を置いている。
ウ 被告は,被告専有部分の屋内で,白色の猫を飼育している。
エ このように,被告は,被告専有部分の屋内で白色の猫を,同屋外で2匹又は4匹の猫を,飼育している。

(2) 餌やり行為による被害
ア (ア) 被告の猫に対する餌やり行為により,多数の猫が本件土地に集まり,ところ構わず排便放尿をするため、本件土地内やその周辺の至る所に排便の跡がある。
(イ) 猫は,アスファルトやコンクリート上にも排便放尿をする。
イ 猫の排便放尿により,蝿がたかったり,異臭がしたり,個人原告らの専用庭の芝が枯れるなどの被害が生じている。
ウ 猫が個人原告らの駐車場にある自動車のボンネットや屋根に上り,ひっかくことにより,傷が付けられる被害が生じている。
エ 猫のさかりの時期などには,うなり声やうめき声の騒音があり,また,夜間などは,猫の眼光の薄気味悪さから,恐怖感を感じる。
オ 集まった猫がゴミ集積所のゴミを漁り,ゴミが散逸するなど,不衛生な状態が生じている。
カ 猫の抜け毛が玄関先等の吹きだまりに集まるなど,不潔である。
キ 猫との接触等により,細菌感染等の危険が存在する。
ク 個人原告らは,本件土地に集まってくる猫が専用庭に侵入したり,糞をしないように,専用庭にネットフェンスを設置したり,棘付きマットを敷くなどの対策を執っており,そのための費用を支出している。
ケ 食べ残された餌にカラスが集まり,餌を置いていた新聞紙やチラシが風に舞うなどして散らかる被害が生じている。
コ 以上は,被告の餌やり行為により集まってきた猫による被害である。

(3) 餌やりに当たっての配慮及び被告の餌やり行為の趣旨等
ア (ア) 後記被告の主張(3)ア(イ)は否認する。
(イ) 同(3)ア(ウ)は認める。 ただし,設置されたトイレは,その役割を果たしていない。
(ウ) 同(3)ア(エ)は否認する。 本件土地内に数多くの糞があることからすると,被告が主張する糞のパトロールの回数は疑わしい。
(エ) 同(3)ア(カ)は否認する。 実際に里子に出したのであれば,里親を明示して立証すべきである。
イ同(3)イは否認する。 ウ同(3)ウは明らかに争わない。ただし,原告らは,餌やりを続けるのであれば転居すべきことを提案した。

(4) 現在の猫の数
現在,本件土地に集まってくる猫の数は,一時期よりも減少しているが,少なくとも4匹存在する。

(5) 地域猫活動
後記被告の主張(5)は明らかに争わない。

(6) まとめ
ア 以上の事実からすると,被告専有部分の屋内での白色の猫に対する餌やり行為は,動物飼育禁止条項に違反する。
イ 屋外での4匹の猫に対する餌やり行為は、飼育に当たる程度に達しており、動物飼育禁止条項に違反し,少なくとも迷惑行為禁止条項に違反する。

(被告の主張)
(1) 猫の飼育
ア 原告らの主張(1)アは否認する。 被告は,平成14年5月に被告専用庭で猫が6匹の子猫を出産したことをきっかけとして,餌やりを開始した。
イ 同(1)イは明らかに争わない。
ウ 同(1)ウは否認する。
エ 同(1)エは否認する。
(2) 餌やり行為による被害 ア 原告らの主張(2)アは否認す
る。 本件土地内に糞があったとしても,それが猫のものとは限らない。 また,猫は,その習性上,アスファルトやコンクリート上で排便放尿をすることはない。
イ 同(2)イは否認する。
ウ 同(2)ウは否認する。
エ 同(2)エは否認する。 不妊去勢手術を受けた猫が,さかりの時期などにうなり声やうめき声を上げることはない。
オ 同(2)オは否認する。
カ 同(2)カは否認する。
キ 同(2)キは否認する。
ク 同(2)クは明らかに争わない。
ケ 同(2)ケは否認する。
コ 同(2)コは否認する。 本件タウンハウス周辺には被告が餌やりをしている猫以外の飼い猫なども存在するところ,原告ら主張の被害が被告の餌やり行為に起因することの立証はない。

(3) 餌やりに当たっての配慮及び被告の餌やり行為の趣旨等
ア 被告は,猫に対する餌やりに際して,次のことに配慮した。
(ア) 被告は,本件土地に現れる猫に対して,Cと協力して,不妊去勢手術を受けさせ,その費用を負担した(争いのない事実等(5)イ。)
(イ) 被告は,猫に与える餌を,できるだけ糞尿のにおいを抑えるものにした。
(ウ) 被告は,平成19年11月から,猫用のトイレを被告専用庭や被告北側玄関前に設置した。
(エ) 被告は,平成19年11月から,1日に数回,本件土地のパトロールを行い,動物の糞を発見した場合には,すべて清掃している。
(オ) 被告は,猫が近寄らないようにするための装置を複数購入して,原告らの一部に配布した(争いのない事実等(4)オ)。
(カ) 被告は,猫の里親探しの取組をし,1匹の猫を里親に出した。
イ 被告が上記アの配慮の下に猫に対して餌やり行為を行ったのは,動物愛護の精神に基づくものであり,後記(5)の地域猫活動の取組とその趣旨を同じくするものであって,猫が好きであるという自らの欲求を満たすために周囲の迷惑を顧みずに行動したものではない。
ウ 他方,原告らは,被告に対して猫への餌やりの中止を求めたが,それに代わり得る代替案を提示したことはない。

