H14.12.18 東京地方裁判所 平成13年(ワ)第6273号 建築物撤去等請求事件


平成14年12月18日判決言渡 平成13年(ワ)第6273号 建築物撤去等請求事件
主       文
1 被告明和地所株式会社及び別紙被告目録記載第2の被告らは,原告A,同B及び同Cに対し,別紙物件目録記載2の建物のうち,別紙図面のAないしZの各点を順次直線で結ぶ範囲内の地盤面から高さ20メートルを超える部分を撤去せよ。
2 被告明和地所株式会社は,原告A,同B及び同Cに対し,平成13年12月20日から前項記載の建物部分を撤去するまで,それぞれ1か月1万円の割合による金員を各支払え。
3 被告明和地所株式会社は,原告A,同B及び同Cに対し,金900万円及びこれに対する平成13年4月12日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
4 原告らのその余の各請求をいずれも棄却する。
5 原告らと被告三井建設株式会社との間に生じた訴訟費用は原告らの負担とし,原告らとその余の被告らとの間に生じた訴訟費用はこれを10分し,その1を原告らの,その余を被告明和地所株式会社の各負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告明和地所株式会社及び別紙被告目録記載第2の被告ら(以下「被告Aら113名」という。)は,別紙物件目録記載2の建物(以下「本件建物」という。)のうち,高さ20メートルを超える部分を撤去せよ。
2 被告らは,訴状送達の日の翌日から前項記載の建物部分の撤去に至るまで,別紙原告目録記載第1の原告に対し1か月101万円の割合,同目録記載第2,第3の各原告らに対しそれぞれ1か月11万円の割合,同目録記載第4,第5の各原告らに対しそれぞれ1か月1万円の割合による各金員を連帯して支払え。
3 被告らは,原告らに対し,連帯して,1000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は,被告明和地所株式会社(以下「被告明和地所」という。)が東京都国立市(以下単に「国立市」という。)の通称「大学通り」に面する別紙物件目録記載1の土地(以下「本件土地」という。)を購入し(ただし,購入後に9筆を合筆),被告三井建設株式会社(以下「被告三井建設」という。)との間で建築請負契約を締結して別紙物件目録記載2の建物(いわゆる分譲マンション,以下「本件建物」という。)を完成させ,被告Aら113名に順次分譲したところ,本件建物の近隣に学校を設置,居住,通学し,又は大学通りの景観に関心を持つ原告らが,本件建物が違法建築物であり,日照,景観について被害を受けるなどと主張して,本件建物のうち高さ20メートルを超える部分の撤去と,慰謝料及び弁護士費用の支払を請求する事案であ
る(当初は本件建物の建築工事差し止め等を求める訴訟として提起されたが,訴訟係属中に本件建物が完成し,被告Aら113名に順次分譲されたため,完成した本件建物の一部撤去等を求める訴訟に変更されるとともに,建物の購入者らが被告として追加された。)。
1 前提事実(証拠等によって認定した事実は末尾に当該証拠等を掲げる。)
(1) 当事者
ア 原告ら
(ア) 別紙原告目録記載第1の原告学校法人桐朋学園(以下「原告桐朋学園」という。)は,国立市ab丁目e番fの土地を所有し,桐朋学園小学校,桐朋中学校,桐朋高等学校(以下「桐朋学園男子部門」という。)を設置,運営している学校法人である(甲6)。
(イ) 同目録記載第2の原告らは,いずれも桐朋学園男子部門に通っている児童・生徒であり,同目録記載第5の原告らは,いずれも原告桐朋学園の教職員である(弁論の全趣旨)。
(ウ) 同目録記載第3の原告らは,いずれも本件建物の近隣に居住し,本件建物の建設に反対する者の有志で組織する「2Hの会」の構成員である。そのうち,
a 原告Cは,昭和20年に夫が国立市gh丁目i番jの宅地を購入し,以降同所に居住し,平成2年5月12日夫の死亡により同地の持分5分の3を相続した者(甲13,74,159の4)
b 同Aは,昭和52年5月27日,家族と国立市gh丁目k番lの宅地を購入し,以降同地に居住する者(甲14,76)
c 同Bは,昭和52年7月26日,家族らと国立市gh丁目k番mの宅地を購入し,以降同地に居住する者(甲15,75)
である。
(エ) 同目録記載第4の1の原告Dは,国立市内に土地を所有する者であり,国立市の環境を守ろうとする者の有志で組織する「東京海上跡地から大学通りの環境を考える会」(以下「考える会」という。)の代表である。同目録記載第4のその他の原告らは,いずれも国立市又はその近隣に居住し,上記考える会の構成員である(甲20,弁論の全趣旨)。
イ 被告ら
(ア) 被告明和地所は,住宅地,工業用地の開発,造成及び販売等を業とする株式会社であり,本件建物の建築主である。
(イ) 被告三井建設は,土木,建築,電気及び管工事の請負及び設計監理等を業とする株式会社であり,本件建物の設計及び施工をした者である。なお,平成12年11月ころ以降の本件建物の建築工事は,三井・村本建設共同企業体として実施され,その代表は被告三井建設である。
(ウ) 被告Aら113名は,いずれも本件訴訟係属中に被告明和地所から本件建物の区分所有権を買い受け,被告となった者である(弁論の全趣旨)。
(2) 国立市の大学通り付近の景観
ア 大学通り周辺の状況
 JR国立駅の南口はロータリーになっており,このロータリーから南に向けて幅員の広い公道が直線状に延びている。そのうち江戸街道までの延長約1. 2キロメートルの道路は「大学通り」と称され(以下,この範囲の道路を通称に従い「大学通り」という。),そのほぼ中央付近で両側に一橋大学の敷地が接し,南端付近で東側に都立国立高校(以下「国立高校」という。)の敷地が,西側に本件建物の敷地がそれぞれ接している。
 大学通りは,歩道を含めると幅員が約44メートルあり,道路の中心から両端に向かってそれぞれ幅約7.3メートルの車道,約1.7メートルの自転車レーン,約9メートルの緑地及び約3.6メートルの歩道が配置され,緑地部分には171本の桜,117本のイチョウなどが植樹され,高さ約20メートルのこれらの木々が連なる並木道となっている。
 大学通り沿いの地域のうち一橋大学から南に位置する地域は,国立高校の各敷地及び本件土地を除き,その大部分が都市計画上の用途地域区分において第1種低層住居専用地域に指定されており,低層住宅群を構成している。さらに,大学通りの東方約500メートル先を南北に走る幅12メートルの道路と西方約500メートル先を南北に走る幅16メートルの道路とに挟まれ,一橋大学の北側に位置する道路から江戸街道に至るまでの,東西約1キロメートル,南北約1キロメートルの道路で囲まれた約100ヘクタールの地域において,6階以上の建築物は,一橋大学構内にある事務棟(7階)と合同棟(6階),旭通り沿いの建物A(6階),東側の幅12メートルの道路沿いの建物B(6階)のみであり,大学通り沿いは,そのほとんどが2階建て
の低層住宅であり,3階建ての建築物も西側で3戸,東側で10戸を数えるだけである。
 また,本件土地の周辺は,道路を挟んだ北側に原告桐朋学園男子部門の校舎があり,道路を挟んだ南側は東京都心身障害者福祉センター多摩支所,東京都多摩障害者スポーツセンター,日本電信電話株式会社国立社宅等の3,4階以下の建物が存在し,東側には大学通りを挟んで5階建ての国立高校の校舎がある。(甲9,31,32,54,79,126,128,弁論の全趣旨)
イ 大学通り周辺の歴史的経緯
 大学通り周辺の地区は,大正後期から昭和初期にかけて,丘陵地に鉄道を敷き(現在のJR中央線),設置した駅(国立駅と命名)から南に向けて延びる24間幅の広い直線道路の中央部分に東京商科大学(現一橋大学)を配置し,道路の左右に200坪を単位とする宅地を整然と区画するという計画の下に開発が進められた。地区の名称も「国立大学町」とされ,教育施設を中心とした閑静な住宅地を目指して地域の整備が行われ,美観を損なう建物の建築や風紀を乱すような営業は行われなかった。また,この地区においては,環境や景観を守ることを目的とした市民運動が盛んに行われてきた。
 これらの結果として,大学通り周辺の景観は,マスメディア等からも高い評価を得てきた。(甲24,25,弁論の全趣旨)
 大学通り周辺の歴史的経緯の概要は,別紙時系列1記載のとおりである。
(3) 法令等の定め
ア 条例による高さ制限
(ア) 市町村は,都市計画法12条の4の規定に基づく地区計画が定められている区域(ただし,地区整備計画が定められている区域に限る。)内の建築物について,条例で,地区計画で定められた事項に制限を加えることができる(建築基準法68条の2)。
(イ) 国立市は,都市計画法12条の4の規定に基づき,東京都国立市ab丁目地区(以下「本件地区」という。)について,国立都市計画中3丁目地区地区計画(以下「本件地区計画」という。)を定めている。
 本件地区計画は,都市基盤が整備された地区において,低中層住宅地区及び学園地区の環境を維持保全し,大学通り沿道の都市景観に配慮したまちづくりを形成することを目的とし,その地区整備計画において,本件地区を低層住宅地区1,同2,中層住宅地区及び学園地区に区分し,それぞれの地区における建築物の高さを,低層住宅地区2について10メートル以下,中層住宅地区及び学園地区のうち第1種低層住居専用地域(都市計画法8条1項1号)を除く地区について20メートル以下としている。なお,低層住宅地区1については,その全部がもともと建築基準法55条で10メートル又は12メートルに高さが制限される第1種低層住居専用地域に指定されている。
 また,本件地区計画は,本件地区の全部について,建築物の外壁等の色彩を周辺環境に配慮した色調にすること,道路に面して垣又はさくを設ける場合は原則として道路から高さ1メートル以上の部分を生け垣とすること,面積1000平方メートルを超える敷地に建築物を建築するときは良好な居住環境を確保するために必要な樹木を保全すること等を,それぞれ求めている。
(ウ) 国立市は,建築基準法68条の2の規定に基づく条例として,国立市地区計画の区域内における建築物の制限に関する条例(平成11年国立市条例第30号。平成11年12月24日公布,平成12年1月1日施行。甲117)を定め,平成12年国立市条例第1号による改正(平成12年2月1日公布,同日施行。以下「本件改正条例」といい,改正後の条例を「本件建築条例」という。)後は,本件地区計画と同様に,本件地区における建築物の地盤面からの高さを20メートル以下に制限している(すでに10メートル以下に制限されている地区を除く。本件建築条例7条)。
(エ) 以上によれば,本件地区の建築物の高さは,建築基準法上,低層住宅地区1,2については地盤面から10メートル以下,中層住宅地区及び学園地区(第1種低層住居専用地域を除く。)については地盤面から20メートル以下に,それぞれ制限されていることになる。
イ 日影規制
 第2種中高層住居専用地域,容積率200パーセント,第1種高度地区に指定されている地域にある高さ10メートルを超える建築物は,冬至日における真太陽時の午前8時から午後4時までの間に,建築敷地の平均地盤面から4メートルの高さの水平面に対して,敷地境界線から5メートルを超え10メートル以内の範囲では3時間以上,10メートルを超える範囲では2時間以上の日影を生じさせてはならない(建築基準法56条の2の第5項,東京都日影による中高層建築物の高さの制限に関する条例3条)。
ウ 建築基準法の適用除外
 建築基準法及び同法に基づく条例等の規定の施行又は適用の際,現に存する建築物又は現に建築の工事中の建築物が,これらの規定に適合せず又は適合しない部分を有する場合,当該建築物又はその部分に対し,当該規定は適用されない(建築基準法3条2項)。
エ 国立市都市景観形成条例等の定め
 国立市は,「国立市の都市景観の形成に関する基本事項を定めることにより,「文教都市くにたち」にふさわしく美しい都市景観を守り,育て,つくること」を目的として,国立市都市景観形成条例(平成10年国立市条例第1号。以下「景観条例」という。)及び国立市都市景観形成条例施行規則(平成10年国立市規則第10号)を定め,国立市長は,同条例25条の規定に基づいて大規模行為景観形成基準(平成10年3月国立市長告示第1号)を定めているところ,国立市都市景観形成条例施行規則11条及び大規模行為景観形成基準には,高さ10メートルを超える建物の新築工事をしようとする建築主は,高さについて,まちなみとしての連続性,共通性を持たせ,周囲の建築物等との調和を図ることを配慮すべきことが定められている。
(4) 本件土地及び建物
ア 本件土地に対する行政的規制
 本件土地は都市計画法の用途地域指定では,第2種中高層住居専用地域,第1種高度地区に指定され,建ぺい率60パーセント,容積率200パーセントと定められている(甲31,乙50)。
イ 本件建物の形状
 本件建物は,地上14階,地下1階,総戸数353戸(うち住居は343戸)の分譲マンションであり,建築面積は6401.98平方メートル,高さは43.65メートルであり,別紙図面記載のとおり,外観上はおおむね4つの棟(後記のとおり,建築工事中は,建物の構造上,東側の棟をE−1棟とE−2棟に,南側の棟をS−1棟とS−2棟に分けてそれぞれ表示していたので,その表示上で数えると合計6棟となる。)に分かれており,そのうち少なくとも大学通りに沿った東側の1棟(同図面のAないしZの各点を順次直線で結ぶ範囲内の部分。以下「本件棟」という。)は,その大部分が大学通りとの境界線から西側20メートルの範囲内に位置している(甲128,129,乙104,176の1)。
ウ 事実経過
 東京海上火災保険株式会社(以下「東京海上」という。)が本件土地を取得した時点以降の本件土地建物及び本件紛争に関連する事実経過等の概要は,別紙時系列2記載のとおりである。
2 主要な論点に関する当事者双方の主張
 建築基準法3条2項の解釈,本件地区計画及び本件建築条例の適否,本件土地に対する用途地域指定の経緯等,原告らの損害の有無並びに受忍限度に関する当事者双方の主張の要旨は,別紙主張要旨のとおりである。
第3 当裁判所の判断
1 本件建物が建築基準法に違反するか
 原告らは,本件建物が本件建築条例の高さ制限に違反する建築基準法上違法な建築物に当たると主張するのに対し,被告らは,そもそも本件建築条例自体が違法であること,本件建物は建築基準法3条2項の経過規定により救済されることを理由として,同法上の違法建築物に当たらないと主張している。そこで,原告らの権利が侵害されたか否かの判断に先立って,まずこの点を検討する。
(1) 本件地区計画及び本件改正条例の適法性について
 被告らは,本件地区計画及び本件改正条例が,被告明和地所による本件建物の建築を阻止する目的で制定されたものであることを理由として,本件地区計画や本件改正条例自体が違法無効であると主張しているところ,確かに,本件地区計画及び本件改正条例にそのような目的があったことは否定できない。
 しかしながら,後記のとおり,大学通り沿道地区においては,従来から,地権者らが並木の高さを超えない高さでの土地利用をして「大学通りの景観」を形成,保持し,国立市も,景観条例における「景観形成重点地区」の候補地として,沿道の建築物を,大学通りの景観特性と調和し,バランスのとれた美しいものとすることを行政の景観政策の基準としていたのであって,沿道の建築物が並木の高さである20メートルを超えないものであることは,いわば暗黙の合意,制約とされてきたものである。それにもかかわらず,被告明和地所が,公法上の高さ規制が存在しないことのみを拠りどころとして,並木の2倍以上の高さの建築物の建築を強行しようとしたことから,急遽,それまでの暗黙の合意,制約を公法上の強制力を伴う高さ制限に高める必要
が生じたことが,本件地区計画及び本件改正条例制定の動機であって,本件地区計画は国立市の従来の景観政策の延長上にあり,したがって,本件改正条例の制定も,建築基準法の定める目的を逸脱するものではない。その他,手続上もこれを違法,無効としなければならないほどの点は見いだせない。よって,被告明和地所の主張は採用できない。
(2) 本件建築条例と本件建物の建築について
 証拠(後掲)及び弁論の全趣旨によれば,工事の進捗状況について以下の事実が認められる。
ア 被告明和地所が平成11年7月22日に東京海上から本件土地を購入した後,本件建物の建築を請け負った被告三井建設は,本件土地についてボーリング調査等の地盤調査を行った。ボーリング調査では,コンクリートの小片などの存在が認められたが,工程に影響するような既存建物解体に伴うコンクリート片(通称「がら」)は発見されなかった。
 その後,被告三井建設横浜支店の建築課長のA(以下「A」という。)が本件建物建築工事の現場所長に任命され,本件土地の地盤構成,本件建物の各棟の構造及び重量,工事のコスト等を検討し,本件建物のうちS−1,W−1,C−1の各棟については杭基礎による工事を,S−2,E−1,E−2棟は直接基礎による工事を選択した。(乙5,181,182の1及び2,183,証人A)
イ Aは,本件土地の仮囲い工事,整地工事,仮設事務所の設置,工事用インフラの整備,遣り方・墨出しを行った後,本件建物のうち階数の多いS−2,E−1,E−2棟の部分から工事を開始し,土砂崩壊を防ぐための山留め工事又は法切り工事と並行して根切り工事を行う計画を立てた(杭基礎の場合には根切りに先だって杭打ちが行われるが,これらの棟はいずれも直接基礎方式で施工されるため,杭打ちを行わずに根切り工事が行われる。)。なお,これらの棟の根切り工事は被告明和地所から村上工業株式会社(以下「訴外会社」という。)に発注され,被告三井建設の管理の下に訴外会社が施工することになった。(乙5,6,91の1,104,証人A)
ウ 平成12年1月5日に建築確認が下り,訴外会社は直ちに工事に着手し,山留め工事又は法切り工事と並行して根切り工事のための掘削を開始した。根切り工事は,S−2,E−1,E−2棟の部分について,バックホー1台又は2台により地盤を掘削し,掘削した土砂を10トンダンプで搬出するという方法で行われ,工事の開始から同年1月31日までの間に,10トンダンプ延べ853台,約4700立法メートルの土砂が場外に搬出された。根切りの深さは約3メートル以上に達し,根切りした土地の面積は約2300平方メートルに達した。(乙5,104,証人A)
エ Aは,根切り工事を始める前にE−1棟の南端の部分に擁壁の一部が残置されていることを認識していたが,この擁壁は量的にも少なく,解体工事をしても工期に大きく影響しないと判断されたため,平成12年3月11日から同年24日までの間に根切り工事と併せて解体工事をすることにした。また,Aは,根切り工事を進めている途中で地中からコンクリートの小片が多く出てきたことから,被告明和地所に問い合わせ,東京海上が本件土地上に建築していた建物を解体した業者が同建物のコンクリート部分を直径40ミリメートル以下の砕石状にして埋め戻したことを知らされたが,当初立てた工事の工程に何らの支障を及ぼさないと判断し,工程の変更はしなかった。(乙93の4及び5,157,181)
以上によれば,平成12年1月5日以降,本件土地のS−2,E−1,E−2棟の部分について根切り工事が開始され,同月末日の時点では上記のとおり相当規模の工事が実施されていたことが認められる。なお,本件建物は,前記のとおり,外観上4棟(正確には6棟)からなる建築物であるが,受変電設備等建築設備の共用,一体的な管理運営,相互接続部分の存在,完成後の登記態様に照らせば,1個の建築物と評価できるから,本件土地を敷地とする1個の建築物として全体的に考察すべきである。
 原告らは,訴外会社が本件改正条例の施行(同年2月1日)に先立って行っていた掘削作業は根切り工事ではなく,以前に建っていた東京海上の建物が取り壊された際に埋設されたがらの除去である旨の主張をしているけれども,Aはこれを明確に否定しており(乙181,証人A),工事に支障が生じるような大きさのコンクリート片が搬出されたとか,工期が変更されたなどといった,原告らの主張を裏付けるような事実も特に認めらないことからすれば,原告らの上記主張は採用することができない。
(3) 建築基準法3条2項の解釈について
ア 建築基準法3条2項は,新法適用に関する経過規定であり,新規定の適用又は施行時において「現に建築・・の工事中」の建築物については,その建築を許容し,その限度で新規定による行政目的の達成を一部後退させて,建築主の期待を保護することとしたが,その反面において,この要件を満たさないものについては,適法に建築確認を受けた建築物であっても,新規定を適用し,建築主に一定の不利益が生じることをやむを得ないものとして,新規定による行政目的の達成を優先することとしている。新規定は,より現状にふさわしいものとして立法者により定められるものであるから,この行政目的の達成のためには,新規定が全ての建築物に適用されることが望ましい。他方,一般に,建築物の完成には高額な費用,相当の準備及び相当な工事期
間を要するものであるため,建築の工事途中であっても,建築物の完成に対する建築主の期待や経済的な利益を保護すべき要請が強い。そこで,建築基準法3条2項は,これらの調整を図り,「現に建築・・の工事中」の建物について新法の適用を除外する一方,「建築・・の工事中」の段階に至っていない建築物については新法を適用することとしたものである。
 このような建築基準法3条2項の趣旨からすると,「現に建築・・の工事中の建築物」とは建築物の完成に至っていない建築工事途中の状態を指し,これに該当するというためには,建築物の完成を直接の目的とする工事が開始され,建築主の建築意思が外部から客観的に認識できる状態に達しており,かつ,その工事が継続して実施されていることを要するが,建築物の一部が構築される程度に達していることを不可欠の要件とするものではないと解するのが相当である。
イ ところで,マンションの建築は,事業計画の立案,採算性等の検討に始まり,敷地の取得,地質の調査,建物建築請負契約の締結,建築設計,既存建築物の除去,建物建築現場の整地,建物建築現場の仮囲い,建物建築現場への資材・建設機械の搬入,根切り工事,山留め工事,杭打ち,基礎工事,躯体工事などの各段階を経て行われる。このうち物理的有形力の行使がないものが工事に該当しないことは明らかであり,また,地質調査,既存建築物の除去,整地,仮囲い,資材・建設機械の搬入は,有形力の行使ではあるものの,建築物の完成を直接の目的とする工事ではなく,建築主の建築意思を客観的に認識できる工事でもないから,建築基準法3条2項のいう「建築・・の工事中」の「工事」に該当するとはいえない。
ウ 根切り工事は,建築物を支持できる地盤が確保されたことに引き続き,建築物の基礎躯体や地下室部分を容れる空間を作り出すために,地盤面以下の土地を掘削する工事であり,建築物の形状に合わせ,地盤面の高さを精密に測定して,空間の形状を作るものである。建築物を支えるに足りる地盤の地耐力の大きさは,建築物の規模や建築物の力学的構造により決定され,建築基準法上1棟とされる建築物が力学的構造の異なる部分からなるときは,異なる部分ごとに必要な地耐力の大きさが決定される。そして,地耐力が十分ある場合には,地盤は杭なしで建築物の重量を支えることができ,この場合は,杭は不要となる。杭工事を施工しない工程を採用する建築物は,大規模建築物であっても相当数あり,平成13年度だけでも二十数棟の高さ60メー
トルを超える超高層建築物及び建築面積1万平方メートル以上の免震建築物が杭工事を施工しない工程を採用している。また,十分な地耐力が得られない地盤の場合は,根切り工事に先立って,地耐力が得られる深い位置まで杭を打つ杭工事を施工することとなる。この場合は,杭頭において建築物を支えることにより,建築物の重さと地盤の地耐力が釣り合い,建築物が地盤に安定して支えられることになる。なお,山留め工事は,地盤を掘削するに当たり,周囲地盤の崩落を防ぐために,H鋼材などの支持材を打ち込み,矢板などを用いて土圧を受ける壁を設ける工事であり,根切り工事と一体として行われる。(乙5,13,弁論の全趣旨)
 根切り工事の規模は,大規模建築物においては,膨大なものになり,本件建物建築工事に係る根切り工事の規模は,掘削する空間の大きさが最大深さ約9メートル,容積約4万5000立方メートル,工費が約1億8000万円,工事に要する期間が実働累計106日間であった。また,新都庁舎建築工事においては,全体工期約34か月のうちの約8か月間を,中央区新富町の地上14階地下1階建てマンション建築工事においては,全体の工期約17か月のうちの約3か月を,それぞれ山留め・根切り工事に費やしており,これらいずれの工事においても,根切り工事が終わりに近づくまで杭や基礎は存在しなかった。そして,建築工事が根切り工事から開始されるか,杭打ち工事から開始されるかは,敷地の地盤の良否等の偶然の事情によって決まるも
のである(弁論の全趣旨)。
 以上のような根切り工事の目的及び実態によれば,根切り工事は建築物の完成を直接の目的とする工事であり,一般的には外部から客観的に建築主の建築意思を把握し得る建築意思の具現化としての工事(建築基準法3条2項のいう「建築・・の工事中」の「工事」)に該当するというべきである。
エ これに対し,原告らは,建築基準法3条2項の文理解釈や立法趣旨からみて「現に建築・・の工事中の建築物」に該当するためには「建築物」の一部が存在することが必要であるとして,杭基礎を経ない直接基礎の場合には,建築物の一部となる基礎工事がある程度進行し,少なくとも配筋工事がなされていること,杭基礎の場合には,建物の一部となる杭を打ち,その工事がある程度進行していることが必要であり,単なる根切り工事や山留め工事の段階では,何ら土地に付着する「建築物」が存在しないから,これに該当しないと主張する。
 しかしながら,建築基準法における「建築物」とは,土地に付着する工作物のうち,屋根及び柱もしくは壁を有するものをいう(同法2条1号)から,同法3条2項の「現に建築・・の工事中の建築物」に該当するために土地に付着する「建築物」が存在していなければならないとすると,工事が進行した後になってからその結果が覆滅される危険が増大することになり,法的安定性を害することが著しい。また,少なくとも配筋工事か杭打ち工事がなされていることが必要であるとすることも,いかに大規模な根切り工事や山留め工事が長期間にわたって行われても,配筋工事か杭打ち工事がなされていない限り,「現に建築・・の工事中の建築物」には該当しないことになり,前記のような大規模建築物の工事の実情に照らすと,著しい不合理が生ずる。
したがって,原告らの主張は,建築基準法3条2項の立法趣旨に照らし,採用することができない。
オ 以上の見地から本件建物の場合を検討するに,本件建物の建築計画が明らかにされてから本件建物が完成に至るまでの経過,本件建物の構造,本件建物建築工事に係る根切り工事の規模,平成12年1月5日から同月30日までの26日間に行われた根切り工事の実態等を総合すると,同年2月1日の時点において行われていた本件建物建築工事に係る根切り工事は,本件建物の完成を直接の目的とする工事に当たり,かつ,外部から客観的に建築主の建築意思を把握できる工事が継続中であると評価できる状態にあったというべきであり,したがって,本件建物は本件改正条例が施行された時点において建築基準法3条2項の「現に建築・・の工事中の建築物」に該当する状態にあったと認めるのが相当である。
(4) 小括
 以上のとおり,本件建物は,本件改正条例が施行された時点において建築基準法3条2項の「現に建築・・の工事中の建築物」に該当していたから,本件建築条例が規定する高さ20メートルの制限に適合しない建物ではあるが,建築基準法に違反する建物ではない。
 しかしながら,建築基準法は,国民の生命,健康及び財産を保護するための建築物の構造等に関する「最低の基準」(同法1条)にすぎないから,本件建物が同法上の違法建築物に当たらないからといって,その適法性から直ちに私法上の適法性が導かれるものではなく,本件建物の建築により他人に与える被害と権利侵害の程度が大きく,これが受忍限度を超えるものであれば,建築基準法上適法とされる財産権の行使であっても,私法上違法と評価されることがある。この見地から,本件についてさらなる具体的な検討が必要となる。
