平成18年03月09日福岡高等裁判所平成16年(ネ)第581号損害賠償請求事件

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主文

1 原判決を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人は,控訴人X1及び控訴人X2に対し,それぞれ105万3614円及びこれに対する平成13年12月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被控訴人は,控訴人X3及び控訴人X4に対し,それぞれ78万2067円及びこれに対する平成13年12月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 被控訴人は,控訴人X5に対し,125万9019円及びこれに対する平成13年12月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 被控訴人は,控訴人X6に対し,247万2089円及びこれに対する平成13年12月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(5) 控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用の負担は,次のとおりとする。
(1) 控訴人X1及び控訴人X2と被控訴人との間に生じた訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを5分し,その4を控訴人X1及び控訴人X2の,その余を被控訴人の各負担とする。
(2) 控訴人X3及び控訴人X4と被控訴人との間に生じた訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを3分し,その2を控訴人X3及び控訴人X4の,その余を被控訴人の各負担とする。
(3) 控訴人X5と被控訴人との間に生じた訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを5分し,その4を控訴人X5の,その余を被控訴人の各負担とする。
(4) 控訴人X6と被控訴人との間に生じた訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを5分し,その4を控訴人X6の,その余を被控訴人の各負担とする。

3 この判決は,1項(1)ないし(4)に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 当事者の求めた裁判

1 控訴人ら
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は,控訴人X1及び控訴人X2に対し,それぞれ497万3858円及びこれに対する平成13年12月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 被控訴人は,控訴人X3及び控訴人X4に対し,それぞれ265万3643円及びこれに対する平成13年12月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 被控訴人は,控訴人X5に対し,619万7531円及びこれに対する平成13年12月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(5) 被控訴人は,控訴人X6に対し,1347万7796円及びこれに対する平成13年12月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(6) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
(7) 仮執行宣言

2 被控訴人
(1) 本件控訴をいずれも棄却する。
(2) 控訴費用は,控訴人らの負担とする。

第2 事案の概要等

1 事案の要旨

本件は,被控訴人から新築マンションの各室を購入した控訴人らが,その外壁タイルの剥離・剥落及びその補修工事の騒音等により損害を被ったと主張して,民法570条が定める売主の瑕疵担保責任に基づき,被控訴人に対し,交換価値の下落による財産的損害,慰謝料及び弁護士費用の損害賠償及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求めた事案である。

原判決は,控訴人らの精神的損害に関しては被控訴人に予見し得ない特別損害であるとして,また,財産的損害に関しては交換価値の下落がその補修工事後も存在していることを認めるに足りないとして,いずれの請求もすべて棄却した。これに対して,控訴人らは,控訴した。

2 前提事実(争いのない事実,各項末尾記載の証拠及び弁論の全趣旨により認定した事実)

(1) 被控訴人は,別紙物件目録(以下「目録」という。)記載1のマンション(以下「本件マンション」という。)の各室の分譲業者である。

(2)ア 控訴人X1及び控訴人X2は,平成11年7月24日,被控訴人との間で,本件マンションのうち目録記載2の1405号室(共用部分については敷地権の割合と同率の持分。なお,以下では本件マンションの各室を番号だけで表示する。)を4400万円(うち建物価格3014万4598円)で購入する旨の契約を締結して,本件マンションの区分所有者となり,同年9月19日,1405号室に入居した。

イ 控訴人X3及び控訴人X4は,平成11年3月20日,被控訴人との間で,本件マンションのうち目録記載3の508号室(共用部分については敷地権割合と同率の持分)を2580万円(うち建物価格1608万2683円)で購入する旨の契約を締結して,本件マンションの区分所有者となり,同年4月14日,508号室に入居した。

ウ 控訴人X5は,平成10年12月12日,被控訴人との間で,本件マンションのうち目録記載4の518号室(共用部分については敷地権の割合と同率の持分)を2970万円(うち建物価格1878万0395円)で購入する旨の契約を締結し,本件マンションの区分所有者となり,平成11年3月19日,518号室に入居した。

エ 控訴人X6は,平成12年4月7日,被控訴人との間で,本件マンションのうち目録記載5の603号室(共用部分については敷地権の割合と同率の持分)と目録記載6の322号室(共用部分については同様)を,603号室につき2950万円(うち建物価格1853万9759円),322号室につき3450万円(うち建物価格2230万2046円)でそれぞれ購入する旨の契約を締結して,本件マンションの区分所有者となり,同年5月18日,322号室と603号室に入居した。