(4) 現在の猫の数
原告らの主張(4)は否認する。 本件土地に集まる猫の数は,現在は2匹にまで減っており,被告が現在餌やりをしている猫は,この2匹である。

(5) 地域猫活動
地域猫活動とは,野良猫を単に放置するのではなく,地域住民が協力して適正に管理する,すなわち,不妊去勢手術を施し,ルールを作って餌を与え,掃除等を行うことにより,猫の命を大切にしながら,ゴミ集積所荒らしや無制限な増殖といった野良猫問題の拡大を防ぎ,地域住民と地域の猫がうまく共存していこうという取 組である。

(6) まとめ
ア 原告らの主張(6)アは否認する。 動物飼育禁止条項は,動物を飼育すること自体を禁じているのではなく,飼育の態様いかんによって,他の居住者に受忍限度を超えるような損害を与え得る違法な飼育であると見られる行為のみを禁じている。
イ 同(6)イは否認する。 被告の屋外での餌やり行為は,飼育に当たらず,動物飼育禁止条項に反しない。 また,後記5(被告の主張)のとおり,被告の餌やり行為が違法であるということはできないから,迷惑行為禁止条項にも違反しない。

4 争点(2)(区分所有者の共同の利益に反する行為)についての当事者の主張
(原告らの主張)
前記3(原告らの主張)の事実によれば,被告の猫に対する餌やり行為は,区分所有法6条1項の共同の利益に反する行為に当たる。
(被告の主張)
原告らの主張は否認する。

5 争点(3)(人格権侵害,不法行為の成否)についての当事者の主張
(原告らの主張)
(1) 前記3(原告らの主張)の事実によれば,被告の餌やり行為は,個人原告らに対する人格権侵害であり,かつ,原告らに対する不法行為を構成する。
(2)ア後記被告の主張(2)は否認する。
イ 地域猫活動の概念は,原告A1 規約や区分所有法6条1項に優先する法的効力を有するものではない。
ウ さらに,地域猫活動では,地域住民の協議や目標の設定,地域住民への周知,合意形成,ルールの策定など取組の順序が必要であるところ,被告は,これらの取組を何ら履践していない。
(被告の主張)
(1) 原告らの主張(1)は否認する。
(2)ア前記3(被告の主張)の事実からすると,被告の餌やり行為によって被害が生じたとしても,受忍限度を超えるものではない。
イ すなわち、動物の愛護及び管理に関する法律(以下「動物愛護法」という。)44条2項,荒川区良好な生活環境の確保に関する条例,地域猫活動の趣旨に照らすと,野良猫に対する餌やりの違法性を判断するに当たっては,次の各要素を検討すべきである。
(ア) 餌やり行為の意図が動物愛護法の趣旨に基づくものかどうか。
(イ) 野良猫を適正に管理し,無制限な増殖や被害を防ぐという目的を有するかどうか。
(ウ) 野良猫の管理について,継続して,一定の準則の下に管理する意思があったかどうか。
(エ) 野良猫の管理について,餌やりの方法や不妊去勢手術の実施等,相当な方法が採られたどうか。
(オ) 野良猫の管理の結果,野良猫の数が減少したかどうか。
(カ) 野良猫の糞尿被害やゴミ集積所での被害がどの程度のもので,その地域の生活環境が不良状態に至ったかどうか。
(キ) 猫への餌やり行為に反対する当事者が,餌やり行為に代わる何らかの代替案を検討したかどうか。
(ク) 猫への餌やり行為に反対する当事者が,里親を探すなど代替的手段について協力をしたかどうか。
(ケ) 猫への餌やり行為に反対する当事者が,代替的手段について協力しなかったとしたも,餌やりをしている者に対して,何らかの代替的手段を提案し,その実行を求めたかどうか。
ウ 前記3(被告の主張)で述べた被告の餌やり行為の態様からすると,被告の餌やり行為は,個人原告らの人格権を侵害するものではなく,原告らに対して不法行為を構成するものでもない。

6 争点(4)(原告らの損害額)についての当事者の主張
(原告らの主張)
(1) 慰謝料
ア 個人原告らは,被告の餌やり行為により生じた様々な被害により,多大な精神的苦痛を被った。
イ それを慰謝する慰謝料額は,個人原告らそれぞれにつき30万円を下らない。
(2) 弁護士費用
ア 原告らは,平成20年8月6日,関弁護士に対し,本訴の提起及び追行を委任し,別紙請求債権目録「弁護士費用」欄記載の着手金及び報酬金を支払うことを約した。
イ これらは,被告の餌やり行為と相当因果関係を有する損害である。
(被告の主張)
(1) 慰謝料
原告らの主張(1)は否認する。
(2) 弁護士費用
同(2)のうち,アは不知,イは否認する。