2 原告らの権利が侵害されたか
(1) 日照
ア 原告桐朋学園の日照被害
 桐朋学園男子部門は,本件土地の北側に幅約5.4メートルの道路を挟んで隣接する第1種中高層住居専用地域,第1種高度地区,容積率150パーセントに指定された土地上に開設されており,南側部分に設けられたグラウンドは,東から西に向かって小学校グラウンド,中央グラウンド,西グラウンドの順に3つに区分されている。
 本件建物が,冬至において,桐朋学園男子部門の敷地に対して生じさせる日影は,午前8時ころには桐朋学園男子部門の中央グラウンド及び西グラウンドの大部分に広がっているが,午前9時ころには中央グラウンドの一部に縮まり,午前10時ころにはグラウンド上にほとんど及ばなくなり,その後しばらくの間同様の状態が続き,午後3時ころになって再び日影が小学校グラウンドの一部に及ぶようになる。
 春秋分においては日影は全く発生しておらず,さらに秋分よりもより冬至に近い日影状況である10月13日においてもまだ日影は全く発生していない。(乙173の1,2,4)
 以上から,日影は冬至前後のわずかな期間に限られ,しかも前述のように,日影はグラウンドの一部に生ずるのみである。
イ 原告Aの日照被害
 冬至において午後2時すぎころから3時ころまで日影が発生するが,春秋分においては日影は発生せず,10月13日においてもまだ日影は発生しない(甲71,乙173の1,2,4)。
 以上のとおり,日影は冬至前後のわずかな期間に,短時間発生するにすぎない。
ウ 原告Bの日照被害
 冬至において午後3時ころから日影が発生し,春秋分においては日影は発生せず,10月13日においても日影は発生しない(甲71,乙173の1,2,4)。
 以上のとおり,日影は冬至前後のわずかな期間に,短時間発生するにすぎない。
エ 原告Cの日照被害
 冬至において午後2時半ころから日影が発生し,春秋分において午後3時から4時の間に日影が発生するが,夏至において日影は発生しない(甲71,乙173の1ないし3)。
 以上のとおり,日影は秋分から春分にかけて短時間発生するものの,前記日影規制の範囲内にある。
オ 小括
 以上のように,上記原告らの受ける日照被害は,いずれも日影規制に抵触していない。
 そして,原告桐朋学園の受ける日照被害は,グラウンドについてのみ生じるものであって校舎に及ぶものではなく,主に午前9時ころまでの早朝に生じるものであることからすると,重大な日照被害が生じているとは認められない。なお,同原告は,学校教育においてグラウンドが重要な場であること,早朝においても,朝礼やクラブ活動等でグラウンドを使用すること,冬場は霜害等でグラウンド状態が悪化することなどを指摘しているが,そのような事情を考慮しても,原告の主張する被害の程度は未だ重大なものとは言い難い。
 また,原告A及び同Bについても,本件建物による日照被害は一時期かつ短時間に限られ,重大であるとは認められず,原告Cについても,いまだ受忍限度を超える被害があるとまでは認められない。
 なお,原告らは,このほかに原告E,同F及び同Gの日照被害を主張しているが,原告E及び同Gについては冬至において午前8時ころから9時ころの間,原告Fに関しては冬至において午後3時ころから4時ころの間,いずれも1時間程度の日照被害を受けるにすぎないから,重大なものとは認められない(甲71,乙139)。
(2) プライバシー侵害
 原告らは,本件建物の建築によって,原告桐朋学園に通う児童,生徒らのプライバシーが侵害されると主張するが,教室の内部は学校教育の場であって,そこでの生活は特段の事情のない限りプライバシー保護の対象とならないと解すべきところ,本件においてそのような特段の事情は認められない。
(3) 圧迫感その他
 原告らは,圧迫感,天空狭窄などによる精神的苦痛を主張しているところ,学問的見地からこれらの概念を客観化,数値化する試みがなされていることは認められるものの(証人B等),他方でこれらの概念には主観的,抽象的な側面があることを否めず,法的保護の対象としての客観性・明確性を備えるまでには至っていないというべきである。
 さらに,原告らは,本件建物の建設により,交通事故の危険性の増大や,ビル風,地下水脈切断,水質汚濁の可能性,電波障害の危険を主張するが,いずれも抽象的な危険,不安に止まるものであり,権利を侵害したとは言えない。
(4) 景観
ア 景観の権利性
(ア) ある特定の地域や区画(以下,本号において単に「地域」という。)において,当該地域内の地権者らが,同地域内に建築する建築物の高さや色調,デザイン等に一定の基準を設け,互いにこれを遵守することを積み重ねた結果として,当該地域に独特の街並み(都市景観)が形成され,かつ,その特定の都市景観が,当該地域内に生活する者らの間のみならず,広く一般社会においても良好な景観であると認められることにより,前記の地権者らの所有する土地に付加価値を生み出している場合がある。
 このような都市景観による付加価値は,自然の山並みや海岸線等といったもともとそこに存在する自然的景観を享受したり,あるいは寺社仏閣のようなもっぱらその所有者の負担のもとに維持されている歴史的建造物による利益を他人が享受するのとは異なり,特定の地域内の地権者らが,地権者相互の十分な理解と結束及び自己犠牲を伴う長期間の継続的な努力によって自ら作り出し,自らこれを享受するところにその特殊性がある。そして,このような都市景観による付加価値を維持するためには,当該地域内の地権者全員が前記の基準を遵守する必要があり,仮に,地権者らのうち1人でもその基準を逸脱した建築物を建築して自己の利益を追求する土地利用に走ったならば,それまで統一的に構成されてきた当該景観は直ちに破壊され,他の全ての地
権者らの前記の付加価値が奪われかねないという関係にあるから,当該地域内の地権者らは,自らの財産権の自由な行使を自制する負担を負う反面,他の地権者らに対して,同様の負担を求めることができなくてはならない。
 以上のような地域地権者の自己規制によってもたらされた都市景観の由来と特殊性に鑑みると,いわゆる抽象的な環境権や景観権といったものが直ちに法律上の権利として認められないとしても,前記のように,特定の地域内において,当該地域内の地権者らによる土地利用の自己規制の継続により,相当の期間,ある特定の人工的な景観が保持され,社会通念上もその特定の景観が良好なものと認められ,地権者らの所有する土地に付加価値を生み出した場合には,地権者らは,その土地所有権から派生するものとして,形成された良好な景観を自ら維持する義務を負うとともにその維持を相互に求める利益(以下「景観利益」という。)を有するに至ったと解すべきであり,この景観利益は法的保護に値し,これを侵害する行為は,一定の場合には不法行
為に該当すると解するべきである。
(イ) なお,原告らは,憲法13条,25条に基づいて,広く国立市民,原告桐朋学園の児童,生徒,教職員等らが景観利益ないし景観享受権を有し,本件建物の建設によってこれを侵害されたと主張するけれども,このような景観利益ないし景観享受権については,これを定める実定法上の根拠がなく,対象となる景観の内容,権利の成立要件,権利主体の範囲等のいずれもが不明確であり,また,憲法13条,25条は個々の国民に対し直接具体的な権利を付与するものではないから,法的保護の対象となる利益として認めることはできない。
イ 大学通りの景観形成
(ア) 認定した事実
 証拠(後掲)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
a 大正末期から昭和初期にかけて国立の土地を買収した箱根土地は,東京商科大学(現一橋大学)の要望に応え,ドイツの大学都市ゲッティンゲンをモデルに1本の巨大な直線道路を中心にして放射状に広がるまちを設計し,広幅の直線的な大学通りが作られた。昭和9年から10年にかけて,国立町会が青年団等とともに大学通りの両側の緑地に桜の木を植え,さらにその後この並木には,桜と交互にイチョウが植樹された。(甲24,25)
b 昭和44年,大学通りの国立高校前に歩道橋設置を求める請願が出され,採択されたが,一方で,大学通りに歩道橋をかけることは美観上芳しくないとする反対住民らが,環境権を主張して,都知事に対し,建設中止,計画取消しを求める行政訴訟を提起した(歩道橋事件)。(甲23,25,126)
c 昭和45年の建築基準法改正に伴い,用途地域についても全面改正が行われたが,その際の東京都のガイドラインは,一橋大学以南距離750メートルの大学通りの両側奥行20メートルの住宅地を第2種住居専用地域としていた。当時の国立市長は,当該地区の第2種住居専用地域指定を支持する国立市議会の了承を得て,これを市の試案として東京都に提出したが,中高層建物の林立による景観破壊を危惧した住民ら及びこれに賛同する市民らは,昭和47年から翌年にかけて,より厳しい第1種住居専用地域指定を求める市民運動を展開し,1万1000名の署名を集めて,大学通りを道路公園にする請願書を東京都に提出した。これを受けて,東京都都市計画地方審議会は,昭和48年10月,一橋大学から国立高校に至る大学通りの両側奥行20
メートル(ただし本件土地を除く。)を第1種住居専用地域に指定することを議決した。(甲23,33,99の1,126,160の6)
d 昭和48年3月,桐朋学園男子部門東側の大学通り沿いの土地に7階建て80戸のマンション建築計画が起こったが,原告桐朋学園や近隣住民らの長期にわたる反対運動と交渉により,当初の計画は見直され,その後,2階建てのテラスハウスが建築された(甲126)。
e 平成元年の用途地域の見直しによる国立駅周辺地域の容積率緩和等により,マンション建設が増加する中,平成5年暮れ,大学通り沿いに12階建て(36メートル)の「建物C」を建設する計画が発表されるに至り,平成6年1月,大学通りの景観維持を求める市民らによる「大学通りの景観を考える会」の活動がはじまり,平成6年3月には7564名の署名を添えた計画変更を求める請願が国立市議会に提出され,採択された。平成6年10月,「国立市都市景観形成条例」制定の直接請求が8154名の有権者の署名を得て国立市長に提出され,平成7年9月,同市長は,国立市都市景観審議会(以下「審議会」という。)を設置した。(甲23,126)
f 平成8年8月,国立駅周辺の商業地域における相次ぐ高層建築計画を契機として,大学通り周辺の住民ら311名が原告となり,大学通り周辺にイチョウ並木より高い建築物が建築されることにより住民らの景観権が侵害されること,その原因が用途地域変更による規制緩和にあることを理由として,国立市と東京都に対し,損害賠償を求める訴訟(景観権訴訟)を提起した。(甲23,126)
g 平成9年12月19日,審議会は,その最終答申において,大学通り周辺の土地に関し,「建物の高さはおおよそ20メートルの程度の高さで並ぶ大学通りの並木と調和するように」との内容を示した。また,平成8年11月に策定された国立市都市景観形成基本計画を受けて平成10年2月に追加策定された「都市景観形成上重要な地域における基本方針」において,本件土地の一部を含む大学通りの歩道の外側から両外側20メートルの範囲を「大学通り沿道地区」とし,同地区においては,沿道の建築物が,その用途,位置,色彩,デザイン,素材,高さ,形状などを大学通りの景観特性,即ち,広さ,並木,植栽などと調和し,バランスのとれた美しいものであること,同地区を,景観条例において「景観形成重点地区」に指定して重点的に都市景
観の形成を図ることなどを基本方針とすることが示された(甲37)。
h 平成10年3月,景観条例が制定された。同条例は,「市民,行政,事業者など,多くの人と組織の自覚と協力によって,都市景観の形成が推進されるように,この条例を制定する」こと,市長は,重点的に都市景観の形成を図る必要があると認める地区を都市景観形成重点地区として指定し,当該重点地区の都市景観の形成を進めるため「重点地区景観形成計画」を定めることができること,重点地区で建築物等を新築する場合の市長への届出事項,当該届出に係る行為が重点地区基準に適合しないと認めるときは,市長が当該届出を行った者に対し,必要な措置を講ずるよう助言又は指導できること,指導を受けた者が当該指導に従わないときは指導に従うよう勧告できること,勧告に従わないときは,その旨を公表できること,その他大規模行為の届
出手続等を定めている。なお,同条例10条に基づき,前記大学通り沿道地区は,景観条例上の都市景観形成重点地区の候補地に指定された。(甲50,54)
i 平成10年10月29日,大学通り重点地区の説明会が開催され,東京海上を含む地権者13名が出席した。同説明会では,都市景観形成条例制定までのあらまし,重点地区を指定するまでの流れ,都市景観形成基本計画の概要が説明された(甲36の1,2)。
j 平成11年7月22日,被告明和地所は東京海上から本件土地を購入し,同年8月27日,国立市長に対し,景観条例26条1項に基づく大規模行為届出書を提出した。このとき,本件建物の最高高さは55メートル,地上18階(地下1階)建てとされていた。(乙27,29,124)
k 平成11年9月22日に開催された国立市議会において,市民団体から「大規模高層マンション建設計画を進めている被告明和地所に対し,景観条例に即し,周辺の環境と調和した計画に変更するよう,働きかけていただきたい」という趣旨の陳情が提出され,賛成多数で採択された。これに賛同する署名は5万名を超えていた。(甲54,乙27)
l 平成11年10月8日,国立市長から被告明和地所に対し,景観条例28条1項に基づき,書面により,@周辺の建築物や,20メートルの高さで並ぶイチョウの並木と調和するよう,建物の高さを低くすること,A(建物の位置)についてゆとりある歩行空間を確保し,また,既存の植栽帯を保全するため,敷地東側(大学通り側)について,さらに壁面後退すること,との指導をした。
 同月19日,被告明和地所は国立市に対し,「国立市が指導する計画建築物の高さを具体的に明示してほしい」と要請したが,その際,国立市都市計画課長が,「高さについては何階建てなら良いというのは条例にもないし,景観の基本計画にもない。建物の規模に関し何メートルにするか指導することは今のルールにはない」と発言した。
 翌20日,被告明和地所は,指導内容が不明確であるとして指導書を返還した上,建築物の高さと壁面後退する具体的距離を明示するよう国立市長に文書で求めた。(甲53,乙27,30の1,187)
m 平成11年10月22日,国立市長は,被告明和地所に対し,@建物の規模は,大学通りの景観と調和するよう求めるものであり,このことは事業者の責務のとおりであるから,被告明和地所において検討すべきであること,A既存の植栽帯は,良い景観が形成されている場所であり,この状態の保全を検討すべきであるとの回答をし,さらに同月29日には,景観条例8条(事業者の責務)によれば,「事業者は積極的に都市景観の形成に寄与するように努めなければならない」ところ,本件事業地は,同条例に基づく景観形成重点地区の候補地内であり,また,周辺は中低層住宅地であることに鑑み,大学通りの景観に調和するよう計画を見直すよう指導したものであること,大規模行為景観形成基準は,具体の数値で規制するものではなく,事業者が
景観条例に基づき,周辺の建築物等との調和を図り,都市景観の形成に寄与することを明らかにするための目安である旨の回答をした。
 被告明和地所は,同年11月1日,国立市長に対し,建物の規模は景観条例に適合していると考えるので同年8月27日付けの届出のとおり計画したい,建物の位置については大学通り側の壁面後退はできないが,極力現状の保全維持を考えて東側全体としての植栽面積を確保するよう努力する旨の回答書を送付した。(乙27,30の2,31,32,33)
n 平成11年11月11日,被告明和地所は,国立市に対し,本件建物を14階建てに低くしてセットバックも大きくしたと報告し,翌12日には図面を持参して説明した上,同月22日,大規模行為変更届出書を提出し,構造を地上14階地下1階建てとし,最高高さを43.65メートルとする旨届け出た(乙34,63)。
o 平成11年11月24日,国立市長は,地権者の約8割の同意署名を添えた要請に基づき,本件地区計画案を公示した。平成12年1月21日に行われた国立市都市計画審議会では,本件地区計画の決定が議題とされ,本件地区計画が行政からの押しつけではなく地元住民からの発案,要望であること,関係する地権者の8割以上が賛成していること,その他地域の景観やまちづくりの歴史などを理由として,原案どおり,本件地区計画が決定された。本件地区計画により,本件土地は,中層住宅地区として建築物等の高さの最高限度を20メートルに制限されることとなった。本件地区計画は,同月24日に告示され,同月31日には本件改正条例案が可決され,同年2月1日に改正条例が公布,施行されたが,条例改正手続について,国立市議会内でこ
れを違法無効とする意見があった。(甲44,45,46,乙72,73,75,114,168の1ないし5)
(イ) 景観の要素
a 国立市の都市環境は,大正末期から昭和初期にかけて大学通りを中心に放射状に広がるまちとして構想,建設され,その後大学通りに沿って市民らの手で並木が植樹されたことなどにより,さらに発展,整備されてきたものであり,以降,現在に至るまで,大学通りとこれに沿う並木は,国立市の都市景観を特徴付けるシンボル的存在になっていると認められる。この並木道の景観は,前記の景観権訴訟,歩道橋事件に代表される住民運動においても強く意識されていたほか,先に認定した時系列1のとおり,大学通りの及びその周辺の住民のみならず,広く一般市民及びマスメディアに高く評価されている。
b 特に,大学通りの中でも商業地域として発展した一橋大学以北と異なり,一橋大学以南江戸街道までの地域は,同大学,原告桐朋学園,国立高校などの学校が並び,学園都市としての趣を多分に持ち,古くからその並木の背面の土地には並木の高さを超える建築物はなかったことが認められる。そして,前記のように,一橋大学から国立高校に至るまでの大学通りの両側20メートルの地域(本件土地を除く。)は,昭和45年の建築基準法改正の際に,高さ規制のない第2種住居専用地域に指定されることが議会で支持されていたにもかかわらず,地域住民らの運動により,景観保護のために第1種住居専用地域に指定されたという経過がある。
 大学通りが幅員44メートルという広大な道路であることに照らすと,用途指定による高さ規制は経済的には対象地域の地権者らにとって一見不利益なものであるが,多くの地権者らが自らこれを望んだのは,大学通りと並木自体の美しさに加えて,並木の美を最大限に生かすために,並木の背面の建築物を並木の高さと調和させることが,多くの人が望む美しい大学通りの景観の重要な要素であることを地権者らが理解していたからにほかならない。この並木に隣接する建築物の高さに関する市民及び地権者の意識は,大学通りに面する土地に7階建てのマンション計画が立ち上がった際に反対運動が起き,2階建ての建築計画に変更されたことの他,本件建物が建築されるまで,一橋大学以南の並木の背面の土地に,並木の高さを超える建築物がなかった
ことからも窺うことができる。
 また,平成10年2月に策定された「都市景観形成上重要な地域における基本方針」において,本件土地の一部を含む大学通りの歩道の外側から両外側20メートル程度の範囲を「大学通り沿道地区」とし,同地区においては,沿道の建築物が,その用途,位置,色彩,デザイン,素材,高さ,形状などを大学通りの景観特性,即ち,広さ,並木,植栽などと調和し,バランスのとれた美しいものであること,同地区を,景観条例において「景観形成重点地区」に指定して重点的に都市景観の形成を図ることなどを基本方針とすることが示され,被告明和地所の土地購入後も,20メートルの高さで並ぶ並木と調和するようにとの行政指導がなされた上,本件建築条例において20メートルの高さ規制がされたことなど一連の経緯を踏まえると,本件土地を含
む大学通りの両側から20メートルの範囲内の建築物を,並木の高さである20メートルを超えない建物に限定することが地域住民らの共通の意識であり,かつ,行政の景観政策の基準となっていたと認められる。
c 以上のとおり,広幅かつ直線の道路と直線道路の沿道に沿う並木,そして,直線道路の両側少なくとも20メートルの範囲に存在する建築物が20メートルの高さの並木を超えないものであるという3つの要素は,昭和初期に大学通りに沿って桜とイチョウ並木が植樹されて以来,一部地域について第1種住居専用地域とする規制をかけたり,高層マンションの建築計画に反対運動を行って計画を改変させるなどの地域住民らの活動などによって,被告明和地所が出現するまで70年以上もの間保持され,地域住民の意思のみならず景観政策の基準となるまでに至ったものであることが認められる。
d ところで,被告明和地所が主張するように,本件土地は,被告明和地所が本件土地を購入した時点では,都市計画法上は高さ規制のない第2種中高層住居専用地域に指定されており,第1種低層住居専用地域に指定されている地区とは区分が異なっていたことが認められる。
 しかしながら,後述するように,本件土地の用途地域の指定が直ちに積極的に高層建築物を許容ないし推奨するというような意味づけを持つものではないし,本件土地周辺の地理的状況,用途地域の指定状況を検討しても,大学通りは,江戸街道を境として,その南側と本件土地のある北側とで,地域性が二分されていると見るのが自然であり,本件土地と大学通り沿いの他の地域とを区別する特色は特になく,景観条例においても大学通り沿いの他の地域と同様に,一体として景観形成重点地区に指定されていることなどに照らすと,本件土地は,行政及び地域住民の間において,公法上高さ規制が課されている大学通り沿いの他の地域と区別することなく一体として,並木に隣接する部分について並木を超える高さの建築物を建てるべきでない地域として
認識されていたというべきであり,本件建築条例等も,従来の合意,制約をいわば法的に追認,明確化する形で制定されたと見ることができる。
(ウ) 大学通りの景観の客観的評価
 前記のような大学通りの景観は,単に,地権者らや近隣住民らの主観的評価にとどまらず,マスメディアなどからも高い評価を受け,さらに,被告明和地所の作成した本件建物の宣伝広告で,「待望の大学通り沿いに。」,「日本で最も美しいといわれる大通りがこのプロジェクトの舞台となります。作家の山口瞳氏が「日本で一番美しい大通り」と形容したように,国立のシンボルである大学通りは「新東京百景」に選定された壮観なメインストリートです。」等の本件建物の立地が紹介され,併せて大学通りの写真が掲載されている(甲96,128)ことから明らかなように,不動産業者である被告明和地所自身が,大学通りの景観に高い付加価値を認め,これを積極的に利用している。
(エ) 小括
 以上によれば,本件大学通りのうち少なくとも一橋大学から江戸街道までの地域においては,その部分の大学通りの両側少くとも20メートルの範囲内の土地の地権者らが,大学通りの景観を維持しようとして,自ら高さ20メートルを超える建築物を建設しないという土地利用上の犠牲を払いながら,広幅かつ直線の道路と,直線道路の沿道に沿う並木,そして,直線道路の両側少なくとも20メートルの範囲に存在する建築物が20メートルの高さの並木を超えないものであることという3つを要素とする特定の人工的な景観を70年以上もの長期にわたって保持し,かつ,社会通念上もその特定の景観が良好なものとして承認され,その所有する土地に付加価値を生み出した場合であると認められる(以下これを「本件景観」という。)から,当該地権
者らは,従来の土地所有権から派生するものとして,本件景観を自ら維持する義務を負うとともにその維持を相互に求める利益(景観利益)を有するに至ったと認めることができる。
ウ 原告らと景観利益
 以上を踏まえて検討すると,本件で景観利益を有するのは,当該範囲内に土地を所有することが証拠上明らかな原告A,同B及び同Cの3名(以下「原告Aら3名」という。)である(原告Fら数名も当該範囲に居住していることが認められるけれども,所有関係について登記簿上明らかではない。)。
 なお,原告桐朋学園は,古くから大学通り付近に広大な土地を所有し,主に大学通りの景観形成や住民意識の高揚などに指導的役割を果たしてきたことが認められるけれども,一方で,大学通りから20メートル以上離れているため,並木と調和する景観の形成に直接地権者として参加したということはできず,前記の景観利益の法的保護主体とはいえない。また,原告Dをはじめとするその余の原告らについても,大学通りの景観の維持に対する事実上の尽力と貢献はさておき,法的には原告Aら3名に代表される当該範囲の地権者らの景観利益を反射的に享受するに止まるものであり,法的に保護される主体であるとは認められない。
エ 侵害
 前記のとおり,本件建物は,大学通りの並木に近接した位置に建設された,並木の高さの20メートルを遙かに超える地上43.65メートルの大型マンションであり,そのうち本件棟は大学通りから20メートル以内という至近距離にあり,大学通りの並木から突出し,本件景観の重要な要素である並木の周辺の建築物がいずれも20メートルを超えないものであることと明らかに抵触し,本件景観を侵害するものである。
 なお,被告明和地所は本件建物を18階建てから14階建てに変更し,壁面後退や植裁などを実施したことにより,大学通りの景観と調和していると主張するが,前記のとおり,本件景観が20メートルの並木を中心に形成され,本件建築条例でもこれらの地域住民のコンセンサスを具体化した形で20メートルという高さ規制がなされていることに照らしても,本件景観が当該地域内の建築物の高さを重要な要素として構築されていることは明らかであり,被告明和地所の主張は採用できない。
オ 小括
 以上のとおりであるから,原告Aら3名は,被告明和地所による本件建物のうち本件棟の建築により,その景観利益を侵害されたといえる。
3 受忍限度
(1) 受忍限度について
 前述のように,被告明和地所の本件建物建築は,本件土地の所有権に基づく権利行使であるから,これにより原告Aら3名が景観利益の侵害を受けているとしても,その程度が受忍限度を超えていると認められて初めて違法なものとなり,不法行為となる。そこで次に,受忍限度の範囲を超えるものであるか否かについて検討する。
 前記3名の原告ら(以下,受忍限度に関する項においては,単に「原告ら」という。)の被害が受忍限度を超えるものであるか否かは,原告らの被害の内容及び程度,地域性,被告明和地所の対応,法令違反の有無,被害回避可能性など,諸般の事情を総合考慮して検討すべきである。
(2) 原告らの被害の内容及び程度
ア 前記のとおり,原告らの景観利益は,70年以上という長期にわたり,一橋大学から江戸街道までの両側約20メートルの範囲内の地権者らが,相互の十分な理解と結束及び自己犠牲を伴う継続的な努力によって自ら作り出した付加価値である。このような付加価値を維持するためには,当該地域内の地権者全員が前記の基準を遵守する必要があり,仮に,地権者らのうち1人でもその基準を逸脱した建築物を建築して自己の利益を追求する土地利用に走ったならば,それまで統一的に構成されてきた当該景観は直ちに破壊され,他の全ての地権者らの前記の付加価値が奪われかねないという関係にある。
イ 被告明和地所が建築した本件建物は,並木の高さである20メートルを遙かに超える43.65メートルという高さを有するばかりでなく,巨大な,地上14階建ての共同住宅である。特に,大学通りに面した本件棟は,並木及び周囲の低層住宅と著しく調和を欠き,本件景観を直接的に,かつ,大きく破壊していることが明らかであり,原告らの景観利益を大きく減殺するものといえる。(甲100のEないしK)
(3) 地域性
ア 証拠(後掲)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。
(ア) 本件土地の用途地域の変遷は以下のとおりである(甲54)。
│  時期 │ 用途地域 │ 建ぺい率等 │
│昭和29年ころ │住居地域 │第3種空地[30%] │