(3) 本件マンションは,総戸数260戸の共同住宅であり,被控訴人から請け負ったB・C建設共同企業体により建築されて平成10年12月30日に竣工し,平成11年1月14日新築として登記された。
その構造は,中庭形式のコの字型に配置され,中庭に面した部分には共用通路が設けられている。外周外壁部(各住戸外壁部),バルコニー部,中庭外壁部及び玄関・廊下周り部には,1階から最上階までタイルが施工されている(以下,これを総称するときは「外壁タイル」という。)。
その施工方法は,外周外壁部の1階から7階までは二丁掛けタイルの密着張り一発目地工法(深目地仕様),同じく7階から最上階までは後目地詰工法(浅目地仕様),中庭外壁部の1階から最上階までは二丁掛けタイルの密着張り一発目地工法(深目地仕様)であり,使用された外壁タイルは,高級感や意匠性を重視した重量感のある特注タイルであった。(甲6ないし10,23の3,乙3)

(4) 本件マンションの外壁タイルには,次のような剥離・剥落が生じた。
すなわち,@平成10年11月,エレベーターホールの壁及び階段手摺部分の壁に外壁タイルの剥離が確認され,部分的張り替えが行われた。A竣工後の平成11年5月,住戸面の壁及び半円柱の外壁タイルが剥落し,張り替えが行われた。B平成12年3月,220号室,221号室,222号室,322号室及び323号室の各バルコニー部の外壁タイルの剥離・剥落が確認され,その都度補修が行われた。C同年9月,東面4階外壁部の外壁タイルが剥落した。(乙3)

(5) 被控訴人は,本件マンションの建築請負業者であるB・C建設共同企業体に,外壁タイル剥離の現況調査及びその原因究明と対応策についての報告を求めた。
同企業体は,平成12年9月23日から同年10月8日までの間,本件マンションの外壁面及び中庭面の各東・西・南・北面の調査可能な範囲の外壁タイルについて,仮設足場及び仮設機器等による打診検査や赤外線映像装置による調査を実施した。
その調査結果として,同企業体は,同年10月,被控訴人に対し,@各壁面に対して浮きはらみの箇所が6階より下の壁面に多く散在しており,一部剥落危険箇所も見受けられるので,早めに処置することが必要と判断される,A7階より上の部分の浮きに関しては,タイル1枚に対して2分の1以下の小さい範囲であり,現時点の段階では剥離の危険性は少ない旨報告した。
さらに,同企業体は,同年11月,既往の実態調査結果報告を基に,現地調査を実施して,被控訴人に外壁タイルが剥離した原因と対策結果をまとめて報告した。
この報告をもとに,被控訴人は,本件マンションのA管理組合(以下「管理組合」という。)の承認を得て外壁タイル全面の補修工事(以下「本件補修工事」という。)をすることとした。
本件補修工事の内容は,外周外壁部,バルコニー部及び玄関・廊下周り部ではタイルの張替工事(既設タイルを撤去し,下地コンクリートに下地処理を行うなどして,新たにタイルを貼り付ける工法)を,中庭外壁部ではアンカーピンニング工事(タイルを下地コンクリートにピンで直接固定する工法)をそれぞれ施工するというものであった。
そして,本件補修工事は,平成12年9月に足場が組まれ始め,同年11月これが最上階に達し,そのころ既設タイルの撤去が始まり,平成13年12月下旬ころまでに足場が撤去され,平成14年1月17日をもって全面的に終了した。(甲11,12,14ないし19,乙1の1ないし4,2,3)

3 争点(控訴人らの損害の有無及び額)

(1) 控訴人らの主張

ア 控訴人らは,いずれも本件マンションの外壁タイルの瑕疵及び本件補修工事により,@その購入した各室の交換価値下落による財産的損害として各建物価格の3割相当額,A精神的損害に対する慰謝料として控訴人一人当たり500万円及びB控訴人らが本訴提起に要した弁護士費用の各損害を被った。
そこで,被控訴人に対し,売主の瑕疵担保責任に基づき,@及びAの合計額の一部並びに弁護士費用の合計として,控訴人X1及び控訴人X2は各497万3858円の,控訴人X3及び控訴人X4は各265万3643円の,控訴人X5は619万7531円の,控訴人X6は1347万7796円の損害賠償をそれぞれ請求する。