第3 争点に対する判断
1 認定事実
各項に掲記の証拠によると,次の事実が認められる。
(1) 猫の飼育及び猫の数 ア (ア) 被告は,平成5年ころ,猫に対する餌やりを開始し,以後,餌やりを続けていた。 (甲69,73の1,78,原告A17 )
(イ) 被告は,餌やりを開始したのは,被告専用庭で6匹の子猫が生まれた平成14年5月である旨主張し,それに沿う供述をする。まず,後記ウのとおり,被告が,猫の命を守るためとの思い込みによるとはいえ,屋内での猫の飼育という明白な事実について虚偽の供述をする姿勢は,他の点についての被告の供述の信用性についても影響を与えるものというべきであり,その信用性を厳格に判断していく必要がある。さらに,平成14年には,本件土地に現れる猫の数が既に18匹に達していたこと(争いのない事実等(5)ア)や,猫が見ず知らずの場所で出産することは少ないところ(弁論の全趣旨),猫が被告専用庭で出産したことに照らすと,平 成14年5月の猫の出産以前に,被告の餌やりにより本件土地に複数の猫が現れる状況にあったと考える方が自然であり、上記被告の主張は採用することができない。
イ 被告は,平成14年5月に生まれた子猫6匹につき,親猫に頼られ,自分が引き受けざるを得ないと感じ,子猫を里子に出すことは考えずに(被告本人尋問調書20頁),以後,餌やりはもちろん,猫が凍死しないように,被告専用庭や被告北側玄関前に,猫のための段ボール箱やバスタオルを置いている。 ( 明らかに争わない事実、甲5の5の1、 5の8の1、 54の6、 70の4 、被告)
ウ (ア) 被告は,被告専有部分の屋内で,白色の猫を飼育している。 (甲65,原告A17 )
(イ) これに反する被告の主張及びそれに沿う被告の供述は,上記(ア)に掲げた証拠や被告の原告A1 の総会における説明の不自然な変遷の事実(争いのない事実等(5)ソ)に照らし,到底採用することができない。
エ (ア) 現在,被告の餌やり行為により本件土地に現れる猫は,白黒の猫1匹,焦げ茶色の猫1匹,黄色と茶色の猫2匹の合計4匹である。白黒の猫1匹,焦げ茶色の猫1匹は,比較的被告専用庭にいることが多く,黄色と茶色の猫2匹は,比較的被告北側玄関で餌やりを受けることが多い。 (甲5の6の1・2,5の8の1,54の2の1・2,54の3〜6,68の2及び4〜8,69,70の2及び4〜7,72,73の2,81の2及び4〜6,81の7の1・2,原告A17 ,原告A2 )
(イ) 被告は,被告が現在も餌やりをしている猫は2匹である旨主張し,それに沿う供述をするが,甲81の7の2によれば,被告本人尋問終了後である平成21年12月19日以降においても,4匹の猫を被告専用庭や被告北側玄関付近で確認することができ,里親の点も,どの猫をどこの里親に預けたのかにつき具体的な立 証がないから,採用することができない。
オ 以上からすると,被告は,被告専有部分の屋内で,白色の猫を飼育し,さらに,本件土地上の屋外で,4匹の猫に対し,単に餌やりをしているのにとどまらず、被告専用庭等に段ボール箱等を用意して住みかを提供しているものであるから、これらの猫を飼育しているものと認めるべきである。以前の屋外での猫への餌やり については,飼育の程度に達していないものもあったものと認められる。
(2) 餌やり行為による被害
ア 糞尿
(ア) 本件土地では,原告らが写真による記録化を開始した平成19年12月以後においても,通路や専用庭に,被告が餌やりをしている猫によって数多くの糞がされている状況にある。
(イ) 猫による尿については,写真による記録化が困難であるところ,上記のように多くの糞がされていることからすると,本件土地において,同様に,猫による放尿がされていることが推認される。
(ウ) これらの糞尿により,個人原告らは,糞に蝿がたかったり,糞尿による異臭がし,洗濯物にもその臭いが付いたり,専用庭の芝が枯れたりの被害を受け,見つけた糞の始末をすることを余儀なくされている。 (以上,甲5の1,5の2の1・2,5の3の1・2,5の4,5の5の1・2,5の6の1・2,5の7の1・2,5の8の1・2,6,9,54の1,54の2の1・2,54の3〜6,57〜63,65,68の1〜3,5及び6,69,70の1〜4及び6,71の1,72,81の1〜4,81の7の2,原告A17 、原告A2 )
(エ) 被告は,本件土地にある糞について,猫がコンクリートやアスファルトの上では糞をしないという猫の習性等を根拠に,多くの糞について猫の糞でない可能性があるとか,他の猫による糞の可能性がある旨主張し,証人E及び被告は,それに沿う供述をしている。
しかしながら,地面の大部分がコンクリートやアスファルトで覆われ,糞を土等で覆うことが困難な都市部では,猫がコンクリート等の上で糞をすることは何ら不自然なことではないし(甲71の1,78,弁論の全趣旨),本件土地が東側でのみ道路に面しており,北側,南側,西側では隣家の敷地と接しており,本件土地内 を通り抜けることはできず,本件土地と東側の道路との間には10pほどの段差があり,本件土地内に散歩中の犬が入ってくることは考え難いこと(争いのない事実等(2)イ,甲78,原告A17 )からすると,上記(ア)の本件土地の通路や専用庭にある糞の大部分は猫のものであると認められ,さらに,猫の縄張りの習性を考慮すると,それらの大部分は被告が餌やりを行っている猫によるものと認められ,上記被告の主張は採用することができない。