│昭和37年ころ │住居地域[H20m] │第3種空地[40%] │
│昭和43年ころ │住居地域[H20m] │第3種空地[40%] │
│昭和48年11月20│第2種住居専用地域│200/60,1高度,準防│
│日 │ │火 │
│昭和56年 4月10│第2種住居専用地域│200/60,1高度,準防│
│日 │ │火 │
│平成 元年10月11│第2種住居専用地域│200/60,1高度,準防│
│日 │ │火 │
│平成 8年 5月31│第2種中高層 │200/60,1高度,準防│
│日 │住居専用地域 │火 │
│ │ │ │
(イ) 本件土地は,昭和7年から塗料工場,昭和40年から事務所という土地利用がされていたため,地域地区は住居系の用途地域の中でも比較的穏やかな指定であったが,周辺に大規模な建築物はなかった(甲54)。
(ウ) 東京海上は,昭和40年に本件土地を取得し,昭和41年8月,地上4階地下1階・延べ床面積1万2398平方メートル(その後増築し,床面積は1万8616平方メートル)の計算センターを新築し,以降使用してきた(甲9,38,54,79,弁論の全趣旨)。
(エ) 昭和43年の都市計画法の大改正を受けて,本件土地も昭和48年に用途地域の見直しが行われた。また,昭和51年の建築基準法の改正により,第2種住居専用地域の事務所・店舗等の規制強化がされて事務所の規模が制限されため,東京海上は,当該指定では,法令上定められた容積率限度(200パーセント)まで増築することも,より大きな規模の建物に建て替えることもできなくなり,昭和62年10月19日,国立市長に対し,本件土地の用途地域の変更を陳情したが,受け入れられず,平成5年ころ多摩市に計算センターを移転した。(甲38,79)
(オ) 平成元年の用途地域地区の見直しにおいて,国立駅周辺の容積率や高さ制限が緩和され,10階建て以上のマンションが続々と建設されることとなったが,本件土地の用途地域指定は変更されなかった(甲23,54,126)。
イ 本件土地周辺の地理的状況,用途地域の指定状況を検討すると,大学通りから谷保駅まで続く公道(北多摩二号幹線・甲31)の幅員は,江戸街道を境に,北側(大学通り)が約44メートル,南側が約28メートルと大きく異なり,現在の国立市都市計画においても,幅員約44メートルの部分が第1種低層住居専用地域,幅員約28メートルの谷保寄りの地域が第2種中高層住居専用地域に指定されており,上記公道沿いの状況は,江戸街道を境として,本件土地がある北側と谷保寄りの南側とで地域性が二分される。一橋大学から江戸街道までの大学通りの周辺は,学校の存在する地域は第2種住居専用地域に,それ以外の地域は第1種住居専用地域に指定され,本件土地のうち大学通り沿いの一部と大学通りの東側の沿道奥行き20メートルの部分
についても第1種住居専用地域に指定されている。一橋大学までの江戸街道以北において,第2種住居専用地域に指定された場所は,本件土地を除けば,一橋大学,桐朋学園男子部門及び国立高校の敷地(ただし,大学通りに接していないものがある。)である。
 このような大学通り周辺の用途地域指定の形状,建築物の状況と,本件土地に旧来から東京海上の計算センターが存在していた事実に照らせば,本件土地は,東京海上の計算センターがあったがために第2種住居専用地域の指定がされ,その後,用途地域の基本的変更がされないまま経過したと考えるのが自然である。
ウ 被告らは,本件土地が素案以来一貫して第2種住居専用地域とされ,東京都はもちろん国立市及び市民も中高層住宅の建築を予定するにふさわしいと考えていたのであって,第1種住居専用地域に指定すべく予定されていた事実はないと主張する。
 しかしながら,被告明和地所の本件土地購入に先立ち,平成9年度の国立市都市景観形成基本計画(甲37)では,本件地区を含む大学通り周辺地区が,大学通り地域として景観形成上重要な地域とされ,都市景観形成の基本方針として建築物の色彩,デザイン等のほか高さについても大学通りの景観特性,即ち,広さ,並木,植栽などと調和させることが挙げられており,平成10年3月には景観条例における景観形成重点地区候補地に指定されている。
 このような事実からすれば,国立市の都市景観形成政策の場面では,本件土地は,大学通り周辺の他の地域と特段区別されることなく一体として,高さを含めて配慮の必要性が認識されていたと考えるべきであるし,実際に国立駅から本件土地に至る間の大学通りの周辺環境を一見しても,本件土地に,周辺の他の土地の利用状況と大きく異なる本件建物のような高層マンションを建てることについての合理性は見いだせない。
 また,被告明和地所は,東京海上の計算センター移転後も本件土地の用途地域の指定が変更されなかったことをもって,本件土地が高層建築を許容された土地である旨の主張の根拠とする。
 しかしながら,本件土地がほぼ長方形の約1万7700平方メートルにも及ぶ広大な土地であること,従来東京海上の計算センターの敷地として使われていたこと,また,近隣には原告桐朋学園や国立高校,国立市障害者センター,東京都心身障害者福祉センター多摩支所などの学校や福祉施設が多く建ち並んでいることを踏まえると,本件土地に上記に類する相当規模の施設が建設されることも予想されることから,10(又は12)メートル以下という厳しい高さ制限が課せられる低層住居専用地域に指定しなかったとも理解できるのであって,このような場合に本件土地の用途地域が低層住居専用地域に変更されなかったからといって,直ちに高さが20メートルを超えるような建築物を許容ないしは推奨していたとはいえない。むしろ,前記のような
大学通りの景観や本件土地周辺の建築物の状況,本件土地を含む本件地区が大学通りの他の低層住居専用地域と一体となって,都市景観形成重点地区候補地に指定されていること等を踏まえると,本件土地は,低層住居専用地域でこそないものの,14階という周辺地域に類するもののない高層建築物の建築が許容ないし推奨されている土地でないことは明らかである。
(4) 被告明和地所の対応と被害回避可能性
ア 認定した事実
 証拠(後掲)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(ア) 被告明和地所の仕入れ担当社員は, 平成11年4月ころ,本件土地が放置されていることを知り,以前不調に終わった入札の際の物件概要を入手し,本件土地が,大学通り側のごく一部(幅約18センチ)を除いて第2種中高層住居専用地域(建ぺい率60%,容積率200%,第1種高度地区)であることを知った。物件概要には,国立市に景観条例があることも記載されていた。同社員は,同年4月14日には現地を確認し,国立市役所において土地利用規制,開発指導要綱等について調査し,都市計画課の職員から,本件土地が景観条例において「大学通りとそれに面した土地」として景観形成重点地区の候補地となっていることを知らされた。(乙170)
(イ) 平成11年5月21日,被告明和地所の担当社員と国立市役所及び東京都建築指導事務所の各担当部局との間で,本件計画建築物に関する開発相談,建築確認相談が開始され,同月6月7日,被告明和地所の担当社員は,国立市都市計画課から,@大学通り沿いは関係市民団体の関心が特に高いこと,A現在,大学通り沿いの建物について景観権を巡り裁判中であること,B景観条例に基づき,大規模行為届出書の提出が必要であること,C景観条例では色彩計画や壁面線などについて規制していることなどを聞いた。(乙27,170)
(ウ) 平成11年7月22日,被告明和地所は,本件土地を東京海上から90億2000万円で購入し,同年8月2日,東京都知事に土地売買等届出書を提出した。同届出書には本件土地を中高層共同住宅(販売用)として利用する予定である旨の記載がされている。(甲7の1ないし9,乙27,57)
(エ) 平成11年8月18日,被告明和地所は,国立市都市計画課へ国立市指導要領(当時)に基づく事業計画事前協議書を提出し,受理された。翌19日,国立市長は,被告明和地所に対し,「9月1日改正予定の新指導要綱に基づく事前協議を行う」との文書を発し,@被告明和地所は新指導要綱に基づいて事前協議書を出し直すこと,Aその提出時期は標識設置の2週間後とすること,B標識は都紛争予防条例の標識文言の併記をせず,国立市の単独標識にすることを要請した。しかし,被告明和地所は,同月24日,この文書を国立市長に返還した。(乙27)
(オ) 平成11年8月24日及び25日,被告明和地所は,説明のため近隣住民134戸を戸別訪問した。戸別訪問の際,被告明和地所の社員らは,「建築:近隣説明書」(乙47)を持参し,「説明会は開催しないのでこの説明書を読んでもらいたい。」,「質問があれば名刺の所に直接電話するか,現地事務所まで来てもらいたい。」などと述べ,あるいは,説明書をポストに投函し,後に訪問して,「もう,お読みいただけましたか。」と述べたりした。
(カ) 被告明和地所の作成した「建築:近隣説明書」(乙47)には,以下のような記載がある。
a 「計画建物が関係法規に抵触しない限りにおいては,日照阻害を理由根拠として“計画建物の高さを低くせよ”等の請求を建築主に提出することは,厳密には,筋違いの話であります。」「文句を述べる先は,建築主ではなく,法律・条例に対して述べるべきであります」(43頁)
b 「法治国家である以上,法は人間が定めたものでありますから時代の要請にそぐわない(時代が移り変わりそうなった。)部分があっても,人類は社会全体の秩序を守るために法に従うことを認めたのでありますから,建築主と近隣住民の互いは,その時々の法令・規準等が個人的には気に入らぬ内容であっても,それらが改定されるまでの期間は,「悪法も又法律である」との諺に習って,公になっている法令・規準等を守っていくのが公平・公正であります」(54頁)
(キ) また,近隣住民らの中には「建築:近隣説明書」に加えて「近隣説明書−2」(乙48)を配布された者もあり,その中には,近隣住民のことを「原告」と称するなどした以下の記載がある。(甲11,76,82,159の2及び3,乙47,48,証人C)
a 「説明会を開催した場合には,その場には“建築主からの説明をジックリと聞いて・シッカリと聞き分ける”との姿勢よりも,自己PRのためであろうか,@必要以上に反対する者・A声高い反対者・B何らかの請求を建築主に容認させなければ気が済まぬ者,等々が出現する可能性が高くなります。」(14頁)
b 「書面説明書(と)は,“それを提出しただけでその目的(説明義務)を果たした”と解するのが相当であります。それを読む読まないは,それを受理した者の勝手であります。」(16頁)
c 「@社会秩序を維持するために互いに守るべき規準を定めたのが法律であります。*すなわち,「計画建物を建ててよい・否」「その工事をしてよい・否」の判断基準は,法律がこれを決めることになります。A従い,計画建物及びその工事において関係法規に抵触しない限りにおいては,阻害を及ぼす(蒙る)からとて,当該阻害は,関係法規が容認した阻害であるということになり,被害者において受忍すべき義務があります(中略)。*従い,この場合には,民法709条の成立はありません。」(27頁)
d 「要するに,社会秩序を維持するためには,建築主は建築主なりに,近隣住民は近隣住民なりに,互いに我慢しなければならないことがある,ということであります。」(27頁)
e 「当該原告は,“救済すべき哀れな被害者ではなく,法律を順守しない身勝手者である”と解するのが相当であります」(28頁)
f 「本件金員は,補償金ではなく(計画建物が関係法規に抵触しない為=建築主に不法行為がない為。),「気安め料(精神的苦痛に対して安らぎとなるものを与える。)」が適正表現になります。」(31,128頁)
g 「@背の高い人やお相撲取りのように太った人が(に)近寄ると,圧迫感を感じるのは確かでありますが,だからといって,背の高い人の首をチョン切ったり・太った人の身体を削り取ったりしたのでは,その人達は死んでしまいます。Aこれと同様に,高さの高い建築物の高さを低く(カット)すれば,これに因って蒙る建築主の経済的損失は,倒産しないまでも(倒産する場合もある。),甚大であります。」(83頁)
h 「要するに,売り言葉(間違った解釈に因る請求)には,買い言葉しか帰ってきません。」(131頁)
i 「原告(近隣住民)においても,建築主に対して合理的理由に欠ける要求(過大要求)を突きつけて建築主がこれに応じている期間は花でありますが,しかるに,建築主がこれに反発を示しているにも係らずなおも必要以上に当該要求を続けることは,当該原告の言動は,脅迫・恐喝(刑事事件)の域に入るために,これを差し控えるべきであります」(132頁)
j 「*ゴネ得を目論む者とは,合理的理由に欠ける請求を@多数提出したり・Aいつまでも続けたりする者の総称で,誰の目にも容易に判別できます」(133頁)
k 「*僅かな金額で恐縮でありますが,建築主から提示された工事迷惑料は,素直な気持ちで(特段の詮索することなく)受け取って頂きたく存じます。」(138頁)
(ク) 平成11年8月27日,被告明和地所は,国立市長に宛てて,景観条例26条1項に基づく大規模行為届出書を提出した。この中で,本件建物の最高高さは55メートル,地上18階(地下1階)建てとされていた(乙27,29,124)。
(ケ) 平成11年8月31日,被告明和地所の担当者は,国立市の担当者に対し,住民に対する全体説明は考えていないと発言した。これに対し,国立市の担当者は,新指導要綱にあることを実行するよう要請した。(乙27)
(コ) 平成11年9月1日,「国立市開発行為等指導要綱・国立市開発行為等指導要綱施行基準」が施行され,10メートル以上の中高層建築物等の事業主は,敷地の境界からその高さの2倍の水平距離の範囲内の権利者等に対して,設計図等により事業計画の概要を説明し紛争が生じないよう努めなければならないこと,事業主は,説明会を開催したときは,その内容を書面により市長に報告しなければならないこととされた(甲57)。
(サ) 平成11年9月1日以降も,被告明和地所は,説明のため近隣住民の戸別訪問を続け,同月3日には,本件土地に説明のための現地連絡事務所を開設し,また,考える会代表Dからの説明会開催の申入れに対し,「個別に説明を行っており,説明会は現在予定していない」と回答した。その後,被告明和地所は,各課協議及び個別説明による近隣説明を完了したことにより事前協議が終わったとして,国立市に事前審査願を提出したが,同年10月1日,国立市から,近隣住民から要請されている説明会が開催されていないこと等を理由に,事前協議が終わっていないとして事前審査願いの受理を拒否された。(乙27,119)
(シ) 平成11年10月7日,景観条例に基づく大規模行為届出に関して,国立市と被告明和地所との間で初めての打合せが行われ,国立市から被告明和地所に対し,「(大学通り周辺の土地に関し)建物の高さはおおよそ20メートルの程度の高さで並ぶ大学通りの並木と調和するように」とした平成9年12月19日付けの審議会答申文が示された(甲37,乙27)。
(ス) 平成11年10月8日,国立市長は,被告明和地所に対し,景観条例28条1項に基づき,書面により,周辺の建築物や20メートルの高さで並ぶイチョウの並木と調和するよう計画建物の高さを低くすること,ゆとりある歩行空間を確保し,既存の植裁帯を保全するため,敷地東側(大学通り側)についてさらに壁面後退することを指導した(乙187)。
(セ) 被告明和地所は,平成11年10月12日,国立市から,@2Hの範囲外の陳情者に対しても説明してほしい,A説明会はブロックに分けず2Hの範囲内で一斉にやってほしいなどと要請を受け,同月13日,国立市に対し,「基本的に指導要綱に定める範囲の人々に限り20日,21日及び22日に説明会を開催する」と回答し,2Hの範囲内の近隣へ計画説明会案内状を配布した。なお,2Hとは本件土地の敷地境界線から本件建物の高さの2倍の水平距離を意味している。(乙27,弁論の全趣旨)
(ソ) 平成11年10月19日,被告明和地所は,国立市に対し,「国立市が指導する計画建築物の高さを具体的に明示してほしい」と要請したが,その際,国立市都市計画課長が,「高さについては何階建てなら良いというのは条例にもないし,景観の基本計画にもない。建物の規模に関し何メートルにするか指導することは今のルールにはない」と発言した。
 翌20日,被告明和地所は,指導内容が不明確であるとして指導書を返還したうえで,建築物の高さと壁面後退する具体的距離を明示するよう国立市長に文書で求めた。また,被告三井建設は,東京都建築指導事務所に標識設置届を提出したが,国立市から同事務所に対し,「本件計画について十分近隣への説明がなされていないので受理しないでほしい」との要請があったため,受理されなかった。
 同日から3日間,被告明和地所は,現地事務所で説明会を開催した。しかし,近隣住民の来場者は1名のみであった。(甲53,乙27,30の1,119,124)
(タ) 平成11年10月22日,国立市長は,指導内容が不明確であるとの被告明和地所の指摘に対し,景観条例は建物の規模を大学通りの景観と調和するものとすることを事業者の責務と定めているので被告明和地所において検討すべきであること及び既存の植栽帯の保全を検討することを求める旨の回答をし,同月29日には,本件土地が景観条例に基づく景観形成重点地区の候補地内にあり,また,周辺が中低層住宅地であることに鑑み,大学通りの景観に調和するよう計画を見直すよう指導したものであること,大規模行為景観形成基準は具体の数値で規制するものではなく,事業者が景観条例に基づき,周辺の建築物等との調和を図り,都市景観の形成に寄与することを明らかにするための目安であることを回答した。
 これに対し,被告明和地所は,同年11月1日,国立市長に対し,建物の規模は景観条例に適合していると考えるので同年8月27日付けの届出のとおり計画したい,建物の位置については大学通り側の壁面後退はできないが,極力現状の保全維持を考えて東側全体としての植栽面積を確保するよう努力する旨の回答書を送付した。(乙27,30の2,31,32,33)
(チ) 被告明和地所は,国立市指導要領等を踏まえ,近隣権利者と参加を希望する国立市民に対して近隣説明会の案内状を配布した上,平成11年11月6日,くにたち福祉会館大ホールにおいて,説明会を行った。同説明会には約200名が参加したが,入場を巡って桐朋学園PTAの参加を拒否する明和側とPTAとの間に混乱が起こり,開会が約20分遅れた。説明会では,説明書の配布範囲や内容等を巡り,住民らからの批判が相次ぎ,事業計画の説明はほとんど実施されなかった。同月9日,被告明和地所は,2Hの会の代表宛てに,次回の説明会開催を申し入れた。(甲41,158の1,乙27,119)
(ツ) 平成11年11月11日,被告明和地所は,国立市に対し,本件建物を14階建てに低くしてセットバックも大きくしたと報告し,翌12日には図面を持参して説明した上,同月22日,大規模行為変更届出書を提出し,構造を地上14階地下1階建てとし,最高高さを43.65メートルとする旨届け出た(乙34,63)。
(テ) 平成11年11月20日,国立商業協同組合ビル内大会議室において,約170名の参加のもと,再び説明会が開かれ,被告明和地所から,計画変更図(計画建物概要,配置図,平面図,断面図,立面図,日影図)が配布された。被告明和地所が18階案から14階案への計画変更をしたと述べたのに対し,住民らから18階はダミーであったなどの疑念の声があがった。(甲18,41,64,乙27,119,124)
(ト) 平成11年11月22日,審議会会長は,被告明和地所に対し,「周辺の建築物との調和」に関する事業者の意見を聴取したいとして,同年12月16日に開催予定の審議会への出席を求めた。
 同年12月13日,被告明和地所は,審議会会長に対し,同日付けで国立市長宛てに本件建物の計画について景観審議会で調査審議される根拠等について質問状を出したので,その回答を見てから審議会への出欠を返答したいこと,したがって,同日16日の審議会への出席はできないことを書面で告げ,さらに,審議会会長から同月27日の審議会への出席を依頼された際にも,同月22日に国立市長から回答を受けたものの,市長の行政指導の具体的内容とその根拠の明示がないこと,また,審議会は既に20メートル以下という答申をするという方針を決定しているので,被告明和地所の意見を求める必要性が理解できないことなどを理由として,出席の意思がない旨を表明した。