イ 財産的損害について
本件マンションの交換価値が下落した事情は,以下のとおりである。
(ア) 本件マンションの外壁タイルが剥離・剥落したという瑕疵の事実は,北九州市内においては周知の事実であり,その結果,これによって本件マンションの交換価値が下落したことも明らかである。
マンションの構造上の欠陥について一般人は知り得ないのであるから,建築直後に外壁タイルが大規模に剥落したという歴史的事実は,他にも欠陥があるのではないかという不安感を人に抱かせるものである。
それ故,仮に原状が完全に回復された場合であっても,本件マンションの各室の交換価値の下落は明らかである。
まして,本件においては,外壁の修繕は一応実施されたが,それは原状を回復したものではなく,単に剥離防止の修繕にすぎないのであるから,交換価値の下落は少なくない。

(イ) Dは,平成12年12月21日,本件マンションの目視による劣化診断を行ったが,その報告によれば,「原状の問題点としては躯体コンクリート部のクラックが経年変化としてはかなり早い劣化現象があります。ひび割れの基準値を大幅に上回る計測値が随所に出ています。状態としてはかなり劣悪です。」「白華現象が屋上部において多数確認できた。またバルコニーの天井面にも見られます。共用部分廊下周りのタイル部にもその現象は見られます。」「躯体のコンクリート部にはかなり外部からの水分の浸透が考えられます。」「今発生しているタイルの剥離・崩落だけでなく,全体についての早急な対策が成されない限り将来的に発生する 大規模修繕時の費用は膨大なものに成るでしょう。」「現在のように十分な検証を行わずに局所的対応補修を行った場合,劣化現象を防ぎえるか疑問です。」「部分的な施工不良は他のマンションにもよく見受けられますが,このマンションについては,タイル部だけの施工精度だけでなく,全体的な施工精度に問題が有るように見受けられます。」とのことである。
このように目視による簡易診断によって問題が指摘されているのに,その後,中立・公平な立場にある者による精密な建物診断が本件マンションにおいて実施されたか否かは不明であり,建物区分所有者らがこれに関する正確な報告を受けたことはない。
このような事情がある以上,本件マンションの今後の売買においても買主の不安を払拭することができず,本件マンションの交換価値をさらに下落させることになる。

(ウ) 被控訴人は補修したから交換価値の下落はないと考えているようであるが,例えば自動車の物損事故において,被害車両を修理してもなおその交換価値が下落する場合があり,修理代のほかに格落ち損が損害賠償として認められるのと同様に理解すべきである。

(エ) 控訴人らは,外壁タイルが剥離・剥落した箇所がすべて本件マンションの共用部分であることを認める。
控訴人らのようなマンションの区分所有者は,専有部分に対する区分所有権,共用部分及び共用施設に対する共有持分並びに敷地利用権を有し,これらは不可分のもので,分離処分は禁止されている。
控訴人らが本件マンションの外壁タイルの剥離・剥落により被った損害として主張しているのは,これらの諸権利の総体的価値としてのマンションの価値の下落である。
すなわち,本件マンションの共用部分の瑕疵に起因して,補修後もなお残存する上記諸権利の総体としての本件マンションの価値下落による損害賠償である。

ウ 慰謝料請求について
(ア) 売主の瑕疵担保責任に基づく損害賠償に関しては,瑕疵と相当因果関係のある損害である限り,その対象となるものである。
本件マンションにおける大規模な外壁タイルの施行不良からみれば,その補修に1年以上を要し,これにより居住者が精神的苦痛を覚えることは当然あり得ることであるから,通常生ずる損害として賠償請求の範囲に属するというべきである。
本件のような欠陥住宅被害は,財産的な交換価値の回復によっては解消されないマイホームの「夢」の破壊,平穏・快適・安全な居住利益の侵害であり,かつ,被害が重大で継続性があり,人格的利益や生活利益の侵害の側面を有する。
売主の瑕疵担保責任に基づく慰謝料請求を認めた裁判例は少なくなく,本件においても肯定されるべきである。