イ ゴミの散乱等
餌やりに集まってきた猫が、収集時間外に出されたゴミ集積所のゴミ袋を荒らし、生ゴミを散乱させていた。 餌やりで残った餌にカラスが集まり,餌を置いていた新聞紙やチラシが風に舞うなどして散らかる被害が生じている、また、集まったカラスが騒音源となっている。
被告は,現在,本件土地で,原則として,夜に1回のみ餌やりを行っている。 (甲5の5の1・2,5の6の1,5の7の2,5の8の1,6,9,54の2の2,54の3・4,58〜60,62,63,68の8,70の4・5,72,81の4・5,原告A2 ,原告A17 ,被告)
ウ 自動車
また,本件土地に現れる猫が,本件土地の駐車場に駐車してある原告A15 の自動車の屋根やボンネット,他の居住者のバイクに上がることによって,自動車等に傷が付くなどの被害が生じている。 (甲54の5,58,62,70の6,81の5・6,81の7の1)
エ 毛
猫の抜け毛が玄関先等の吹きだまりに集まり,不衛生な状態となる被害が生じている。 (甲6,62,63,70の6,原告A2 ,原告A17 )
オ 騒音
(ア) 猫のうなり声がしたり,夜間などは,猫の眼光の薄気味悪さから,恐怖感を感じる。 (甲6,58〜60,原告A17 )
(イ) ただし,後記(4)イ(ア)dのとおり,不妊去勢手術を受けた猫においては,このようなことが少なくなるから,不妊手術がされた平成15年(争いのない事実等(5)イ)以降については,うなり声等による被害は,格段に減少していると推認される。
カ 物品の破損
専用庭に飛び降りて侵入してくる猫により,庭木や植木鉢等が壊されたりする被害が生じている。 (甲5の6の1・2,6,60)
キ 猫除けの設備
このように,本件土地に現れる猫が専用庭に侵入したり,糞をしないように,個人原告らは,各専用庭の周りにネットフェンスを設置したり,猫除けセンサーを設置したり,棘付きマットを敷いたりなどの対策を採り,そのための費用を支出している。設置したネットフェンス等も,猫により破損されている。 (明らかに争わない事実,甲6,9,81の7の1,82,原告A17 )
ク 共通感染症
後記(4)ア(イ)cのとおり,猫と人の共通感染症があり,本件土地に猫が存在することにより,個人原告らには,共通感染症に感染するリスクが高まるが,個人原告らについてそのようなリスクが顕在化したことの立証はない。
ケ 被害状況の経年変化
(ア) 本件土地に現れる猫の数が最も多かったのが平成14年であり,その後猫の数が減少していること(争いのない事実等(5))からすると,上記アのとおり糞の記録化が開始された平成19年12月以前においては,ほぼ猫の数の多さに比例して,より多くの糞尿がされたり,上記各種の被害がもっと深刻であったことが推 認される。
(イ) 本件土地で見られる糞尿については,猫の数の減少及び不妊去勢手術の効果(後記(3)イ,(4)イ(ア)d)に加え,平成19年11月以降,猫のトイレの設置や猫の糞のパトロール(後記(3)エ,オ)がされるようになったため,猫の数の減少によるもの以上に減少している。 (甲72,原告A2 ,原告A17 ,弁論の全趣旨)
(3) 被告の行った対策
ア 被告は,猫に対する餌やりに当たり,当初から地域猫活動の趣旨に沿った行動をしていたものではなく,家族と共に,本件土地やその周辺で,付近住民に隠れて餌やりを行い,残った餌や糞尿に対する配慮を十分していなかった。被告及びその家族は,本件土地の周辺で,最近でもそのような餌やりを行っていた。 (甲8,56,58,69,原告A17 )
イ 被告は,本件土地に現れる猫に対して,Cと協力して,不妊去勢手術を受けさせ,その費用を負担した。 (争いのない事実等(5)イ) ウ 被告は、猫に与える餌をできるだけ糞尿のにおいを抑えるものにしている。 しかし,個人原告らがその効果を実感するほどの効果は上げていない。 (乙10,被告,弁論の全趣旨)
エ 被告は,平成19年11月から,被告専用庭や被告専有部分の北側玄関付近に、最大時で4個の猫用のトイレを設置し、現在は、2個を被告専用庭に設置し2日に1回程度砂を取り替えている。 (争いのない事実,乙10,被告)
オ 被告は,平成19年11月から,1日に数回,本件土地のパトロールを行い,発見した動物の糞を清掃している。それ以前に,糞のパトロールと呼べるほどの被告の活動があったことを認めるに足りる証拠はない(被告自身,原告らにも知らせて行動したのは,本人尋問の2年くらい前からである旨供述している。)。 また,パトロールの回数も,被告が供述する処理した糞の数からすると,被告が主張するほどには多くはないと認められる。
糞のパトロールの効果については,立場の違いにより評価が分かれるが,ある程度の効果はあると認められるものの,当然,個人原告らの専用庭での糞を減らすことはできない。 (甲73の2,乙10,原告A17 ,被告)
カ 被告は,猫が近寄らないようにするための装置を複数購入して,原告らの一部に配布したことがある。 (争いのない事実等(4)オ)
キ 被告は,里親探しに努めてきたと主張する。その点を否定する証拠はないが,成猫の里親を探すことは困難であると考えられるし,実際に里親を探すことはできなかったものである(1匹を里子に出した旨の被告の供述が信用できないことは,前記(1)エ(イ)のとおりである。)。