 同月28日,審議会会長は,被告明和地所に対し,平成12年1月11日に開催される審議会への出席を依頼し,被告明和地所は,この審議会に出席して意見を述べた。(乙27,33,34,35の1及び2,36,37,63,78,124,158,165)
(ナ) 国立市は,平成11年11月24日,都市計画法16条2項に基づき,本件土地を含む地域について建築物の高さを20メートル以下に制限する本件地区計画案の公告・縦覧を行い,同年12月4日に説明会を開催した。これに対し,被告明和地所は,同月15日,意見書を提出した。(甲92,乙27,68,69)
(ニ) 平成11年11月27日,国立市商業協同組合商協ビル内大会議室で約160名の参加のもとさらに説明会が開かれ,桐朋学園のPTAなどから,日照被害や被告明和地所の応対に関し,批判が相次いだ。(甲41,乙27,119)
(ヌ) 平成11年12月3日,被告明和地所は,東京都建築指導事務所に建築確認を申請し,同日受理され,国立市にもその旨報告した。翌4日,国立市は本件地区計画の説明会を開催した(甲47,乙27)。
(ネ) 平成11年12月18日,被告明和地所は,案内状を計292戸に配布した上で,ニューシティホール国立において,説明会を開催した。出席者は143名であった。説明会に先立って,同月3日に被告明和地所が建築確認申請をしたことに対する抗議が殺到したが,これに対し,被告明和地所の担当者は,国立市からいきなり20メートルの地区計画が発表されたので,被害回避をする唯一の方策として建築確認申請に踏み切った,被告明和地所としては,「並木の高さと調和する」とは,用途地域の制限される可能な限りの高さだと考えている,などと述べた。(甲41,乙27,119)
(ノ) 平成12年1月5日,被告明和地所が申請していた計画建築物について建築確認が下り,被告明和地所は確認済証の交付を受けた。被告明和地所は同日直ちに工事に着工し,着工届を都建築指導事務所に提出した。(乙119)
(ハ) 平成12年1月11日に開催された審議会において,被告明和地所の担当者は,
a 本件土地を購入する以前に国立市の担当窓口からヒアリング調査をし,国立市に景観条例があること,大学通り沿いの物件であるため市民の関心が高いこと,景観権を巡って係争中であることは聞いたが,景観条例においては,色彩計画や壁面後退などの規制は具体的にあるものの,高さ,日影については建築基準法で定められる項目であるからその範囲であれば否定できないと言われ,20メートルなどといった具体的指導は一切なかったために本件土地を購入した
b イチョウ並木に調和するようにと指導されても,どの位の高さが調和するのかとの問いには回答がなく,本件地区計画を発表されたため緊急避難的に建築確認の申請及び着工に踏み切った
c 被告明和地所としても市民の声を受け止め,18階建てから14階建てに計画変更したが,国立市のいうような高さでは私企業として本件土地で事業はできない,14階をベースにして協議をしてもらえるのなら国立市との協議に応じられる
d 並木との調和については,大学通りの南の端にあるケヤキを残し,植栽等含めて全体として国立の文化,気風に合わせたものを作らなければいけないと考えており,建物の高さという市民の意見があっても,被告明和地所としては,全体からみた調和という捉え方をした
などと述べた(乙158)。
(ヒ) 平成12年4月5日,審議会は,被告明和地所の主張及び意見陳述を踏まえた上でもなお,同社に対し「高さ約44mの建築計画については,内容を精査,再考し,大学通り重点地区候補地であるC地区(学園・住宅地区)及びその周辺の建築物や20mの高さで並ぶイチョウ並木と調和するよう高さをさらに低くすることを勧告する」のが相当であると決定し,その旨を国立市長に答申し,これを受けた市長は,同年5月2日,被告明和地所に対し,景観条例に基づき,同旨の勧告を行った。
 被告明和地所は,同月16日,国立市長に対し,指導内容が明確でないので納得できない上,地区計画にかかる建築条例所定の高さ20メートル以下にすることは,事業性等に照らし困難であるし,同計画変更の適法性には疑義があり,行政訴訟を提起していることなどから,勧告に対応するのは極めて困難であるとの回答書を提出した。
 同年7月18日,審議会は,国立市長に対し,景観条例29条1項に基づき,本件建物が勧告に従わないものである旨の公表を行うべきことを答申し,市長は,同月27日,国立市告示によりこれを実施した。(甲54ないし56の2,乙38ないし40)
(フ) 平成13年10月ころ被告明和地所において作成した本件建物の広告「KUNITACHI PRESS VOL.1 特集「国立のなかの国立に暮らす」「立地,環境のご紹介 建物D」と題するパンフレット(甲96)には,「申し分のない立地に追い求めたのは,国立の魅力を凝縮した邸宅の在り方です。」,「最も国立らしい地に,最も国立らしい邸宅ソサエティが誕生します。」,「待望の大学通り沿いに。」,「日本で最も美しいといわれる大通りがこのプロジェクトの舞台となります。作家の山口瞳氏が「日本で一番美しい大通り」と形容したように,国立のシンボルである大学通りは「新東京百景」に選定された壮観なメインストリートです。」,「道の両側にはグリーンベルトが設けられ,春には桜,初夏にはツツジが開花し,秋になれ
ばイチョウがいっせいに紅葉します。国立の大学通り沿いに住まうということ。それは,市内のみならず首都圏広範から羨望の眼差しを集める確かなステータスなのです。」等の本件建物の立地に関する紹介文が記載され,併せて大学通りを写した写真が掲載されている。さらに,被告の発行した本件建物のパンフレットには,「大学通りの四季が,あなたの風景になる。」との見出しのもと,桜,紅葉,クリスマスツリーなどの,四季折々の大学通りの並木の4枚の写真が掲載されている。(甲96,128)
(ヘ) 本件建物は,平成13年12月20日までに,建築物その他について建築主事から検査済証の交付を受け,平成14年2月28日に竣工し,同日,三井・村本建設共同企業体から被告明和地所に引き渡された。被告明和地所は,平成14年2月ころから本件建物の分譲を開始した。(甲128,丙1ないし6,弁論の全趣旨)
イ 被告明和地所の事前認識
(ア) 前記認定の事実によると,被告明和地所は,本件土地の購入にあたり,公法上は本件土地に高さ規制がないことから大規模な高層マンションを建築することができることになるが,実際にそれを行おうとすれば,近隣住民から強い反対を受け,また,行政からも指導を受けることが必至であることを十分認識していながら,行政指導には法的な強制力がなく,公法上の高さ規制がない以上,近隣住民がいかに強固に反対しようとも,これを押し切って建築を強行してしまえば,何ら咎められる筋合いはないとの経営判断のもとに,本件土地を購入して本件建物を建築したこと,もともと,同被告としては公法上の規制の範囲で最大規模の高層マンションを建築することを意図しており,少なくとも建物の高さについては,大学通りの並木との調和について
真剣に検討しようという意思はなく,したがって,大学通りの景観を守ろうとしている近隣住民らとの間で事前に真摯な協議を重ねる意思もなければ,これまで自らの財産権行使を制限して大学通りの景観形成に寄与してきた近隣地権者らの利益との調整を図るという考えもなく,これら近隣地権者ら被害を最小限度に止める可能性を検討することがなかったことが認められる。
(イ) これに対し,被告明和地所は,本件土地に公法上建築物の高さの制限がないことや,事前調査の段階において国立市から建築物の高さについて具体的な指導を受けなかったことなどを根拠として,本件土地に本件建物のような高層マンションを建築することは,国立市の従来の行政の方針に何ら反するものではなく,国立市は被告明和地所が本件土地を購入した後に突如として20メートルの高さの制限を求めるという一貫性のない混乱した行政を行ったと非難し,本件建物の建築に踏み切ったことは,本件地区計画により20メートルという公法上の高さ制限が実施されると事業採算が取れなくなることから私企業としてやむを得ず行った行為であると主張する。
 なるほど,前記認定のとおり,用途地域及び関係法令に照らし,本件土地には公法上の高さ制限がなかったことから,国立市の担当者としても,被告明和地所に対し,具体的な数値を示しての高さ指導ができなかったことが認められる。しかし,本件土地の購入に先立ち,被告明和地所の担当者は,国立市の担当者から,大学通りの景観を巡って再三の住民運動が起こっており,景観権訴訟も係属中であること,本件土地が景観条例において景観形成重点地区の候補地になっていることなどを聞かされているほか,現地調査等によって,本件土地及び周辺の土地の従前の利用状況等を当然に認識していたのであるから,本件土地上に高層マンションを建築した場合には,近隣住民の強い反発を呼び,国立市からも建築を規制する指導等を受けることを当然に予
想し理解したはずである。このことは,大手不動産会社の開発事業本部業務推進課長が,平成12年2月ころに発行された不動産情報冊子の記事中で,国立市ではマンション開発について近隣等との折衝が非常に難しいことは不動産業界ではかなり有名な話であること,東京海上の施設の売却,入札の情報は入っていたが,本件のような近隣の反発などが予想されたことから応札しなかったこと,法に従った高さの建物が建てられることは当たり前と思うが,それでも現実として近隣や行政との折衝はかなり難航することが予想されたなどと発言していることからも裏付けられる(甲40)。
 また,前記のとおり,被告明和地所は,当初近隣住民に対する説明会を予定しておらず,個別訪問して近隣説明書を手交もしくは投函するという手法を採用していたこと,近隣説明書に景観保護を訴える近隣住民を敵視する過激な文言をことさら記載していたこと,国立市からの説明会開催要請についても当初は拒否し,事前審査願いの受理が拒否されてやむなく説明会を実施したことが認められ,これらの事実に照らすと,被告明和地所が本件土地購入時から近隣住民の反対を予期し,説明会を開くことを極度に警戒していたことが認められる。そして,前記認定の事実関係を勘案すれば,このように,被告明和地所が本件土地購入の時点で近隣住民の反対を予期していたことは,換言すれば,本件土地に高層建築物を建築することが,単に多くの近隣住民
の意向に反するというだけでなく,大学通りの良好な景観を破壊し,周辺地権者らの犠牲のもとに自己のみが利益を得る行為であることを十分認識していたことを意味する。
 結局,被告明和地所は,本件建物の建築について,近隣住民から反対を受け,あるいは,国立市から指導を受けることがあっても,本件土地に公法上の強制力をともなう高さ規制がない以上建築を強行できると判断して本件土地の購入に踏み切ったものであり,この被告明和地所の思惑は,前記の2冊の近隣説明書に記載された「悪法もまた法律である」等の文言に如実に現れているといわなければならない。
ウ 被害回避可能性
 ところで,前記に認定した本件土地の形状や,相当程度の規模の施設が存在する周辺土地の状況に照らすと,本件土地の有効な利用方法が検討されること自体は否定されないし,ある程度大規模な集合住宅用地として利用されることにもそれなりの合理性がある。そして,本件土地が約1万7700平方メートルにも及ぶほぼ整形の土地であり,大学通りに面している部分ばかりでなく,かなりの奥行きがあることを考慮すると,本件土地の有効な利用と大学通りの景観の維持とは,決して両立し得ないものではないと考えられる。
 したがって,被告明和地所が,当初から,大学通りの景観の形成と維持に歳月を重ねてきた地域及び住民の軌跡を正当に評価し,行政の指導の意図を真摯に受け止め,周辺住民らとも真面目に協議をし,ねばり強く計画の検討を重ねる意思を有していたならば,ある程度大規模なマンションあっても,大学通りの景観と相当程度調和し,近隣地権者らの景観利益を受忍限度を超えて侵害することのない建物の規模及び形状を模索することは可能であったはずである。それにもかかわらず,被告明和地所は,公法上の規制に適合している限り協議の必要はないとの考えに基づいて本件建物の建築を強行したのであり,何ら実質的な被害回避の努力をしなかったというべきである。
 この点,被告明和地所は,行政の指導や市民・住民の声に耳を傾け,当初18階建ての計画であったものを14階建てに縮小し,さらに大学通り沿いに面する部分の壁面を後退させ,植栽等にも最大限配慮して大学通りの景観と調和させたと主張する。しかしながら,前記のとおり,14階建ての本件建物ですら著しく本件景観を破壊しているのであり,そもそも当初に18階建ての建設計画を立てていたこと自体理解に苦しむといわなければならず,結局,被告明和地所の主張する計画変更は,本件景観と本件建物との関係を全体として見る限り,軽微な計画変更としか評価できず,被害の回避に努力したと認めることはできない。また,被告明和地所の担当者は,近隣住民に対する説明会において,「並木に調和する高さとは用途地域の制限される可能
な限りの高さ」であるとなどと表明しており,景観条例が存在することの意味とその内容について真摯に検討する意思は最初からおよそなかったことも明らかである。
エ 被告明和地所の対応
 前記のとおり,被告明和地所は,本件建物の計画,着工から完成に至るまでの間,行政から再三の指導を受けたにもかかわらず,文言が不明確であるなどと反駁し,審議会に出席を求められても応じず,勧告や事実の公表という重大な処分を下されたことについても真摯に受け止めず,近隣住民からの強い反対にも最後まで誠意のある対応をすることなく,また,国立市の多くの市民が本件建物の建築に反対する署名をし,その民意が行政に多大な影響を与えたことについてもこれを認めずに行政の一貫性の欠如であるなどと非難する態度に終始した。
 また,建築物の建築等により他者に日照等の被害を与えた場合,公法上の規制さえ遵守していれば不法行為が成立しないというものでないことは,幾つもの裁判例が繰り返し判示しているところであるにもかかわらず,被告明和地所は,本件建物の建築計画を近隣住民らに説明するに当たり,このような裁判例の存在を無視し,終始,公法上の規制を遵守する限り,その公法が悪法であっても,それさえ遵守すれば不法行為が成立することはなく,不法行為の成立を主張する者こそ法律を守らない者であると決めつけるという態度で臨んでいたことが認められる。
 そして,このように大学通りの景観を守ろうとする行政や住民らを敵視する姿勢をとり続ける一方で,本件土地に高層建築物を建てることによりそれまで保持されてきた本件景観が破壊されることを十分認識しながら,自らは,本件景観の美しさを最大限にアピールし,本件景観を前面に押し出したパンフレットを用いるなどしてマンションを販売したことは,いかに私企業といえども,その社会的使命を忘れて自己の利益の追求のみに走る行為であるとの非難を免れないといわざるを得ない。
(5) 被告明和地所の損害
 関係証拠(乙53ないし55)によれば,平成12年2月1日までに被告明和地所が本件事業計画に費やした費用の総額は,少なくとも約94億円であり,本件建物のうち20メートルを超える部分を撤去するとなると,少なくとも約53億円の損失を被ることが認められる(本件棟のみを撤去するとしても相当の損害が予想される。)。
 しかしながら,これらの損害は,結局,被告明和地所が本件土地上に高層建築物を建てることにより本件景観を侵害することを十分に認識しながら,あえて建築を強行したことによって発生したものであり,そもそもの経営判断に誤りがあったというべきである。また,被告が多額な投資をしてより高層で巨大な建築物を作り,それゆえ景観を大きく破壊しながら,逆に撤去するとした場合に算定される被告の損害の大きさをもって原告らの請求を妨げる事情とするのは不合理である。
 したがって,本件において,受忍限度の検討要素として被告明和地所の損害の程度を考慮すべきではない。
(6) 小括
 以上のとおり,被告明和地所は,本件土地購入時において既に近隣住民の反対を十分に予期し,その上で,公法上の強制力を伴う規制がないことを奇貨として,住民がいかに強固に反対をしようとも,法的には自らの建築計画が否定されなることはないと考えて本件土地を購入し,軽微な計画変更しかしないまま強硬に建築を推し進め,本件建物の分譲に踏み切ったものである。
 その一方で,原告Aら3名を含む当該範囲の地権者らは,70年以上にわたり,公法上の規制の有無にかかわりなく自己の所有権の行使に一定の制約を課し,相互の自制と努力により大学通り及びその周辺の良好な景観を保持してきたものであり,今日,大学通りがこれほどまでに有名になり,その景観が高く評価されるとともに,一般の市民や歩行者らの心を和ませるものとなったのも,結局,これら周辺地権者らの不断の努力の成果によるものである。
 このようにして築かれた景観を,被告明和地所は,公法上の規制がないことに目を付け,住民や行政らの反対にも耳を貸すことなく,建築を開始し,周囲の環境を無視し,景観と全く調和しない本件棟を完成させ,しかも周辺地権者らが築いてきた景観利益を逆に売り物として,本件建物の販売に踏み切ったものであり,本件建物が公法上は違法建築物ではないこと,被告明和地所が18階建てから14階建てにするなど計画を変更したことを考慮しても,本件建物を建築したことは原告Aら3名の景観利益を受忍限度を超えて侵害するものであり,不法行為に当たる。
4 原告らの救済
(1) 本件建物の一部撤去
 不法行為による被害の救済は,金銭賠償の方法により行われるのが原則である。しかしながら,原告Aら3名は本件建物のうち20メートルを超える部分の撤去を求めているところ,前記のとおり,本件景観は同原告らを含む関係地権者らが地域住民や行政と連携しつつ長年にわたる努力の結果創り上げたものであり,その形成及び維持について複数の地権者らによる十分な理解と結束及びそれに基づく継続的な努力が要求されるという景観利益の特殊性と,本件建物による景観利益破壊の程度を総合考慮すると,本件建物のうち,少なくとも,大学通りに面した本件棟について高さ20メートルを超える部分を撤去しない限り,同原告らを含む関係地権者らがこれまで形成し維持してきた景観利益に対して受忍限度を超える侵害が継続することになり,金銭
賠償の方法によりその被害を救済することはできないというべきである。なお,本件棟の一部分は道路境界線から20メートルの範囲外に位置しているが,建物の構造上は一体であり,本件棟が全体として原告Aらの景観利益を侵害していると評価すべきであるから,撤去の範囲についても本件棟を一体として考えるべきである。
 よって,本件棟のうち,地盤面から高さ20メートルを超える部分については,その撤去を命じる必要がある。
(2) 慰謝料
 原告らは,日照被害及び景観破壊に対する慰謝料を請求し,原告Aら3名も,日照被害の慰謝料として月各10万円,景観破壊に対する慰謝料として月各1万円の支払を求めている。このうち日照被害について受忍限度を超える被害の存在を認めることができないことは前記のとおりあるが,原告Aら3名については,前記景観利益の侵害という被害が認められるから,本件建物が完成し,景観侵害が現実化した後である検査済証の交付された日(平成13年12月20日・丙1)以降,本件棟の一部が撤去されるまでの間,景観利益の侵害によって同原告らが精神的苦痛を受けるものと認めることができ,その慰謝料としては,1か月各1万円の請求の範囲でこれを認めるのが相当である。
(3) 弁護士費用
 本件訴訟の事案,審理経過及び結論等,本件に顕れた一切の事情を検討,考慮し,原告Aら3名の弁護士費用として,900万円の限度で本件と相当因果関係のある損害と認めることとする。なお,弁護士費用については,被告明和地所に訴状が送達された日の翌日(平成13年4月12日)から遅滞に陥ると解するのが相当である。
(4) 被告三井建設及び同Aら113名の責任
 原告らは,上記(2)及び(3)の金銭賠償につき,被告三井建設及び被告Aら113名の責任も主張しているが,前記一連の経緯,事情を踏まえれば,同被告らに当該責任を負わせるのは相当ではない。
第4 結論
 以上によれば,原告Aら3名について,請求の趣旨第1項のうち本件棟の地盤面から高さ20メートルを超える部分の撤去を求める部分,同第2項のうち被告明和地所に対して各原告につき月各1万円の支払を求める部分及び同第3項の請求のうち900万円の支払を求める部分は,いずれも理由があるから認容し,同原告らのその余の請求及びその他の原告らの請求はいずれも理由がないから棄却することとし,本件事案に鑑み仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととして,主文のとおり判決する。