ク 被告は,野良猫に餌やりを行えばそれらの猫はその場所に居着いてしまうことを知っていたが,猫への愛情(前記(1)イ)及び猫の命を大切にする気持ちから,猫に対する餌やり行為を行った。
周囲の迷惑を顧みずに行動したものか否かの点は、被告の主観によってではなく、被告の行動全体を見て客観的に判断すべき事項である。 (乙2,10,被告,弁論の全趣旨)
ケ 原告らは,被告に対して猫への餌やりの中止を求めたが,被告が被告区分建物に居住したままでそれに代わり得る代替案を提示したことはない。しかし,餌やりを続けたいのであれば,一戸建てへ転居の上で行うべきであるという解決案は示している。 (争いのない事実等(6)カ,キ,タ,ツ,ニ,争いのない事実)
(4) 地域猫活動
ア 国及び東京都の施策の変遷等
地域猫活動の適切な位置付けを知るために必要な限度で,国及び東京都の施策の変遷等について検討する。併せて,望ましい猫の飼い方や地域猫活動がされなかった場合に生じる状況についても検討する。
(ア) 近年,少子高齢化,核家族化等の進展に伴い,動物は家族の一員,人生のパートナーとして,ますます重要となっている。幼少時に動物と接することは,生命尊重や情操をはぐくむ上で,とても重要なことである。 東京都の動物愛護行政の変遷をたどれば,平成4年からの時期は,動物飼養への指向が広がる一方で,動物の虐待や不適正な飼養による近隣トラブルが顕在化してきたため,犬のしつけの徹底など動物飼養をより適正なものにし,人と動物とのより良い関係づくりを進めていくことが社会的に求められてきた。東京都は,平成1 0年,猫に関する様々な問題を解決するため、「猫の適正飼育推進策」について,東京都動物愛護保護管理審議会での審議,答申を踏まえた取組を開始した。
平成11年,動物愛護法の改正が行われ,特に動物は命あるものであることの再認識や動物への理解とともに、周辺環境への配慮など飼い主等の責務が強化された。
また,平成14年,東京都動物の愛護及び管理に関する条例(この名称は,改正後のものである。)の改正を行い,動物愛護施策の推進に当たっては,広く愛護関係団体や都民などと協力して推進していくことになり,現在に至っている。
東京都は,平成16年3月,同条例3条に基づき「東京都動物愛護推進総合基本計画(ハルスプラン)」を策定した。
同計画によれば,区市町村の地域に応じた取組の実施例として,飼い猫の不妊・去勢措置及び屋内飼養の普及啓発が挙げられ、「行政と地域社会との連携」中の「地域の問題解決能力の向上」の項で,東京都は,区市町村や地域住民の主催する適正飼養講習会への講師派遣等を通じて,地域の実情に合わせた飼い方等適正飼養の向上を図るとともに,これまでの問題解決事例の蓄積を生かし,区市町村に協力して地域の問題解決能力の向上を促進し,さらに,地域住民によって組織された動物愛護団体の活動を,区市町村と共に支援・協力しながら動物愛護を推進していくこととしている。
さらに「飼い主のいない猫との共生支援事業」の項で、「飼い主のいない猫との共生モデルプラン」は,地域住民が主体となり,経験と専門知識を有するボランティア,区市町村及び東京都との協働により飼い主のいない猫によるトラブルの解決を図る活動であり,事業に対する理解が確実に浸透しつつあり,今後は,モデルプランの実施結果に基づき,具体的解決策を取りまとめたガイドラインを作成し,区市町村,地域住民への提供を通じて,住民自らの取組の推進,区市町村によるボランティアの公募等による協力者の組織化,ボランティアによる地域の普及啓発,動物愛護推進員による活動など,区市町村による取組の更なる展開を図り,東京都 は地域ぐるみの取組に対する不妊去勢措置等の支援の検討など,技術的,専門的支援を推進していくとされている。
(イ) 「家庭動物等の飼養及び保管に関する基準」(平成14年環境省告示第37号。最終改正は,平成19年11月12日環境省告示第104号)は,次のとおり定めている。
a 一般原則
家庭動物等の所有者又は占有者(以下「所有者等」という。)は,命あるものである家庭動物等の適正な飼養及び保管に責任を負う者として,…終生飼養するように努めること。
所有者等は、人と動物との共生に配慮しつつ、人の生命身体又は財産を侵害し、及び生活環境を害することがないよう責任をもって飼養及び保管に努めること。
b 共通基準
所有者等は,自らが飼養及び管理する家庭動物等が公園,道路等公共の場所及び他人の土地,建物等を損壊し,又はふん尿その他の汚物,毛,羽毛等で汚すことのないように努めること。
所有者は,…原則としてその家庭動物等について去勢手術,不妊手術…等その繁殖を制限するための措置を講じること。
c 人と動物の共通感染症に係る知識の習得等
所有者等は,…家庭動物等と人に共通する感染性の疾病について,…正しい知識を持ち,その飼養及び保管に当たっては,自らの感染のみならず,他の者への感染の防止にも努めること。
d ねこの飼養及び保管に関する基準
ねこの所有者等は、・・・ねこの屋内飼養に努めること。
屋内飼養以外の方法により使用する場合にあっては、・・・頻繁な鳴き声等の騒音又はふん尿の放置等により周辺地域の住民の日常生活に著しい支障を及ぼすことのないように努めること。
ねこの所有者は,繁殖制限に係る共通基準によるほか,屋内飼養によらない場合にあっては,原則として,去勢手術,不妊手術等繁殖制限の措置を講じること。
ねこの所有者は,やむを得ずねこを継続して飼養することができなくなった場合には,適正に飼養することのできる者に当該ねこを譲渡するように努め,新たな飼養者を見いだすことができない場合に限り,都道府県等に引き取りを求めること。
イ 地域猫活動
(ア) 地域猫活動は,次のようなものと理解することができる。
a 確かに,ある場所で野良猫に餌やりを行えば,野良猫は,その場所に居着き,排泄し,繁殖する。
b しかし,野良猫の問題は,飼い主である人間が身勝手に飼い猫を捨てたことによって発生した問題である。
都市部の野良猫に餌やりを行わずに放置すれば,ゴミ集積所等を荒らすようになり,また,雌猫は年に3,4回妊娠し,1回に4ないし6匹を産むから,どんどんその数が増えていく結果になる。
野良猫を毒餌を撒くような方法で殺すことは,動物愛護法に違反し,動物愛護相談センター等での致死処分は,本来,動物愛護の精神に反するから,数を減少させていくことが望ましい。
野良猫を捕まえて他の地域に持っていって捨てれば,その地域の問題はとりあえず解決するが,他の地域に迷惑をかけるし,他の地域も同じことを始めれば,結局は押し付け合いの地域エゴに陥ってしまう。
c この問題を解決するには,猫に不妊去勢手術を行い,餌やりや猫のトイレを適切に管理し,猫の一代限りの命を尊重しながら時間をかけて野良猫の総数を減らしていく必要がある。野良猫は,暑さ寒さだけでなく,交通事故や感染症の危険にさらされるなど厳しい環境の中で生きているから,その平均寿命は4年程度であ る。
d 不妊去勢手術を行うことにより,地域の野良猫はそれ以上増えていくことがなくなるだけでなく,雄同士のけんかによる騒音,マーキングのためのおしっこのふりまきによる悪臭,及びさかりの時期の騒音を減少させることができる。
e 猫への餌やりに当たっては,カラスや虫がたかって不衛生になることを防ぐため,餌を置きっぱなしにせず,餌を与え終わったらすぐに容器を片付ける必要がある。
多くの猫が1箇所に集まり,被害を生じさせる場合は,餌やりをする場所をいくつかに分散して,猫の集中を避ける必要がある。
f 野良猫用のトイレを作ることで,糞が1箇所に集まり,清掃もしやすく,臭いがあちこちに散らばることを防ぐことができる。
g 餌やりやトイレの設置は,協力者の家の敷地や管理者の了解を得た上で公共の場所で行うことになる。
h 以上の方法により,地域に対する被害を可能な限り少なくすることができるが,猫が屋外で生活すること自体は変えられないから,被害を完全に零とすることはできない。
i 地域の住民は,猫に対して様々な意見を有するから,地域猫活動は,自治会活動や住民へのPRにより、地域の共通理解を図りながら行っていく必要がある。
j 捨て猫は,新たな野良猫を発生させ,地域猫活動の効果を減じるものであるから,ポスターの掲示,町内パトロールなどにより防止する必要がある。
(イ) 「「飼い主のいない猫」との共生をめざす街ガイドブック」(乙1)は,地域住民が各地域での問題解決に乗り出す際の参考になるように,前記「東京都動物愛護推進総合基本計画(ハルスプラン)」に記載された「飼い主のいない猫との共生モデルプラン」事業で行われた取組の状況を取りまとめたものである。 (以上,裁判所に顕著な事実,明らかに争わない事実,乙1,7,9,証人E)
ウ 動物愛護法の解釈
動物愛護法44条2項は、「愛護動物に対し,みだりに給餌又は給水をやめることにより衰弱させる等の虐待を行った者は,五十万円以下の罰金に処する。」と規定しているが,野良猫に対しての餌やり行為を中止しても,この条項に違反することはない。ただし,当該猫が飼い猫の程度に至った場合には,この条項に違反する ことになる。 (甲64,弁論の全趣旨)
エ 荒川区良好な生活環境の確保に関する条例
(ア) 荒川区良好な生活環境の確保に関する条例(平成20年12月17日荒川区条例第23号)は,次のとおり規定している。
a 5条
区民等は,自ら所有せず,かつ,占有しない動物にえさを与えることにより,給餌による不良状態を生じさせてはならない。
b 8条
1項 区長は,第5条の規定に違反して給餌による不良状態を生じさせた…違反者…に対し,期限を定めて,周辺住民の生活環境に係る被害を防止し,除去するために必要な限度において,当該不良状態の防止又は除去のための措置その他の必要な措置をとるべきことを勧告することができる。
2項 区長は、前項の規定による勧告を受けたものが当該勧告に従わないときは、そのものに対し,期限を定めて,…当該勧告に係る措置をとるべきことを命ずることができる。
c 14条
第8条第2項の規定による命令に違反したものは,5万円以下の罰金に処する。
d その他
他に,代執行(10条)及び違反者の公表(11条)についての規定がある。 (甲55)
(イ) 同条例は,餌やりそのものを禁止するものではなく,餌やりによる地域の生活環境を不良状態にすることを禁止するものであり,地域猫活動を支援するものではあっても,同活動を禁止するものではないと説明されている。 (乙4,5)
2 争点(1)(動物飼育禁止条項等違反)及び争点(3)(人格権侵害の成否)について
(1) 白色の猫1匹の屋内飼育