     東京地方裁判所民事第40部

裁判長裁判官  宮  岡     章  

裁判官  綱  島  公  彦

裁判官  三  宅  朋  佳

(別紙)        物 件 目 録

1  所在  国立市ab丁目
地番  c番d
(以下省略)
2  所在 国立市ab丁目c番地d
建物の番号  建物D
(以下省略)




(別 紙)        時  系  列  1

│ │ │
│ 大正14年 9月 │ 箱根土地株式会社と東京商科大学(現一橋大学)が土地│
│ │交換契約を締結し,土地買収が始まった。 │
│ │ 東京商科大学佐野学長は,理想的な学園都市をつくるた│
│ │め,付近に小,中,高校を開設し,いかがわしい商売の人│
│ │が入り込まないよう防止手段をとる旨の談話を発表した。│
│ │また,売出しに際しては美観を損ずるが如き建物は禁止さ│
│ │れた。 │
│ 大正15年 4月 │ 国立駅開業 │
│ 10月 │ 東京高等音楽院(現国立音楽大学)が移転してくる。 │
│ 昭和 2年 4月 │ 東京商科大学(現一橋大学)の第一次移転が行われる。│
│ 昭和 3年 9月 │ 国立町創立総会が開かれる。 │
│ 昭和 5年 9月 │ 東京商科大学(現一橋大学)の第二次移転が行われる。│
│ 昭和 9年〜10年 │ 国立町会が青年団等とともに大学通りの両側の緑地帯に│
│ │桜の木を植える。この並木には,その後桜と交互に銀杏が│
│ │植えられる。 │
│ 昭和16年 4月 │ 原告桐朋学園(当時は山水中学校)が現在の場所で設立│
│ │された。 │
│ 昭和19年 3月 │ 国立中学校(現国立高校)が移転してくる。 │
│ 昭和27年 1月  │ 住民運動の結果,国立の一部(本件土地を含まない) が│
│ │文教地区の指定を受ける。 │
│ 昭和44年 │ 大学通りに歩道橋を設置する問題で住民運動が起こり行│
│ │政訴訟に発展(歩道橋事件)。 │
│ 昭和50年 │「文化の薫る町番付表」(読売新聞)において東前頭筆頭│
│ │にランクされる。 │
│ 5月 │ 大学通り車道両側に自転車専用レーンが設けられる。 │
│ 昭和52年 4月 │ 第1回さくらフェスティバルが開催された。 │
│ 昭和57年 │ 大学通りが東京都選定の「新東京百景」に選出される。│
│ 昭和61年 │「環境色彩10選」(財団法人日本色彩研究所,第1回公│
│ │共の色彩賞)に選ばれる。 │
│ 平成 5年 9月 │ 国立市政世論調査で,国立市の魅力として「大学通りな│
│ │どまちなみがきれい」が41.9%を占め,1位となる。│
│ 平成 6年 │大学通りが「新・東京街路樹10景」,「新・日本街路樹│
│ │100景」(読売新聞)に選ばれる。 │
│ 1月 │「大学通りの景観を考える会」(後に「国立の大学通り公│
│ │園を愛する市民の会」となる)が活動を開始した。 │
│ 11月 │ 国立市都市景観形成条例制定の直接請求がなされる(8│
│ │154名の署名)。 │
│ 平成 7年 9月 │ 景観形成審議会を設置 │
│ 平成 8年 │ マンション建築計画に対して反対住民が東京都及び国立│
│ │市を相手として景観権の侵害を理由とする損害賠償請求訴│
│ │訟を提起(景観権裁判)。 │
│ 3月30日 │国立市都市景観形成審議会がまとめた「中間報告書」で,│
│ │国立市の保全すべき「優れた景観資源」として「国立駅か│
│ │ら南へのびる緑豊かな,文教都市にふさわしい」大学通が│
│ │掲げられた。 │
│ 11月 │ 国立市都市景観形成基本計画策定 │
│ 平成10年 │国立駅が「あなたの自慢の駅25駅」(関東運輸局,「関│
│ │東の駅100」)に選ばれる。 │
│   3月 │ 国立市都市景観形成条例可決,制定 │
│  4月1日 │ 同条例施行 │
│ 平成11年  4月 │統一地方選挙で,景観保護を訴えるB現市長が現職市長を│
│ │破って当選した。 │
│ │ │
│ │ │

 争いのある事実の認定に供した証拠等
   甲24ないし27,29,30,134,弁論の全趣旨



















(別 紙)         時  系  列  2

│ │ │
│ 昭和40年 7月 │ 東京海上が本件土地を取得する。 │
│ 昭和41年 8月 │ 東京海上が計算センターを建築する。 │
│ 昭和45年 │ 建築基準法の改正により住居地区内20メートルの建物│
│ │の高さ制限が撤廃される。 │
│ 昭和51年 │ 建築基準法の改正により第2種住居専用地域の用途規制│
│ │が強化され,東京海上の計算センターが既存不適格建築物│
│ │となる。 │
│ 昭和62年 │ 東京海上が用途地域の変更を国立市に要請する。 │
│ 平成 7年 │ 東京海上の計算センターが多摩市に移転する。 │
│ 平成 8年 5月 │ 本件土地が第2種中高層住居専用地域に指定される。 │
│ 平成 9年12月19日│ 景観審議会の最終答申がされる。 │
│ 平成10年 2月 │ 国立市都市景観形成基本計画に基づき都市景観形成上重│
│ │要な地域における基本方針が追加策定される。 │
│ 3月30日│ 国立市都市景観形成条例可決,制定(市議会) │
│ 4月 1日│ 国立市都市景観形成条例施行 │
│ 10月 │ 国立市が景観形成基本計画の景観形成重点地区候補地対│
│ │象地権者に対する説明会を開催する。 │
│      12月28日│ 景観条例25条に基づく大規模行為景観形成基準を告示│
│ 平成11年 1月 1日│ 景観条例25条に基づく大規模行為景観形成基準施行 │
│ 4月 │ B市長が当選する。 │
│ 5月21日│ 明和地所担当者が建築計画の説明等のため初めて国立市│
│ │役所と東京都多摩西部建築指導事務所を訪問する。 │
│ 7月22日│ 明和地所が東京海上から本件土地を購入する。 │
│ 8月18日│ 明和地所が国立市に事前協議書を提出する。 │
│ 8月24日│ 明和地所が近隣住民への計画概要書の配布を開始する。│
│ 8月26日│ 国立市長が明和地所に新しい市指導要綱の遵守を求める│
│ │要請文を交付する。 │
│ 8月27日│ 明和地所が国立市の指導要綱に基づくお知らせ標識を設│
│ │置し,国立市に大規模行為届出書を提出する。 │
│ │ 「考える会」が国立市議会に陳情書を提出する(署名数│
│ │1449名)。 │
│ 8月31日│「考える会」が明和地所に説明会の開催を申し入れる(明│
│ │和地所は拒否)。 │
│ │ 国立市の担当者も明和地所に近隣説明会の実施を要請。│
│ 9月 1日│改正「国立市開発行為等指導要綱」,「同施行基準」施行│
│ 9月 4日│ 「考える会」が明和地所に対し,改めて説明会の開催を│
│ │要請する(明和地所は拒否回答)。 │
│ 9月 8日│ 国立市長が明和地所に説明会を開催するよう文書で要請│
│ │する。 │
│ 9月 9日│桐朋学園が明和地所に計画変更を求める通告書を送付し,│
│ │マンション反対の看板を設置する。 │
│ 9月22日│ 国立市議会が国立市民等5万名の署名を添えた本件建物│
│ │の計画見直しの陳情を採択する。 │
│      10月 1日│ 明和地所が国立市に事前審査願を提出する(国立市は受│
│ │理せず)。 │
│ 10月 8日│ 国立市長が景観形成条例に基づき明和地所に文書で指導│
│ │をする。 │
│ 10月 9日│国立市が明和地所以外の地権者に地区計画の説明をする。│
│ 10月12日│ 桐朋学園が明和地所に近隣説明会の開催を文書で要請す│
│ │る。住民らも要請する。 │
│ 10月13日│ 明和地所が近隣住民に対し,現場事務所で個別に説明会│
│ │を開催する旨の文書を配布する。 │
│ 10月14日│ 2Hの会が近隣住民へ説明会の対応は待つようにとのチ│
│ │ラシを配布。 │
│      10月16日│ 2Hの会が明和地所に説明会の開催を要請する。 │
│ 10月19日│ 明和地所が東京都条例に基づくお知らせ標識を設置。 │
│ 10月20日│ 国立市長が明和地所に対し,市民団体を含む市民との話│
│ │し合いを文書で要請。

│ │ 明和地所が国立市に10月8日の指導に対する質問文書│
│ │を提出。 │
│ 10月20日〜23日│ 明和地所が現地事務所で近隣説明会を開催する。 │
│ 10月22日│ 国立市長が明和地所の10月20日付けの質問に対し回│
│ │答する。 │
│ 10月27日│ 明和地所が国立市に説明会を開催する旨を回答する。 │
│ │ 西部事務所が標識設置届を受理する。 │
│ 10月28日│ 明和地所が10月8日の指導書及び10月22日の回答│
│ │書を国立市長に返還する。 │
│ 10月29日│ 国立市長が明和地所の10月20日付けの質問に対して│
│ │回答。 │
│ 11月 1日│ 明和地所が国立市長に8月27日付け届出どおり計画を│
│ │維持したい旨の回答書を提出する。 │
│ 11月 6日│ 明和地所がくにたち福祉会館大ホールで説明会を開催 │
│ 11月 8日│ 国立市長が明和地所への行政指導について景観審議会に│
│ │諮問をする。 │
│ 11月11日│ 明和地所が18階から14階に計画を変更する旨国立市│
│ │と東京都多摩西部建築指導事務所に報告する。 │
│ 11月13日│ 本件マンションに反対する「大学通りの景観を考える市│
│ │民の集い」が実施される。 │
│ 11月15日│ 地区計画の要望書が提出される(桐朋学園他3名→国立│
│ │市)。一部近隣住民が国立市に対し,本件土地に高さ20│
│ │メートルの高度規制を盛り込んむ地区計画を要望する。 │
│ 11月19日│ 明和地所が記者会見して18階から14階への計画変更│
│ │を発表する。 │
│ 11月20日│ 明和地所が国立市商業協同組合商協ビルで説明会を開催│
│ │する。 │
│ 11月22日│ 明和地所が国立市に大規模行為変更届を提出する。 │
│ 11月24日│ 本件土地を含む一帯の地域について建築物の高さを20│
│ │メートル以下とする地区計画原案の公告・縦覧 │
│ 11月27日│ 明和地所が国立市商業協同組合商協ビルで説明会を開催│
│ │する。 │
│ 12月 3日│ 明和地所が東京都多摩西部建築指導事務所に建築確認申│
│ │請をする。 │
│ 12月 4日│地元地権者に対する地区計画原案の説明会が開催される。│
│ 12月13日│ 国立市長が明和地所に対し,景観条例及び指導要綱に基│
│ │づく手続が完了していないことを理由に確認申請の取下げ│
│ │を要請する。 │
│ 12月14日│ 市議会建設環境委員会が「国立市地区計画の区域内にお│
│ │ける建築物の制限に関する条例」を修正可決 │
│ 12月16日│ 景観審議会開催(明和地所は意見聴取に欠席) │
│  12月18日│明和地所がニューシティホール国立で説明会を開催する。│
│ 12月20日│明和地所が国立市に仮囲い工事開始の通知をする。また,│
│ │国立市長の確認申請取下げ要請に対し拒否回答。 │
│ 12月21日│ 国立市定例議会最終本会議で「国立市地区計画の区域内│
│ │における建築物の制限に関する条例」可決 │
│ 12月22日│ 国立市が都市計画法第17条に基づく中3丁目地区計画│
│ │案の告示・縦覧 │
│ 12月27日│景観審議会(市民代表からの意見聴取,明和地所は欠席)│
│ 12月28日│ 改正「大規模行為景観形成基準」が告知される。 │
│ 平成12年 1月 5日│ 本件建物について都建築主事から建築確認が下り,明和│
│ │地所が確認済証の交付を受ける。 │
│ │ 明和地所が本件建物の建築工事に着手し,東京都建築指│
│ │導事務所に着工届を提出する。 │
│ 1月 7日│ 国立市長が明和地所に建築工事の中止を要請。 │
│ 1月 9日│ 明和地所が国立市商業協同組合商協ビル2階で工事に関│
│ │する説明会を開催する。 │
│ 1月11日│ 景観審議会(明和地所部長が出席) │
│ 1月17日│ 明和地所が国立市長に1月7日付けの工事中止要請に対│
│ │する回答書を提出する。 │
│ 1月21日│ 都市計画審議会(13名中8名出席),全会一致で「中│
│ │3丁目地区・地区計画」決定 │
│ 1月24日│ 住民らが東京地方裁判所八王子支部へ建築禁止仮処分の│
│ │申立てをする。同日,地区計画の都市計画決定公示 │
│ 1月31日│ 国立市議会が「中3丁目地区・地区計画」の条例を可決│
│  2月 1日│ 「中3丁目地区・地区計画」の条例が公布される。 │
│ 2月18日│ 考える会が東京都建築主事の建築確認処分の取消しを求│
│ │める審査請求を東京都建築審査会に提起する。 │
│ 2月24日│ 明和地所が国立市と国立市長を被告として地区計画及び │
│ │建築条令の無効確認の訴え(以下「行政事件1」という)│
│ │を東京地方裁判所に提起する。 │
│ 3月 9日 │ 景観審議会が明和地所に対する勧告を是とする答申をす│
│ │る。 │
│ 5月 2日│ 国立市長が明和地所に景観条例に基づいて勧告文を手渡│
│ │す。 │
│ 5月16日│ 明和地所が勧告に応ずるのは極めて困難であるとの回答│
│ │を国立市長にする。 │
│ 6月 6日│ 東京地裁八王子支部が建築工事差止仮処分申請の却下決│
│ │定をする。 │
│ 6月19日│ 仮処分決定に対して即時抗告がされる。 │
│ 7月18日│ 景観審議会が事実の公表について国立市長に答申する。│
│ 7月27日│ 国立市が事実の公表をする。 │
│ 11月20日│ 東京都建築審査会にて審査請求の口頭審査 │
│ 12月22日│ 東京高裁が仮処分決定に対する即時抗告を却する。 │
│ 平成13年 1月29日│ 東京都建築審査会が住民らの審査請求を棄却する旨の裁│
│ │決をする。 │
│ 3月22日│ 明和地所が発売看板(会員募集案内)を設置する │
│ 3月29日│ 原告らが明和地所らを被告として本件訴訟を提起する。│
│ 4月25日│ 明和地所が行政事件1の関連請求として国家賠償請求提│
│ │起する。 │
│ 5月31日│ 住民らが西部事務所長らを被告として,是正命令の発令│
│ │等を求める行政訴訟(以下「行政訴訟2」という。)を提│
│ │起する。 │
│ 12月 4日│ 東京地裁が行政訴訟2について判決をする。 │
│ 12月14日│ 東京都が東京高裁に控訴する。 │
│ 12月18日│ 住民側も東京高裁に控訴 │
│ 12月20日│ 東京都が明和地所に検査済証を交付する。 │
│ 平成14年 2月 9日│ 明和地所が会員向けに本件建物の分譲を開始する。 │
│ 2月14日│ 東京地裁が行政事件1の判決をする。 │
│ 2月23日│ 明和地所が本件建物の一般分譲を開始する。 │
│ 2月28日│ 国立市が行政事件1の判決に控訴する。 │
│ 6月 7日│ 行政事件2の控訴審判決。 │
│ 6月20日│ 住民らが最高裁判所に上告及び上告受理申立てを行う。│
│ │ │