ア (ア) 原告A1 の動物飼育禁止条項は,一律に動物の飼育を禁止しているものではなく、「他の居住者に迷惑を及ぼすおそれのある」動物を飼育しないことと定めているものではあるが,このような限定は,小鳥や金魚の飼育を許す趣旨は含んでいるとしても,小型犬や猫の飼育を許す趣旨も含むものとは認められない。
(イ) 確かに,前記1(4)アのとおり,動物は家族の一員,人生のパートナーとしてますます重要となっている時代趨勢にあるが,他方,区分所有法の対象となるマンション等には,アレルギーを有する人も居住し,前記1(4)ア(イ)cのとおり,人と動物の共通感染症に対する配慮も必要な時代であるから,時代の趨勢に合わせて犬や猫の飼育を認めるようにすることは,マンション等の規約の改正を通じて行われるべきである。
イ したがって,白色の猫1匹の屋内飼育であっても,動物飼育禁止条項に違反すると認められる。
(2) 屋外での餌やり
ア 前記1(1)オのとおり,屋外での4匹の猫への餌やりは,段ボール箱等の提供を伴って住みかを提供する飼育の域に達しており,前記1(2)のとおり,それらの猫は個人原告らに対し様々な被害を及ぼしているから,動物飼育禁止条項に違反するものといわなければならない。
以前の屋外での猫への餌やりのうち,飼育の程度に達していないものへの餌やりは,迷惑行為禁止条項に違反するものといわなければならない。
イ 乙11として提出された本件に関心を持たれた方々の意見は,人としての良識に裏打ちされたものであり,当裁判所が地域猫活動等について理解を深め,本件での結論を考えるに当たって大変役立った。
しかし,本件での問題は,区分所有法の適用があり,猫を含む動物の飼育を禁じる規約を有するタウンハウスにおける猫の飼育又は餌やりの問題である。
最近の分譲マンションには,規約で犬や猫の飼育を認めるものと認めないものが存在しており,犬や猫を飼いたい人は飼育を認めるマンションを選び,犬や猫が苦手な人やアレルギーのある人は飼育を認めないマンションを選んで居住することによって,居住者の愛護動物を飼う権利と愛護動物を避けて生活する権利との調整が されている。そして、現在の法秩序の下では、規約で猫等の飼育を認めなかったり、マンション敷地での野良猫に対する餌やりを禁止したりすることが公序良俗に反し無効であるなどと解することはできないものである。
(3) 人格権侵害
ア 現時点での白色の猫1匹の屋内飼育が,個人原告らの人格権を侵害すると認めることはできない。
イ しかし,現時点での猫4匹の屋外飼育は,個人原告らの人格権を侵害し,以前の屋外での猫への餌やり行為も,飼育の程度に達していないものを含め,個人原告らの人格権を侵害するものであったと認められる。
確かに,猫の数は,被告も費用を負担した不妊去勢手術の効果として,4匹にまで減少し(前記1(1)エ,(3)イ),個人原告らが被っていた各種被害も,猫の数の減少,不妊去勢手術の効果,猫のトイレの設置及び被告による猫の糞のパトロールにより減少しているものであり(前記1(2)キ)、しかも、これらの被告の行動は、 猫の一代限りの命を尊重し,餌やりの工夫や猫のトイレの設置により被害を減少させるよう努めながら,数年かけて野良猫の総数を減らしていこうという地域猫活動の趣旨に,一定程度沿ったものであることは認められる。
しかし,野良猫に餌やりを行えばそれらの猫はその場所に居着いてしまうことを知っていたのに(前記1(3)ク,(4)イ(ア)a ),被告は,平成14年11月ころ,原告A12 から糞の被害等の申告を受け改善を求められた以降(争いのない事実等(6) ア),Cの主導により猫の不妊去勢手術の費用を負担し(同(5)イ),餌の選択,猫除けの装置の配布,里親探しを行ったとはいえ(前記1(3)ウ,カ,キ),各戸が壁を共有して接しており,一戸建て住宅が並んでいる住宅地における場合以上に話し合いが求められる本件タウンハウスにおいて(この点は,不法行為の成否の判断においても,地域性として考慮すべきである。),最も合意の形成に努めるべき個人原告らとの話し合いの最大の機会である原告A1 の総会のほとんどを欠席し(争いのない事実等(6)。被告の仕事の関係で日曜日の総会に出席できないのであれば,他の曜日に話し合いの機会を持つことを提案すべきであった。),平成19年11月に,地域猫活動で重要といわれている糞のパトロール及び猫用のトイレの設置を開始したものの(前記1(3)エ,オ),被告が行っている4匹の猫への餌やりは,住みかまで提供する飼育の域に達しているのに(前記1(1)オ),被告北側玄関に現れることの多い猫2匹についてのトイレの配慮が十分でなく,糞のパトロールの回数も不十分であることに加え,餌やりの点でも,風で飛んでしまう可能性のある新聞紙等を使用する方法や餌やり終了後の始末が遅い点で更に改善を要する点があるなど,猫への餌やりによる個人原告らに対する被害は依然として続いているものであり,現時点での活動であっても,受忍限度を超え,個人原告らの人格権を侵害するものと認められる。
(4) 差止請求についてのまとめ
ア 原告A1 の差止請求については,原告A1 規約違反に基づき,本件土地及び被告専有部分内において,猫に餌を与えてはならないことを認容すべきである。
ただし,飼い猫の域に達している猫に対する餌やりへの差止めを命じることは,動物愛護法44条2項違反となる行為を命じていると誤解されるおそれがあるが(前記1(4)ウ),主文第1項で命じていることは,飼い猫の域に達している猫については,本件土地及び被告区分建物内での猫の飼育をしてはならないことを命じているものである。