 争いのある事実の認定に供した証拠等
  甲37,38,42,124,乙27,170,弁論の全趣旨































(別紙)       主張要旨

論点1 建築基準法3条2項の解釈について
(原告らの主張)
1 建築基準法(以下「法」ともいう。)3条2項の「現に建築・・の工事中の建築物」の解釈
(1) 原告らの見解
 原告らは,建築基準法3条2項の「現に建築・・の工事中の建築物」は,直接基礎である場合は基礎工事が開始され配筋工事等人工の構造物の一部が出現したとき,杭基礎である場合は杭工事が開始したときで,かつ,その後工事が継続されていることを言うと解する。以下,その理由をまとめる。
(2) 文理上の理由
ア 建築基準法3条2項は,法6条1項等にある「工事に着手」という文言を用いず,「現に建築・・の工事中の建築物」という文言を用いた。「建築物」は,「土地に定着する工作物のうち,屋根及び柱若しくは壁を有するもの(・・)」(法2条1号)なのであるから,「現に建築・・の工事中の建築物」といえるためには,「建築工事中の」という修飾語があるため生成中とはいえ,土地とは物理的に明確に区別された「建築物」(人工の工作物)が存在しなくてはならない。
イ また,法3条2項は,新法令施行,適用の際,「現に存する建築物」又は「現に建築・・の工事中の建築物」が存在する場合には新法令は「(当該)建築物」に適用しない旨を定める。したがって,「(当該)建築物」は「現に存する建築物」と「現に建築・・の工事中の建築物」の両者を同時に意味する。そこで,1つの言葉が全く性質の異なる概念を同時に意味することはありえないので,「現に建築・・の工事中の建築物」も,当然,「現に存する建築物」と同性質の概念である物理的に存在するものを意味する。
ウ さらに,法3条2項が「これらの規定に適合せず,又は・・適合しない部分を有する場合」と規定するが,物理的存在があって初めて新法令が適合するかどうかが問題となるのである。
エ 法3条2項の文言は明確であり文理上原告らの見解以外はとりえず,被告らの根切り工事開始時説は立法論というべきである。
(3) 立法趣旨
 建築基準法3条2項の立法趣旨は,新法令の法益保護と建築主の既得権保護との調和であるが,新法令は新しい法令を実現しようとする国民意思や住民意思の体現物なので,新法令の適用を原則とし,建築基準法3条2項の新法令の適用除外は,例外ゆえに建築主の既得権の保護は厳格に解し,かつ合理的なものに限られるべきであり,この観点から調和点を考えるべきである。以上の立場より,建築基準法3条2項の目的は,決して建築主の建築意思でもなければ,それまでにかけた費用でもなく,あくまでも建築物(現存建築物と物理的存在を有する生成途上の建築物)そのものである。3条2項が「現に存する建築物」という建築物そのものを保護しているのと同様,同一の項に規定する「現に建築・・の工事中の建築物」も物理的存在そのものを保護
しているのである。
(4) 判例
 判例は,建築基準法3条2項の「現に建築・・の工事中の建築物」の定義について,本件の関連事件の複数の裁判しかない。原告らと同様の見解は,当該関連事件の仮処分の即時抗告事件の東京高等裁判所の決定(確定・甲1。以下,「東京高裁決定」という)と上記行政事件(現在上告及び上告受理申立中)の一審判決(甲108)である。東京高裁決定は,上記行政事件の東京高等裁判所の判決(乙107。以下,「東京高裁判決」という)と見解を異にするが,当該仮処分事件においても当事者は,11か月にわたり攻撃防御の限りを尽くして主張立証をしたのであるから(甲154の1ないし66),東京高裁決定は東京高裁判決に比して軽んじられることがあってはならない。
(5) 行政
ア 政府は,昭和34年の第31会国会の参議院建設委員会において「根切り工事は建築工事には含まれない」(甲107の5頁1段目)と述べており,この見解は本件建築条令施行日まで変更された形跡はない。この見解では,根切り工事,山留め工事は「現に建築・・の工事中の建築物」とはならない。
イ 全国特定行政庁の集まりである全国建築行政連絡会議(甲93。平成9年まで存続)は,基礎工事開始時説又は配筋工事開始時説をとっていた(甲91)。
ウ 特定行政庁の建築基準法3条2項に関する行政の実態は,原告らの各道府県へのアンケートによれば,実態について回答のあった28道府県のうち大阪府,山形県,神奈川県以外の25庁は,建築基準法3条2項の「現に建築・・の工事中の建築物」の該当の有無が実際上問題となったことはないと回答している。したがって,「現に建築・・の工事中の建築物」の解釈につき根切り工事開始時を基準とするという行政庁が多いといっても,現実の行政が根切り工事開始時説で運用されているということは全くない。また,大阪府は,基礎工事開始時説をとるが全く不都合はないと回答している(以上,甲175の1ないし6)。
(6) 原告らの見解には不都合はない
 原告らの見解に対して,被告らは,根切り工事が長期化している間に新法令ができると不都合であると批判する。しかし,実際上想定しえないことは原告らの準備書面で詳しく反論したとおりである。また甲145の大方潤一郎東京大学教授の意見書に記載のあるとおりである。さらに,新法令は制定の必要性が熟しているから作られるのであり,制定には一定の時間もかかる。加えて,新法令が公布されたり,新法令が制定されることが確実になれば,東京都の昭和53年,55年の通達(甲173,174),あるいはそれに準ずる通達を出して周知,指導等をすることにより,根切り工事が長期間かかり,かつ,配筋工事開始時説あるいは基礎工事開始時説を採っても,建築主に不測の損害を与えることはなく,混乱も生じない。実際上想定しにくい特
殊なケースをもとに立法論ともいえる「解釈」はすべきではない。
(7) 被告ら及び東京高裁判決の見解批判
 被告らの見解(根切り工事開始時説)及び東京高裁判決の見解(総合判断に基づき根切り工事の途中でも認める説)は,いずれも建築基準法3条2項の文理,立法趣旨に著しく反し不当である。また,東京高裁判決の見解は基準が不明確で行政実務に混乱を発生させる。
(8) 被告らに不測の損害はない
 国立の住民は,75有余年にわたり大学通りを中心とした美しい景観と良好な住環境を獲得し維持してきた。この美しい景観を保護するために国立市は,平成10年3月に景観条例(甲50)を制定し,事業者の都市景観形成への寄与責任や,翌年1月には大規模行為景観形成基準で「(建築物は)周辺の建築物等との調和を図り,美しいまちなみをつくる」旨定めた。本件土地は,大学通りに面し,沿道部分は景観形成重点地区の候補地である。また本件土地は,高さ10メートル以下の低層住宅群と低層建物の学校,福祉施設の中心に位置する。本件土地一帯には,低層住宅群と大学通りのイチョウ並木の高さと調和しない建物は建てられないという上記条例レベル(法的レベル)にまで高められた内在的制約があった。被告明和地所は,このような地域
性,歴史性を熟知して本件土地を購入し,近日中に本件建築条例が制定されることを十分認識又は予測して本件建築確認申請をしたのであるから,本件建築条例が適用されても被告明和地所には何らの不測の損害はない。
2 本件建築条例施行日である平成12年2月1日には,産業廃棄物の除去がなされており根切り工事はなされていないと評すべきだが,根切り工事をしていたとしてもその10%程度しかしておらず,基礎工事,杭工事はなされていなかった。
3 以上より,本件建築条例施行時(平成12年2月1日)に本件土地には「現に建築・・の工事中の建築物」は存在せず,高さ20メートルを超える建築物を建てられないという本件建築条例が適用されることにより本件建物は違法建築である。
(被告らの主張)
1 建築基準法3条2項及び3条3項3号の趣旨
 建築制限を強化する新規定を遡及適用すると既存建築物又は「現に建築・・工事中の建築物」の所有者等の既得的地位を害するので,これらの者に対し新規定の適用をさしあたり除外し(建築基準法3条2項。既存不適格建築物),将来当該建築物の建替え,増改築等の工事が行われる機会に,その「工事の着手」の時点で改めて新規定を適用し(同法3条3項3号),新規定に適合した建築物とすることにより,新規定の公益実現の使命と利害関係人の既得的地位の保護との調和をはかった。
2 「現に建築・・工事中の建築物」の意義
 建築物の実現を直接の目的とする工事(建築工事)が開始され,建築主の建築意思が外部から客観的に認識される状態に達しており,かつ,その工事が継続的に実施されているが,未だ建築物の実現には至っていない段階をいう。
3 根切工事は建築工事か
 根切工事は,建築物の基礎躯体や地下室部分を容れる空間を作り出すために,地表面以下の土地を掘削除去する工事であり,直接基礎方式をとる場合には,建築物を支える地耐力を有する,精密に測定された地盤面まで建築物の形状に合わせた空間を造出する工事である。
 このように根切工事は建築物の実現を直接の目的とする工事であるから,建築工事に該当する。
 根切工事が建築工事に含まれることの法令上の根拠は次のとおりである。
(1) 建築基準法施行令(以下「令」という。)136条の3第1項は,「建築工事等において根切工事,山留め工事・・その他基礎工事を行う場合においては」と規定している。
(2) 建築基準法9条10項は,この法律等の規定に違反することが明らかな建築工事中の建築物に対して特定行政庁が緊急工事施工停止命令を発しうる旨を定めている。なるべく早い段階で違法建築を阻止する趣旨の規定であり,根切工事が建築確認により定められたのと異なった位置に施工され,隣家に倒壊の危険が迫る等の場合を含むと解されている。
(3) 建築基準法6条1項は,「・・建築物を建築しようとする場合においては,当該工事に着手する前に」建築確認を受けなければならないと規定し,6項において,確認済証の交付を受けた後でなければ,「建築物の建築・・の工事」はすることができないと規定している。そして令93条は,地盤の地耐力を建築確認に当たっての審査対象事項としている。したがって,直接基礎の工法をとった場合における根切工事の掘削深度及び建築物底面と接する地盤の地耐力は,建築確認に当たっての審査対象事項となり,この場合の根切工事は,建築確認が下りるまでは禁止されている「建築物の建築・・の工事」に該当する。
4 根切工事と「工事の着手」及び「現に建築・・工事中の建築物」との関係
(1) 根切工事に着手することは,「工事の着手」(法3条3項3号)にあたり,かつこれを継続することによって建築意思が明確になっていれば,「現に建築・・工事中の建築物」(法3条2項)に該当するものと解すべきである(東京高判平14・6・7,乙107)。
 これに対し原告らは,「現に建築・・工事中の建築物」に該当するためには「建築物」の物理的な一部(人工物)が存在することが必要であり,直接基礎方式の場合は,基礎工事がある程度進行し,少なくとも配筋工事がなされていることが必要であるとし,根切工事の段階では何ら土地と区別される「人工物」が存在しないから,これに該当しないと主張する。
 しかし大規模建築物の建築工事においては直接基礎方式と杭基礎方式のいずれを採用するかは,地質の良否という偶然の事情で決定されるところ,前者の方式による場合,根切工事の規模は時として極めて大きく,根切工事のみに1年近くついやす例も少なくない。このような場合であっても,いまだ「現に建築・・工事中の建築物」に該当しないと解すると,その間に強化された新規定が適用された場合,極めて酷であり,かつ不合理な結果を招く。
(2) 根切工事が長く続くようなケースについては,行政庁が建築主の既得的地位を不当に侵害することのないよう,適切な措置を執るはずだとの意見がある。しかし残念ながら,都市計画行政・建築指導行政の権限をもつ地方公共団体が,新規定・新制限の適用にあたって,すべての具体的ケースについて目配りをし,いやしくも建築主の既得的地位が不当に侵害されないよう,新規定・新制限の施行適用時期を先にのばして周知徹底をはかるとか,必ず相当な経過措置を特に用意するならば問題はない。
 本件の場合,明和地所が早くから計画を公表し,少なからぬ経費を投入して準備しつつあった本件マンションの計画を妨害するために,国立市によって,突如,地区計画や建築条例の制定によって新たな厳しい建築制限が課される事態になったにもかかわらず,明和地所に対して相当な経過措置が特に用意されることはなかった。
(3) 次に,根切工事開始時プラス継続説をとると,建築確認を得ていない建築物についても,根切工事を開始し,継続すれば,法3条2項により新規定の適用除外という有利な取扱いを認めるという不合理な結果を招くことになるとの見解がある。
 しかし以下述べるとおり,この見解は手続法と実体法との関係の無理解に基づくものであって,誤りである。
 たとえば建築確認を受けないでなされた建築工事は手続法上違法であって手続法上の制裁を受ける(法6条1項,99条1項2号)。しかしその工事の結果が実体法に適合している限り,実体法上は何らの問題も生じない。それが実体法に違反していれば特定行政庁による是正措置命令・代執行の対象となるが,これは手続法の適用と直接の関係がない。
 建築基準法3条2項は,実体法の適法除外に関する規定であるのに対し,建築確認は実体法規の確実な実現を担保する目的を有するとはいえ,あくまで手続法である。したがって建築確認を得ないで開始された手続法違反の工事であっても,前述のように手続法上の制裁を受けることは格別,実体法に関する経過規定たる法3条2項の規定の適用をうけることは当然であり,何の問題もない。
5 本件根切工事の実施状況
(1) 根切工事
 バックホー       延20台
 10トンダンプ     延853台
 運搬土量        4691.5立法メートル(場外搬出)
(2) 山留工事
 杭打機         延5台
 打設杭数        19本(C棟15本,S棟4本)
 杭の長さ        9メートル×15本=135メートル
             12.5メートル×4本=50メートル
             合計185メートル
6 山留材の躯体との一体化
 本件マンションの根切工事の過程で平成12年1月26日から1月31日までの間にC−1棟及びS−2棟の山留工事が行われたが,その後山留めの線上にH鋼19本を親杭として等間隔に打ち込み,矢板を渡した。
 H鋼と矢板は耐圧板のコンクリート型枠を兼ね,その役割を果たしたのち建物の躯体と密着し,一体となった。したがって平成12年2月1日現在本件敷地内には本件マンションの一部たる「人工物」があったということができる。
7 結論
 以上によれば,平成12年1月5日に根切工事を開始した本件においては,おそくとも同年2月1日の時点において「現に建築・・工事中の建築物」が存在したというべきである。

論点2 本件地区計画及び本件建築条例・改正条例の適否
(原告らの主張)
1 本件地区計画及び本件建築条例については,被告明和地所による本件マンション建築行為を阻止することを唯一の目的として制定されたことのゆえに違法,無効であるとの批判がある。すなわち狙い撃ちを目的とする本件地区計画及び本件建築条例は,授権法の定める目的に適合せず,また他事考慮が認められるから,違法,無効であるとの批判である。さらに,本件地区計画及び本件建築条例については,制定手続に違法があるから無効であるとの批判もある。
2 しかし,次に述べるとおり,本件地区計画及び本件建築条例は実体的にも手続的にも適法,有効である。
(1) 狙い撃ち論について
 本件地区計画の目的は「都市基盤が整備された地区において,低中層住宅地区及び学園地区の環境を維持保全し,大学通り沿道の都市景観に配慮したまちづくりを形成すること」(甲45)であり,本件建築条例の目的は「地区計画の区域内における建築物の用途等に関する制限を定めることにより,適正かつ合理的な土地利用を図り,もって良好な都市環境を確保すること」(甲117)である。このことは,@くにたち(国立市)は,まちづくりの当初から75年以上にわたり大学通りを中心とした景観の維持保全を考えたまちづくりを指向してきたこと,A本件土地の周辺地域について,大学通りの景観を維持保全するための数々の市民運動の結果,もともと高さ20メートルを超える建物は建てられないという内在的制約が存在したこと,Bこの内在
的制約を確認する法令として平成10年3月に景観条例が制定され,同条例に基づく基本方針及び大規模行為景観形成基準は建築物の高さが大学通りの並木(高さ約20メートル)と周辺の低層住宅群(高さ10メートル以内)と調和するよう求めていること,C平成11年4月の統一地方選挙で国立市民は大学通りの景観保護をスローガンとするB氏を市長として当選させ,開発より景観の保護を選択したこと,D本件地区計画及び本件建築条例は国立市の75年以上にわたる大学通りの景観保護の歴史の延長線上にあり,法的には前記内在的制約及びこれを確認した景観条例,基本方針,大規模行為景観形成基準の存在及び内容から客観的に予測可能な範囲で高さ制限を顕在化させ確認したにすぎないものであること,E本件建築条例は本件土地だけではな
く国立市中3丁目地区の全ての土地に対して面的に適用され,かつ現在のみならず将来にわたり永続的に適用されるものであって,本件建築条例は面的かつ永続的な規制法令であることから明らかである。このように,狙い撃ち論は,本件地区計画及び本件建築条例の目的がどこにあるかを見誤るものである。そして,前述した本件地区計画及び本件建築条例の行政目的は,授権法規である都市計画法の目的(「それぞれの区域の特性にふさわしい態様を備えた良好な環境の各街区を整備し,及び保全するため」)及び建築基準法の目的(「地区計画・・の区域にあっては適正な都市機能と健全な都市環境を確保するため」)に合致している。よって,授権法の目的に違反するとの批判は当らない。
 また,開発の用途,形態,配置などを都市計画の観点から制限するために地区計画を決定して建築制限条例を定めることは多数の先例があるうえ,そもそも「市街地開発事業その他相当規模の建築物若しくはその敷地の整備・・が行われる・・土地の区域」(本件土地もこれに該当する)に対して地区計画を定め,都市計画の観点から開発を制限することは都市計画法自体が承認している。よって,本件地区計画及び本件建築条例は,仮に狙い撃ちであるとしても,そのことによって違法になることはない。この点については東京高等裁判所も同旨を述べている(同裁判所平成12年(ラ)第1328号についての同裁判所平成12年12月22日決定,甲1)。
 さらに,被告明和地所の悪質性,すなわち,@国立市及び大学通りの歴史的沿革,本件土地の地域性を熟知し,かつ,前記内在的制約を確認する法令としての景観条例,基本方針,大規模行為景観形成基準の存在及び内容を,国立市当局から手交された資料によって熟知しながら,敢えて本件マンションの建築計画を強行したこと,A国立市開発行為等指導要綱に基づく近隣住民らの説明会開催要求に応ぜず,近隣住民らを当初から敵視する姿勢であったこと,B大学通りの景観特性との調和を図るため景観条例に基づいて国立市が行った計画見直しを要求する行政指導に全く従わなかったこと,Cそのため被告明和地所は景観条例違反事業者として同条例に基づく勧告を受け,さらには氏名公表の制裁を受けていること,D本件に先立ち提起された本件マン
ションの建築禁止を求める仮処分事件の抗告審(東京高等裁判所平成12年(ラ)第1328号)において,「建築制限条例の施行当時,『現に建築工事中の建築物』が存在すると認められない場合,建築確認を得ていたとしても,絶対高さ20メートルを超える部分については建築基準法令に違反し,右部分を建築することができないことは,争わない」と明言し,これが調書に記載されたところ,その後,東京高等裁判所が本件建築条例の施行当時,「現に建築工事中の建築物」が存在しなかったことを認定しながらも,約束を反故にして,本件マンションの建築工事を続行したこと,Eその結果,将来消費者被害を引き起こすかもしれない本件マンションの販売行為を続行し,潜在的被害者を生じさせているかも知れないことなどの諸点(とりわけ,被告明
和地所が本件地区計画及び本件建築条例の制定前に内在的制約,景観条例,基本方針,大規模行為景観形成基準の存在及び内容を熟知し,住民の激しい反対運動及び国立市の度重なる行政指導に直面した状況下にあっては,近い将来本件地区計画及び本件建築制限条例が制定されることを具体的に予測し得たこと)にかんがみると,本件地区計画及び本件建築条例は不意打ちに当たることはあり得ず,そのことによって違法,無効となることはない。
(2) 他事考慮について
 いわゆる他事考慮とは行政権限の行使に際して本来考慮すべき事項を考慮せず,あるいは本来考慮すべきでない事項を考慮することを言うところ,本件地区計画及び本件建築条例の制定過程において考慮されたのは大学通りの景観保全であるから,前述したとおり,授権法規である都市計画法及び建築基準法に何ら違反するところがない。
(3) 手続違背について
 この点については何ら手続違背がなかった上,前記高裁決定も「国立市議会における条例の制定手続の当否は,優れて政治的な問題として,裁判所が判断を差し控えるべき性質の事柄であり,制定手続の故に条例が無効とされることはない」と判断している。
(被告らの主張)
1 本件地区計画について
(1) 本件地区計画の違法無効性
 本件地区計画は,特定の者の権利制限を目的として狙い撃ち的になされたものであり,立法行為の形式を取っているが同時に行政処分としての性質を有し,裁量権の濫用(@根拠法の目的違反,A公正手続違反,B他事考慮・動機の不正,C比例原則違反)による重大かつ明白な瑕疵が認められ,違法無効である。
ア 本件地区計画は,以下に述べるとおり,「都市の健全な発展と秩序ある整備を図」ることを目的とするものではなく,明和地所のマンション敷地予定地にことさら絶対的高さ20メートルの規制を新設することにより本件マンションの建築を阻害する目的で行われたものであり,これに基づく本件建築条例は建築基準法68条の2第2項に反する。
(ア) 国立市は,本件地区計画案が大学通り沿道の景観を守り,中低層住宅地区及び学園地区の環境を維持・保全することを目的とすると称しているが,もしそうであるならば大学通りの全延長の両側について統一的な構想をもって地区計画を決定するのが当然であり,大学通りの片側かつ末端というごく一部のみに地区計画をかけることは,その称する目的からして不自然かつ不合理である。
(イ) しかも本件地区計画の対象区域の面積の約7割弱を占める学園地区約9.2ヘクタールは学校法人桐朋学園の敷地であり,これについては地区計画案公表の直後に成立した「国立市地区計画の区域内における建築物の制限に関する条例」第10条により当該建築制限の適用排除が可能である。
(ウ) 本件地区計画の対象区域のうち,桐朋学園の敷地東側の大学通りに沿った低層住宅地区(約1.1ヘクタール)はもともと第1種低層住居専用地域であり,本件マンションの敷地西側の低層住宅地区(約0.5ヘクタール)は大学通りから明和地所の建築敷地(奥行約150メートル)を隔てている地域であって大学通りの景観を目的として規制をかける意味のない土地であり,結局のところ本件建築物の敷地を除く地区については絶対的高さ20メートルの規制を新設する必要も意味もない。
(エ) そうすると本件地区計画により実質的に財産権の行使の制限を受けるのは,結局明和地所のみということになり,国立市が本件マンション計画を狙い撃ちにしたことは明らかである。
イ 国立市が,本件地区計画案によって私有財産権の侵害を最も大きく受ける最大の利害関係人である明和地所に対し,国立市長の記者会見に至るまで地区計画をことさら秘匿し,明和地所の意向を全く聴かぬまま地区計画原案を策定したことは公正手続の原則に反し,裁量権の濫用にあたる。
(ア) 本件地区計画原案を公示・縦覧した平成11年11月24日に行われた記者会見前に,国立市は一部の地権者には本件地区計画案の内容を知らせていたにもかかわらず,明和地所には何ら連絡もしなかった。
(イ) 平成12年12月7日の定例市議会一般質問の際には,「記者会見のとき担当部門の責任者である建設部長すら,この計画立案に参加していないため,質問に答弁できなかった。」と指摘されているように,市内部の意思決定手続さえ無視していた。
(ウ) 現時点で明らかとなった地区計画策定の経過からすれば,本件地区計画案の立案は,国立市長と「考える会」の連携により本件建築計画を阻止する目的で,密かに行われていたことは明らかである。
(エ) 地区計画は,当該市町村の都市計画に関する基本方針に則したものでなければならず(都市計画法第18条の2第1項,第3項),基本方針を定めようとするときは,あらかじめ公聴会の開催等住民の意見を反映させるために必要な措置を講ずべきものとされる(同条第2項)。国立市はいまだに基本方針を策定しておらず,平成9年11月10日に平成13年から14年に基本方針の策定を終えることを目的とする国立都市計画マスタープラン施策検討委員会を設置して検討を開始した段階にすぎないにもかかわらず,公聴会の開催等により住民の意向を聞くこともなく,にわかにごく限られた面積の特定区域のみを対象とした本件地区計画を決定しようとしたことは,公正な手続を履践したものとは言えない。
ウ 本件地区計画案策定に至った経緯及び国立市長及び国立市関係者らの発言からして,本件地区計画案の策定は,明和地所の建築計画を妨げる目的をもって行ったものであることは明らかであり,本件地区計画が他事考慮,不正動機に基づくものであることは明らかである。
エ 市民の権利利益を侵害する公権力の行使は,その目的に照らし必要最小限においてのみ許されるが(憲法第13条参照),次の事情から,本件地区計画はその目的に照らして明らかに過剰規制であり,比例原則に違反する。
(ア) 本件土地は国立駅からは1160メートルの距離があり,大学通りの最南端に位置しており,谷保駅の北660メートルの位置にあるのであって,むしろ谷保駅周辺の地域に属するものであり,このことは平成8年6月に東京都が行った都市計画による都市計画の指定状況から本件土地を含むその一画とその周辺が大学通りの周辺地域と区別され第2種中高層住居専用地域とされていることをみても明らかである。したがって,特に大学通りの都市景観に配慮した街づくりを目的として本件地区計画案を策定したとすれば,過剰規制であることは明らかである。
(イ) 大学通りの都市景観を守る目的からすれば,大学通りに沿道にとどまらず,奥行き約150メートルを超える区域までにわたって20メートルの高さ制限をするのは明らかな過剰規制である。
(ウ) 国立市都市景観審議会の審議の結果,本件地区計画の焦点である20メートルの高さ制限については「銀杏並木の高さに調和する」という表現がなされているに止まるから,20メートルの高さ制限の妥当性に関する国立市長の説明には根拠がない。
(エ) 通常の都市計画において絶対高さ制限が全く課されていない本件土地について突如高さ20メートルという,根拠不明の厳しい制限を導入することは,必要最小限度をはるかに超えて明和地所の財産権を侵害するものである。
(2) 本件建築条例の違法無効性
ア 本件建築条例は,法令ないし一般処分であるところ,現行制度上法令等は原則としてこれを抗告訴訟の対象とすることはできず,執行行為を待ってこれに対する抗告訴訟を提起し,その前提問題として法令等の効力を争うのが原則とされる。しかし法令等自体が抽象的な内容でなく,具体的な特定の内容を存している場合,その直接の効果として個人の具体的権利義務に影響を与える場合には,これを対象とする争訟は法律上の争訟と考えられ,それによって直接国民の権利や重大な生活上の利益が害され,しかも他の適切な救済手段がない場合には,法令等に対する司法統制手段の保障として抗告訴訟の対象となるものと解されている。
イ 本件条例は法令の形式をとってはいるが,次に述べるとおり処分性を有し,かつ,これを直接抗告訴訟の対象としなければ適切な救済手段がないのであるから,抗告訴訟の対象性を認められるべきである。
(ア) 本件条例は,対象区域が13.5ヘクタールと小さく,最大の地権者である桐朋学園,及び被告の建築物以外の建築物は約50棟にすぎず,その敷地は対象区域全体の10パーセントに過ぎないが,本件条例は施行によりこの少数特定の者に対し絶対高さ20メートルを超える建築物の新築・増築等の禁止という具体的権利義務に直接影響を与える効果を生じさせることになる。しかも,1戸建住宅及びこの敷地の所有者らは,その敷地面積から考えて,将来絶対高さ20メートルを超える建築物を建築する可能性も必要性もなく,桐朋学園については前記の「国立市地区計画の区域内における建築物の制限に関する条例の一部を改正する条例」により高さ制限を撤廃できることとなっている。結局本件条例により実質上財産権の侵害を受けるのは明和地
所のみであり,本件条例が明和地所の建築計画を妨害する目的で制定されたものであることは明らかであり,まさに特定人の私権制限のために制定された条例と考えざるを得ない。
(イ) 建築基準法行政を所管する東京都は,本件建築物を完全に適法な建築物であって,違反是正命令の対象にならない旨再三言明しているため,明和地所は直接本件条例自体の無効・取消しを求める訴訟以外にこれを争うべき適切な救済手段を有しない。
ウ 本件条例は,本件地区計画の定める建築制限を条例化したものであり,本件地区計画が前記のとおり実体法上違法無効である以上,後行行為である本件条例にも重大かつ明白な瑕疵があり,違法無効である。
エ 本件条例の制定経過をみるに,国立市長は平成12年1月24日に告示された本件地区計画に基づく本件条例を,本件マンションの建築確認及び工事着手よりも前に制定し,本件マンションの建築を阻止しようと目論み,同月28日国立市議会の臨時会を同月31日に招集する旨を告示した。これに対し議長及び副議長が「性急すぎる」として同日の開催を認めなかったにもかかわらず,与党議員13名が議場に集まり,野党議員11名全員欠席,議会事務局も全員不在の中で,仮議長を選挙し,仮議長が本件条例案を評決にかけ可決した。本件条例の制定手続については次のとおり重大かつ明白な違法がある。
(ア) 地方自治法101条第2項及び同項但し書によると議会の招集は急施を要する場合を除き会日の7日前までに告示されなければならないとされており,本件の場合議会を開会することができるのは原則として2月4日以降である。そこで本件において「急施を要する」場合と言えるかどうかが問題となる。このような場合とは審議予定案件がどうしても一定期日までに議決しなければならないようなやむを得ない事情のある場合であり,地区計画に基づく本件条例の議決はその性格上このような場合にはあたらない。まして市長は明和地所の本件マンションの建築を阻止する目的で条例制定を急いでいたのであるから,このような目的を達するための必要が「急施を要する」根拠にはなり得ないことは明白である。
(イ) 仮に本件招集が適法であるとしても,議会が正当な合議体として活動するためには会議規則の定めるところにより議長の権限により開会することが必要であるが,本件の場合議長は開会宣言をしていない。
(ウ) 仮議長の選挙についてでいえば,地方自治法106条2項によると仮議長を選挙することが出来るのは「議長及び副議長ともに事故があるとき」に限られるところ,これは当人が病気・旅行など職務を取り得ない事情をさすものである。本件の場合,仮に開会されていれば議長及び副議長はともに職務を取り得る状況にあったのであるから,本件仮議長の選挙は上記条項に明らかに違反し無効である。
(エ) したがって,いずれにしても本件条例の議決も無効である。
オ 地方自治法17条1項,2項によれば,長は議長から条例制定改廃議決の送付を受けてから20日以内にこれを公布することとされているが,本件の場合議長が国立市に対し本件条例議決を送付した事実はなく,本件条例の公布も無効である。
2 本件景観条例について
(1) 国立市都市景観形成条例(以下「市景観条例」という。)は平成10年4月1日に施行された国立市の固有条例であるが,その主要な内容は次のとおりである。
ア 市景観条例26条は「重点地区の区域外において大規模行為を行おうとする者はあらかじめその内容を市長に届け出なければならない」と定めて届出を求め,
イ 市景観条例27条において「届出をしようとする者は,行為の内容が大規模行為景観形成基準(以下「大規模行為基準」という。)に適合し,かつ,都市景観の形成に寄与するものであることを明らかにしなければならない」と定めて,大規模行為基準への適合を求め,
ウ 26条の届出があった場合で,「大規模行為基準に適合しないと認めるときは,市長は助言もしくは指導又は勧告をすることができ,勧告を受けた者が勧告に従わないときはその旨を公表できる」と規定している。
(2) 原告らは,本件建物が市景観条例に違反していることをもって本件建物の建築の違法性を基礎づけるかのごとく主張するが,もともと建築物の高さ制限などの建築制限は財産権の規制であるから,建築基準法又は同法が委任した命令又は条例(同法68条の条例)でなければ行えない。固有条例である市景観条例によっては高さ制限等の建築制限を行えないことは明らかである。
(3) 市景観条例は前記のとおり行政指導により景観形成に向け関係者の努力を誘導することを規定しているのであって,建築行為に対して直接の法的規制を加えるものではなく,仮に市景観条例に違反したとしてもそのことによって当該建築行為が違法性を帯びることにならない。
(4) 以下述べるとおり,被告明和地所は市景観条例の手続にのっとり必要十分な対応をなしており,実質的にみて市景観条例に違反していない。
ア 明和地所は,平成11年8月27日,国立市に対して大規模行為の届出を行い,その届出の中で明和地所が都市景観形成のために寄与した事項について述べており,
イ これに対して,国立市は同年10月8日に文書で,建物の規模について「周辺の建築物や,20メートルの高さで並ぶイチョウ並木と調和するよう,建物の高さを低くする」「建築物の位置についてゆとりある歩行空間を確保し,また,既存の植栽帯を保全するため,敷地東側(大学通り側)について,さらに壁面後退する」との指導をした。
ウ 明和地所は,平成11年10月20日,指導内容を明確にするよう市長に照会したが,市長は指導内容を具体的に指示せず,平成11年10月29日付の文書による見解表明でも,「大学通りの景観に調和するよう計画を見直すよう指導したものである」「大規模行為景観形成基準は,具体の数値で規制するものではなく,事業者が国立市都市景観形成条例に基づき,周辺の建築物との調和を図り,都市景観の形成に寄与することを明らかにするための目安である」と述べて抽象的な見解の表明に終始した。
エ 明和地所は,市と関係住民の意向を重く受け止め,本件マンションについて18階・高さ53.6メートル案から14階高さ43.65メートル案へと計画変更をなし,大学通りのセットバックも約7.5メートルから約10メートルに変更し(なお,その結果,総戸数は441戸から343戸へ減少している。),同年11月22日当該変更計画に基づき大規模行為変更届出書を提出した。
オ その後,市側が明和地所の照会に対し明確な回答をしなかったことから,被告明和地所は平成10年10月18日から平成11年12月27日の第4回ないし第7回の市景観審議会への出席を見送っていたが,平成12年1月11日の第8回審議会に出席し,必要な説明をした。平成12年3月9日の第9回審議会において「T 市長は法律の関係についてはこれを整序した上で勧告すること。U 市長は事前相談時の高さについての指導の経過を精査しその上で勧告すること」を前提条件とした上で,「建物の高さをさらに低くすることを勧告する」との答申が市長に対してなされた。
カ 平成12年5月2日,市長は市景観条例28条2項による勧告をした。これに対し明和地所はこれまでの経過から勧告に対応するのは困難であるとの回答をしたところ,平成12年7月10日の審議会において上記TUを前提に事実の公表を行うとの答申が市長に対してなされ,平成12年7月27日市長は事実の公表を行った。
(5) このように,結果として市長による公表が行われているが,明和地所は市景観条例による指導について具体性をもった回答を求め,また市長の不明確な指導にもかかわらず,市と関係住民の意向をくみ,大幅な計画変更を行っているのである。審議会の答申にしても,本件建物の着工後になされたものであり,実質的にみて明和地所に不可能を強いるものであった。したがって,形式的に公表に至ったからといって,これをもって明和地所の市景観条例違反と評価することは相当でない。
論点3 本件土地に対する用途地域指定の経緯等
(原告らの主張)
1 昭和45年建築基準法の改正に伴い,同48年に用途地域が全面的に変更された。この際,大規模な住民運動が考慮され,大学通りは広幅員の道路でありながら,その沿道は,高さ制限20メートル住居地域から,10メートルの第1種住居専用地域に指定替えされた。JR国立駅前の商業ゾーンを除き,大学通り周辺の沿道は,学校の存在する地域は第2種住居専用地域に,それ以外の地域は第1種住居専用地域に指定されたのである。また東京海上跡地の大学通りの反対側も沿道奥行き20メートルについて第1種住居専用地域に指定されている。こうした極めて特殊な用途地域指定が行われた背景は,大学通り沿道のまち並みを,高さ10メートル以下の低層の住宅(および併用住宅)によって構成しようとした意図のあることは明白である。国立市
民は,文教地区の象徴である大学通りの位置づけをこの時に明確にしたのであり,このことは,国立市都市景観形成条例に受け継がれている。本来なら東京海上跡地は第1種住居専用地域に指定されるはずであったが,同じ地域性を有しながら例外的に第2種住居専用地域に指定されたのである。その理由は次のとおりである。
(1) 当時存在していた4階建てで500平方メートルを超える東京海上計算センターは,第1種住居専用地域として10メートルの高さ制限をすると,既存不適格の建物になるという事情があった。同センターは,用途の面でも高さの面でも第1種住居専用地域の規制に適合しなかったため,既存不適格建築物を極力少なくすることを重視する東京都の用途指定の運用方針に従い次善の策として,東京海上跡地を第2種住居専用地域に指定したものである。既存不適格となる建物が発生するような指定変更は現実的にはなく,むやみに指定変更を行うと財産権の侵害等さまざまな問題が生じかねない。用途地域の指定は,現実の状況を離れて単に都道府県知事がいかなる用途地域がふさわしいかを机上で判断し指定するものではないのである。現実の実務上にお
いての,このような配慮は,都市計画法第2条の基本理念である「土地の合理的な利用が図られるべき」と矛盾するものではない。
 また当時存在した同センターは4階建て・高さは16メートル程度であり,近い将来,高層の建物への建替えも予定されておらず,大学通り沿道の景観を維持する上で,第2種住居専用地域の指定をしても問題とはならなかったのである。
(2) 大学通りの幅員は,江戸街道を境に,北側が44メートル,南側は28メートルと大きく異なる。現在の国立市都市計画図においても,大学通りは幅員44メートルの部分が第1種住居専用地域,幅員28メートルの谷保寄りの地域が第2種住居専用地域に指定されている。大学通りは,江戸街道を境として,東京海上跡地を含まない南側と,東京海上跡地を含む北側とで地域性が二分される。また一橋大学以外を除き,東京海上跡地のみが大学通りとの間に第1種低層住居専用地域を挟まずに第2種中高層住居専用地域となっている。
 江戸街道以北において,第2種住居専用地域に指定された個所は,学校用地がほとんどで,東京海上跡地のみが第2種住居専用地域である。
(3) 北側には桐朋学園,東側には国立高校,南側には国立音楽高校・中学校という三方を学校に囲まれているが,東京海上センターは,4階建ての建物であり,また充分な植栽を残し,つつじやさつきの名所でもあり(明和地所によって伐採),周辺環境に調和した建物であった。
2 昭和51年の建築基準法改正により,第2種住居専用地域の用途規制が強化されたため,東京海上の計算センターは既存不適格建築物となった。しかし,これは用途地域の指定変更のために既存不適格建築物となったわけではない。用途地域の指定とは全く関係がなく,全国一律に適用される建築基準法の改正により,住環境を保護するよう規制が強化されたためで,やむを得ないことである。
3 また平成4年の建築基準法の改正を受けて,平成8年に,東京都では用途地域の細分化が行われた。これは基本的には用途地域の細分化であり,指定替えではなく,しかも改正前の第2種住居専用地域と改正後の第2種住居専用地域とは全く用途地域を同じくするから,本件土地が細分化の際,第2種中高層住居専用地域となったことを重要視はできない。
 なおこの時の説明会は,7カ所で各1回の説明会が開催された。
4 東京海上計算センターは,平成7年に多摩センターに移転したが,その後も用途地域の変更がなされなかった理由は次のとおりである。
 同センターが移転したこと自体は,当時市民の間でも話題になっていたことであるが,建物が無人化されたかどうか,建物が廃棄されるのかどうか等は東京海上しか知らないことである。同センターの周囲は緑地であって。道路から直に建物を見ることも出来ない。むしろ,建物が存在する以上,東京海上が,その業務の中で建物を再活用する方向を模索しているのではと考える方が自然である。さらに,東京海上が,相変わらず土地を所有している以上,所有者の了承なしに,行政が用途地域をダウンゾーニングすることは,種々の問題が発生する。このような状況の中で,第1種低層住居専用地域に用途変更すべきであったと考えるのは失当である。
 また移転後も,建物自体は存していたために,相当な税収があり,国立市としては研究所のような施設でかつ周囲の環境や大学通りの景観と調和する施設の誘致も考えていた。さらに,最終的には金銭面での折り合いがつかず,実現には至らなかったが,都立立川養護学校の移転計画が陳情等現実にあったのである。都立立川養護学校の移転計画が東京海上跡地に対する国立市民のイメージとしてあり,用途地域の指定替えの問題の必然性は平成8年時において生ずべくもないものである。
5 東京海上は,東京海上跡地に6階建ての建物の建築計画を立て,国立市に用途地域の見直しを要請したが,拒否された。その事実も非常に重要である。このことを明和地所が東京海上から聞いていない筈がない。本件マンションは,それよりもはるかに高層の高さ44メートルである。6階建ての建物が立たないのに,本件マンションのような,44メートルの建物が建築できるはずがない。
6 このように学校用地でもない東京海上跡地は,元来第1種低層住居専用地域となっているはずの土地なのである。偶々用途地域が第2種中高層住居専用地域となっていることを奇貨とし,高層マンションの建築は建築基準法上可能と考えたのであれば,それは,国立市や東京海上跡地の地域性・歴史性(重要である。)を無視した社会正義にもとる行為である。
(被告らの主張)
1 本件土地が第2種住居専用地域に指定された理由
 原告は,昭和48年の用途地域指定の際,本件土地は第1種住居専用地域に指定されるべき土地であったが,既存の東京海上計算センター建物が高さの点で既存不適格建築物になってしまうので,これを避けるため,都知事はこれを第2種住居専用地域に指定したのであると主張する。しかし,この主張は以下述べるとおり誤りである。
(1) 昭和48年の用途地域指定は,都が指定基準を市町村に示し,市町村がこれに基づいて素案をつくり,住民参加の手続をへて都に回答し,都はこれを尊重して行った。
 国立市の素案は,都の指定基準に基づき,大学通り沿道地区を第2種住居専用地域とするものであった。このことは当時国立市当局は大学通り沿道地区全体が都指定基準によれば第2種住居専用地域に該当すると判断していたことを示すものである。
 しかし一部市民の反対があり,大学通り沿道地区のごく一部に限り第1種住居専用地域に指定するように素案を改め,都もこれを尊重して用途地域指定をした。
 本件土地は,素案以来一貫して第2種住居専用地域とされていたのであって,第1種住居専用地域に指定すべく予定されていた事実はない。
 本件土地は,都指定基準に示された,第2種住居専用地域の指定要件に該当するからこそ,同地域に指定されたものである。
(2) 昭和51年の法改正により,第2種住居専用地域内には床面積1500平方メートルを超える事務所の建築が禁止されたため,本件計算センター建物ははじめて既存不適格建築物となったが,国立市が昭和48年の用途地域指定替えの際に計算センターを既存不適格化させない方針を定めていたとするならば,昭和51年の法改正のときに,なぜ国立市が本件建物の既存不適格化を防止するために本件土地を事務所床面積の制限のない住居地域に指定しなかったのだろうか。
(3) そればかりではなく,原告によれば国立市も住民も本件土地が第1種住居専用地域に指定されることを熱望していたというのであるから,本件計算センター建物が既存不適格化し,東京海上の計算センター大規模化構想が不可能におちいり,東京海上が計算センターの撤退を決断し,本件建物が無人化し,その取り壊し,敷地の売却が予想されるに至った時点で,なぜ本件土地を第1種住居専用地域に指定替えするよう運動し,都に申し出なかったのだろうか。
2 昭和56年に都は用途地域一斉指定替えを予定し,昭和55年に用途地域指定基準を各市町村に示していた。しかるに本件土地を第1種住居専用地域に指定替えしてほしいという市民の要望はなかったし,国立市も一切そのような措置をとっていない。
 この事実は,昭和51年以降の時点においても,都はもちろん,国立市及び市民も本件土地が,第1種住居専用地域ではなく,中高層住宅の建築が予定される第2種住居専用地域にふさわしいと考えていたことを示している。
3 原告らは,計算センター撤退後の平成8年の用途地域指定にあたって,本件土地は第1種中高層住居専用地域に指定されるべきであったが,第2種中高層住居専用地域に指定されたのは,旧計算センター建物(無人)の用途上の既存不適格化を避けるためであったと主張する。
 この主張は建築基準法の規定の誤解に基づくものである。平成8年に都が本件土地を第1種中高層住居専用地域に指定したとしても,旧計算センター建物が用途上既存不適格化するものではないからである。
 建築基準法上の用途制限とは,ある建築物を特定の用途に現実に供することの制限である。本件建物は平成8年現在,すでに事務所としての用途が廃止されていたのであるから,第1種中高層住居専用地域に指定されても不適格化することはあり得ない。
 東京海上が本件建物を計算センター以外の事務所用途に将来使用するとすれば,それは新用途への供用にあたる。平成8年現在東京海上はそのような計画をもっておらず,本件建物の取り壊し,本件土地の売却方針を決定していたのである。
4 原告らは,本件土地は,その上に高さ20メートル以上の建築物が建築できないという内在的制約を課されていたと主張する。
 すなわち,市民の意向や市景観条例に照らすと本件土地は本来第1種低層住居専用地域に指定されるべきであり,現実に都市計画上そのような指定がなくても,同地域と同様に取り扱われるべき法律的な拘束を課されていたと解すべきであるというのである。
 しかし,景観条例は拘束的な建築制限を課するものではなく,単なる行政指導条例であるし,住民の意思(仮りにそのような住民の総意があったとしても)の存在から直ちに第三者の財産権に対する法的な内在的制約を課されるというのは独自の見解である。
 都市計画による建築制限は,正規の手続を経て都市計画決定され,告示されたもののみが法的な拘束力を有するのである。