イ 個人原告らの差止請求は,人格権侵害に基づき,本件土地において,猫に餌を与えてはならないことを求める限度で認容すべきである。主文第2項で命じていることも,飼い猫の域に達している猫については,本件土地での猫の飼育をしてはならないことを命じているものである。
3 争点(3)(不法行為の成否)について
(1) 個人原告ら
ア 前記2(3)イに説示した事情によれば,被告の餌やり行為(屋内飼育の白色の1匹の猫への餌やり行為を除くが,現在の4匹の飼育以外の猫への餌やり行為を含む。)は,現在に至るまで,受忍限度を超える違法なものであり,故意過失に欠けるところもないと認められる。
イ よって,被告は,個人原告らに対し,上記不法行為によって生じた損害を賠償する義務がある。
(2) 原告A1
争いのない事実等(6)(原告らと被告との交渉経緯)並びに前記1(1)ないし(3)に認定の事実によれば,被告は,原告A1 及び個人原告らの再三にわたる飼育及び餌やりの中止の申入れを拒否して,猫の飼育及び餌やりを継続し,その結果,原告A1 は,後記4(1)イ(ア)のとおり,関弁護士に委任して本訴を提起せざるを得なか ったものであり,被告のこのような行為は,原告A1 に対する不法行為を構成するものというべきである。地域猫活動の理念等から,原告A1 との関係で不法行為が成立しないと解することができないことは,前記2(2)での説示と同旨である。
4 争点(4)(原告らの損害額)について
(1) 個人原告ら
ア 慰謝料
(ア) 慰謝料額の算定に当たっては,前記1(2)の個人原告らが受けた被害を十分考慮する必要がある。
他方,被告に,地域猫活動の要点についての理解不足により至らない点が多々あり,個人原告らとの対話不足があったといえ,被告の行動が,猫の命を尊重するという動物愛護の精神に基づき,少しずつ地域猫活動の理念に沿うものになってきたこと並びに被害の程度が減少してきたことも,併せ考慮すべきである。
(イ) 上記(ア)の事情に,各個人原告の被告専有部分との距離関係(概して,B棟の居住者の方がA棟の居住者よりも被害が大きいと認められる。),居住歴(原告A9 らは、居住期間が短いから、他の個人原告らに比し、慰謝料額が少なくなる。)、建物所有の有無(猫除け対策の際の費用負担は,各専有部分の所有者が負担したと考えられる。)を考慮し,A棟居住者の慰謝料額を各5万円(ただし,原告A9 らについては,各2万円),B棟居住者の慰謝料額を各8万円とし,猫除け対策等の点を考慮し,各戸につき各5万円(単独所有の場合は所有者に加算し,共有の場合は,2名に半額ずつ割り付ける。原告A9 らについては,各1万円とする。)を加算し,各個人原告ごとの慰謝料額を後記ウの慰謝料欄のとおりと認める。
イ 弁護士費用
(ア) 証拠(甲53)及び弁論の全趣旨によれば,原告らは,平成20年8月6日,関弁護士に対し,本訴の提起及び追行を委任し,別紙請求債権目録「弁護士費用」欄記載の着手金及び報酬金を支払うことを約したことが認められる。
(イ) 上記不法行為と相当因果関係を有する弁護士費用相当の損害は,上記アの認容額の2割と認めるのが相当である。
ウ まとめ
以上をまとめれば,個人原告ごとの認容額は,次のとおりである。
(単位:万円)
慰謝料弁護士費用合計
原告A2 1012
原告A3 7.5 1.5
原告A4 7.5 1.5
原告A5 7.5 1.5
原告A6 7.5 1.5
原告A7 7.5 1.5
原告A8 7.5 1.5
原告A9 0.6 3.6
原告A100.6 3.6
原告A11 10.5 2.1 12.6
原告A12 10.5 2.1 12.6
原告A13 13 2.6 15.6
原告A14 1.6 9.6
原告A15 13 2.6 15.6
原告A16 1.6 9.6
原告A17 10.5 2.1 12.6
原告A18 10.5 2.1 12.6
(2) 原告A1
上記(1)イ(ア)の事実に,本訴の難易等を考慮すると,原告A1 が負担する弁護士費用のうち30万円が被告の不法行為と相当因果関係を有する損害であると認めるべきである。
5 結論
以上によれば,原告らの請求は,原告A1 が原告A1 規約違反に基づき主文第1項の内容の差止めを求め,個人原告らが人格権侵害に基づき主文第2項の内容の差止めを求め,原告らが不法行為に基づき主文第3項記載のとおりの損害賠償及びこれらに対する平成20年11月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合に よる遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,認容し,その余は理由がないから棄却し,仮執行宣言は,主文第3項に限り付し,その余については相当でないので付さないこととし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所立川支部民事第3部
裁判長裁判官 市川正巳
裁判官 木目田玲子
裁判官 八槇朋博
別紙物件目録,別紙請求債権目録及び別紙配置図は省略

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