論点4 原告らの損害の有無
(原告らの主張)
1 日照被害
(1) 日照被害の受忍限度の判断基準
ア 建築基準法56条の2及び東京都日影条例と受忍限度
 本件において,建築基準法56条の2及び東京都日影条例は,原告らが本件マンションによって被る日照被害が受忍限度の範囲内にあるか否かを判断するための基準にならない。
(ア) 建築基準法56条の2及び東京都日影条例による規制の趣旨と本件地域
の地域性
 建築基準法56条の2及び東京都日影条例は,住宅密集地域における最低基準として設定されたものであり,住民がそれぞれ低層住宅を建築して隣人の日照を尊重しながら豊かな日照を享受している本件地域においては,地域性が異なる以上,本件マンションによる日照被害が建築基準法56条の2及び東京都日影条例の規制値内にあるからといって,日照被害が受忍限度内にあるとはいえない。
(イ) 違法な日照被害
 本件マンションがそもそも違法建築物である以上,本件マンションによる日照被害は,本来,原告らが被るべき筋合いのない被害であり,日影条例の基準に適合していることによって日照被害が正当化されるための前提が欠けている。
イ 本件における日照被害の受忍限度の判断基準(本件地区計画及び本件建築条例による日影規制)
 行政訴訟第1審判決が判示するとおり,本件地区計画及び本件建築条例による高さ規制は,周辺住民の日照の保護をも目的とする規制であり,本件地域において,周辺住民の日照は,公法上,建築基準法56条の2とこれに基づく東京都日影条例によって保護されているばかりではなく,建築基準法68条の2とこれに基づく本件建築条例によっても保護されている。したがって,高さ規制に反する本件マンションが周辺住民に及ぼす日照被害は,建築基準法上違法な日照被害であり,民事上も受忍限度を超える日照被害である。
(2) 日照被害の重大性
 教育環境においてグラウンドが有する意義とグラウンドの使用実態を考慮すれば,日照被害がグラウンドに生じるとの点や日照被害が早朝に生じるとの点は,いずれも日照被害が軽微であるとする理由にはならず,原告桐朋学園,児童・生徒(原告目録第2)及び教職員(原告目録第5)の日照被害は重大である。
 また,原告A,同B,同F,同C,同E及び同Gも本件マンションによって違法な日照被害を受けており,日照被害は重大である。
(3) 被告らのその余の主張に対する反論
 被告らは,原告らの所有建物が大学通りの並木等によっても一定の日照被害を受けているとも主張するが,樹木による日影と本件マンションによる日影とはその性質が全く異なるのであって,原告らの本件マンションによる日照被害が軽微であるとする根拠にはならない。
2 圧迫感被害
(1) 生活環境における圧迫感の意義と本件地区計画及び本件建築条例における位置付け
 過密な環境で圧迫感を受けながらの生活は,居住者等に精神的なストレス等の弊害をもたらし,その精神医学的悪影響は顕著である。開放的な環境は,快適な生活を実現する重要な因子であって,生活環境の重要な構成要素の一つである。
 本件において,本件地区計画の目標や方針から見て,本件地区計画は,周辺住民の住環境ないし教育環境としてゆとりのある開放的な環境をも維持保全する趣旨を有することが明らかであり,また,本件地区計画及び本件建築条例においては,高さ20メートル以下の建築物のみで形成される地区という客観的な基準によって,圧迫感のない良好な都市環境の具体的内容が明らかにされている。したがって,本件高さ規制が開放的な環境を保護する規制であることは明らかである。
(2) 圧迫感の受忍限度の判定基準
ア 圧迫感の測定方法
 圧迫感を客観的に判定する方法としては,形態率の測定という方法が用いられる。形態率の測定は,「東京都環境影響評価技術指針」,判例等において圧迫感を客観的に判定する方法として広く採用されており,圧迫感を客観的に測定する手法として一般に確立された手法である。
イ 圧迫感の受忍限度
 @良好な環境が保全されている地区内の周辺住民については形態率4パーセントが受忍限度値となり,A一般的な住宅地における周辺住民及び良好な環境が保全されている地区内における非居住者については形態率8パーセントが受忍限度値となる。
ウ 圧迫感被害の重大性
 本件マンションは,原告桐朋学園,児童・生徒(原告目録第2),教職員(原告目録第5),原告J,同C,同H,同I,同E及び同Gに対し,受忍限度を超える圧迫感被害を及ぼしており,その被害は重大である。
(被告らの主張)
1 日照被害
 本件マンションによる原告桐朋学園の日影状況は,冬至において,午前9−10時頃にはほとんど日影はなくなり,午後3時ころ再び日影が発生する(乙173の1)。しかし日影が発生するのは,いずれも校舎ではなくグラウンドのごく一部である。
 春秋分においては,日影は全く発生しておらず(乙173の2),さらに秋分よりもより冬至に近い日影状況である10月13日においてもまだ日影は全く発生していない(乙173の4)。
 以上から,日影は冬至前後のごく短期間に限られ,しかも前述のように,日影はグラウンドのごく一部に生ずるのみである。また,原告桐朋学園の本件マンション側南縁部分には,多くの樹木が存し(乙184),本件マンションによる日影よりも,これらの自己所有樹木による日影の方がグラウンドへの影響ははるかに大きい。
 原告Cの日影状況は,冬至において,午後3時ころから日影が発生し,(173の1),また,春秋分において,午後3−4時の間に日影が発生する(乙173の2)。なお,夏至において日影は発生しない(乙173の3)。以上のとおり,日影は秋分から春分にかけて,ごく短時間発生するに過ぎない。
 原告Aの日影状況は,冬至において,午後2−3時ころ日影が発生するが(173の1),しかし,春秋分においては日影は発生せず(乙173の2),さらに,日影状況が秋分よりもより冬至に近い10月13日においてもまだ日影は発生していない(乙173の4)。以上のとおり,日影は冬至のごく一時期に,ごく短時間発生するに過ぎない。
 原告Bの日影状況は,冬至において,午後3時ころ日影が発生し(173の1),春秋分においては,日影は発生しない(乙173の2)。
 さらに,日影状況が秋分よりもより冬至に近い10月13日においても,まだ日影は発生しない(乙173の4)。以上のとおり,日影は冬至のごく一時期に,ごく短期間発生するに過ぎない。
2 いわゆる環境権は,判例,学説上,個人の具体的権利として認められておらず,本件マンションに関する即時抗告審東京高決平12・12・22も同旨である。
3 教育環境に関する権利も,法律上の権利とはいえない。しかも,本件マンションによる具体的な侵害の事実は存在しない。
4 景観・眺望の利益については,特定の景観の存在が営業上の利益となっている場合はともかく,個人の具体的権利としては認められていない。また,原告らの主張は主観的,一方的であり,社会的相当性を欠くといわなければならない。
5 圧迫感・プライバシー権
 桐朋学園小学校教室と本件マンションとの距離は約120メートルで,その間には同学園所有の多数の樹木が存し(乙184),本件マンションの建築によって教室使用者のプライバシー権を侵害するとは到底言えず,また,不当な圧迫感を与えるものでもないことは明白である。
6 風害
 被告のシミュレーションによれば,風環境評価の結果に基づく本件建物周辺の風環境は,住宅地としての風環境か,あるいは一般的風環境に相当するに過ぎないとされている。
7 交通障害
 被告は,国立市の要請に基づき,本件マンションの大学通り側に車両出入口を設けず,ほとんどが南側私道から出入する構造としている。したがって,本件マンションによる具体的交通障害の事実は存せず,日常的な交通量に止まる。

論点5 受忍限度
(原告らの主張)
 以下の諸事情を考慮すると,原告らは本件マンションにより,受忍限度を超える被害をうけていることが明らかである。
1 受忍限度を超えているかどうかは,被害の性質・内容・程度,本件土地の地域性,本件マンションの建築基準法令違反の有無・程度,その他公法規制違反の有無・程度,被告明和地所の地域住民等に対する説明態度,本件マンションの用途,本件マンションの建築変更の可能性の有無,被害回避の可能性,先住性等の諸事情が考慮されるべきである。
2 特に,本件では,被害の性質・内容が,日照阻害,圧迫感等のほか,原告桐朋学園の教育環境の阻害,大学通りの景観,良好な住環境の破壊であることを最大限考慮しなければならない。
 しかも,その被害の程度は重大であり,永続的で,かつ,広範囲に及んでいることも考慮しなければならない。
3 本件土地の都市計画上の用途地域は,第2種中高層住居専用地域・第1種高度地区であるが,実質的な地域性,実際上の土地利用状況は,殆どが2階建ての低層住宅が存在する地域であり,たまに3階建ての建物がみられる程度である。本件土地の前所有者も最高で16メートルの4階建て建物(実質は3階建てである)を所有していたものであり,およそ高さ44メートルの建物が建築される地域性ではない。しかも,本件土地の用途地域の変遷によれば,本来は,第1種低層住居専用地域になるべき土地である。
 並木の高さ約20メートルで連なる大学通りの景観は,国立市民が75年以上にわたって育んできたものであって,この地域には,これを超える建物を建築することなく,大学通りの景観と調和した建物しか建築しないという住民の暗黙のルール,地域性に根ざした内在的ルール,共同のルールがあるが,本件マンションは,このような共同のルールに違反する。
4 加害建物である本件マンションは,建築基準法令上,高度に違法性のある建物であり,その違法性は明確である。少なくとも,絶対高さ20メートルを超える部分は,違法建築物として存在することは許されない。
5 被告明和地所も事業主として,まちづくりのためにこれを計画・遂行する行政庁たる国立市やまちづくりにはその意思が尊重されるべき住民とは協力しなければならない立場であるのに,被告明和地所は,これを全く無視している。被告明和地所は,本件マンションを大学通りの景観を売り物にして販売活動をしつつ,他方ではこれを破壊しているのである。互換的利害関係のある者の背理である。
 被告明和地所は,国立市都市景観形成条例を遵守せず,条例の尊重を求める国立市の行政上の説得,指導・勧告・氏名公表にも全く応じることなく,本件マンションの建築を強行した。
6 被告明和地所の住民等に対する本件マンション建築計画についての説明の態度には誠実性がなく,むしろ,住民を敵対する態度が明らかであったうえ,本件マンション建築後も,その最高責任者が誠意をもって住民に対応せず,ただ分譲販売により自社の利益を追求することだけを目的としていることは明らかである。
7 被告明和地所は,本件地区計画の縦覧・公告後に,本件マンションの建築確認を申請したものであり,本件建築条例の適用を免れるために,駆け込みで申請した者である。建築基準法3条2項は,駆け込み申請を救済しないと解されるところ,本件マンションの建築を容認することになれば,結果的に,駆け込み申請を救済したことになり,法の趣旨に反する。
8 被告明和地所は,専門業者として,前所有者からの説明と現地及び法令調査等により,本件土地に本件マンションのような大規模・高層マンションを建築できないことを知りながら,敢えてこれを取得したものであって,その損失を考慮すべきではない。
9 被告明和地所は,本件建築条例施行時に「現に建築中の建築物」が存在すると認められないときは,本件マンションを絶対高さ20メートルを超えて建築することはできないことは争わないとしている。
(被告らの主張)
1 被侵害利益については,損害論記載のとおりである。
2 地域性
 本件土地の大半は第2種中高層住居専用地域内に存し,本件土地の東側のごく1部(約36平方メートル)のみが第1種低層住居専用地域内に存する。なお,本件土地は文教地区の区域外である。
 また,原告桐朋学園の敷地は,第1種中高層住居専用地域に存し,原告Gの敷地は,第2種中高層住居専用地域に存する。本件土地と道路幅員約40メートルの大学通りをへだてた東側は,第1種低層住居専用地域,第1種中高層住居専用地域,第2種中高層住居専用地域が混在している。
3 明和地所の態度
(1) 近隣住民説明会について
 明和地所は,平成11年8月から9月にかけ,2H(計画建築物の敷地境界から同建築物の予定する高さの2倍の距離)の範囲内の近隣住民に対する戸別訪問による概要説明を行った。さらに,住民の質疑に応ずるため,9月3日から14日まで現地連絡事務所内会議室に担当者を待機させ,応対した。
 また,平成11年10月20日から平成12年1月9日まで,工事説明会を含め6回説明会を開催した。さらに,平成12年9月30日に再度工事説明会を開催した。
(2) 建築計画の変更
 被告明和地所は,本件建物の建築計画を以下の通り変更しており,近隣への配慮・譲歩を行った。@当初の18階建て高さ53.06メートル案を14階建て高さ43.65メートル案へ変更したこと。A設計変更後,被告桐朋学園側の高さを極力抑える構造にしたこと。B大学通り側のセットバックを約7.5メートルから約10メートルへ変更したこと。
 以上の結果,本件マンションの総戸数は441戸から343戸へ減少することとなった。
(3) 本件建物の用途は,居住用の共同住宅である。
(4) 本件土地購入時点では,建築制限条例を制定する動きがなかったのはもちろんのこと,行政庁からの格別の指導・注意も一切なかった。明和地所は法令に適合した建築物を建築しようとしたのであり,明和地所には加害目的がない。
(5) 明和地所が,7階以上の部分の建築差し止めにより被る得べかりし利益相当の損害は金53億円に及ぶ。さらに,建物が完成した現在,その被る損害は,建物の改築費,購入者への違約金等,莫大なものとなる。
(6) 建築基準法等法令違反の有無
 建築基準法3条2項については,東京高判平14・6・7(乙107)が唯一の判例ということができ,この判決は根切り工事が開始・継続していた本件建物が「現に建築の工事中の建築物」であるむねを明確に判断した。さらに,政府も同旨の閣議決定をしている(乙88)。したがって,本件建物は建築制限条例に反する違法建築物となるものではない。
(7) 日影・プライバシー等の判例
 本件マンションの建築禁止仮処分申立事件の抗告審東京高決平12・12・22は,抗告人たる付近住民等が本件マンションの高さ20メートルを超える部分の建築差し止めを求めうるだけの受忍限度を超える日照被害があるとは認められないとし,また,本件マンションの存在が桐朋学園の生徒である抗告人らのプライバシーを受忍限度を超えて侵害するということはできない,としている。
 なお,東京地判平8・8・26は,受忍限度は,被害の程度,並びに東京都の日影条例等が定める日影規制との関係,地域性,被害回避の可能性,加害建物の用途,先住関係,加害建物の建築基準法違反の有無,交渉経過等を総合考慮して判断されるべきであるとの立場をとった上で,当該マンション建築による日照阻害,建築工事による騒音・振動等,及びその工事強行につき,不法行為の成立を否定している。
 前記判決の示す要件を本件に当てはめて解釈すれば,本件マンションの存在は,原告らにとって十分受忍限度内にあることは明白である。
                                以 上
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