(イ) 本件において,控訴人らが被った精神的苦痛に対する慰謝料を算定するに当たり斟酌すべき事情は,以下のとおりである。
すなわち,@本件補修工事は,平成12年9月に足場が組まれ始め,同年11月これが最上階に達し,そのころ既設タイルの撤去が始まり,平成13年12月下旬足場が撤去され,平成14年1月17日にようやく全面的に終了したものである。控訴人らが不快・不安な生活を強いられた期間は,約1年4か月もの長期に及ぶものである。

A本件外壁タイルの剥離・剥落は多数存在し,その瑕疵は重大であり,本件補修工事が始まるまで控訴人らを含む本件マンションの居住者は外壁タイルの剥落の直撃という人命にかかわる事故の危険性の下で生活した。しかも,本件マンションは新築当初からこのような状態であった。

B本件補修工事では一部アンカーピンニング工法が施工されたことにより,本件マンションの外壁に大規模修繕の跡が残り,本件補修工事の施工不良による白華が生じて見苦しく,躯体コンクリートや鉄筋への悪影響も懸念される。また,本件マンションは,高級感や意匠性を重視した重量感のある特注タイルを使用していたにもかかわらず,上記のような状態となり,控訴人らの期待は入居後間もないうちに無惨に打ち砕かれた。

C控訴人らは,本件マンションの外壁タイルの剥離・剥落問題について,管理組合あるいは外壁問題対策委員会の一員として,その説明会や委員会への出席等に莫大な時間をとられ,また,管理組合内の各組合員間における本件問題への対応についての意見の食い違いから生じた対立に巻き込まれて振り回された。その結果,本来であれば新築マンションでの平穏で快適な生活が送れたはずであったのに,上記外壁タイルの剥離・剥落問題に日常生活の安らぎを奪われてしまったばかりでなく,本件補修工事の交渉などに疲弊し,憔悴してしまった。

D控訴人らは,本件補修工事の耐え難い騒音により,静かで快適な日常生活を送ることができない状態を長期間強いられたばかりでなく,次のような状態,すなわち,日照不足,外界の見晴しの悪さに加え,足場やフェンスが目に入ってしまう不快感,閉塞感が極めて強く耐え難い状態,本件補修工事による粉塵のため,窓も開けられず,洗濯物も外に干せない状態,足場に覆われているため,本件補修工事をしていない夜間も防犯上窓を開けられない状態,マンションの外壁タイルが全面にわたって落下したり,剥がされたりして,多数のクラックが生じたコンクリートがむき出しとなって目を背けたくなるような醜悪なマンションに居住する状態を長期間強いられた。

E他方,被控訴人は,既に本件マンションの外壁タイルに剥離が生じていることに気付きながら,その事実を秘して控訴人らに対する販売を続けた。

(2) 被控訴人の主張
ア 本件マンションに瑕疵があったとしても,それは外壁タイルの施工不良である。
これについては本件補修工事により既に補修を完了しているから,被控訴人は売主の瑕疵担保責任を果たしたものと評価することができる。

イ 財産的損害について
(ア) 売主の瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求は,瑕疵のない履行がされたなら買主が得たであろう利益を失ったことによる損害の賠償(履行利益の賠償)ではなく,買主が瑕疵がないと信じたことにより被った損害の賠償(信頼利益の賠償)であると解されている。
控訴人らが主張する財産的損害の賠償請求は,履行利益の賠償を求めるものであるから,売主の瑕疵担保責任に基づく損害賠償としては認められない。
また,控訴人らが主張する交換価値というものは,本件マンションに居住してこれを使用している以上,顕在化しない「仮定の価値」にすぎない。
本件では,使用価値こそ問題とすべきところ,本件マンションは既に本件補修工事により本来の機能を回復しているから,控訴人らに使用価値に関する損害は現存しない。

(イ) 本件で問題となっている外壁タイルの剥離箇所は,すべて共用部分であり,控訴人らの専有部分ではない。
このような共用部分に関する売主の瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求は,共有物の管理に関する事項であるから,建物区分所有者の集会決議によって決せられることになる。
すなわち,上記損害賠償請求は,集会決議に基づき団体的に行使されるべきものであって,建物区分所有者各自が個別に行使することは予定されていない。
本件では,管理組合の総会における適正な議決を経て,管理組合と被控訴人との間で総額1億円の和解が成立し,問題は解決を見ているのであるから,これとは別に控訴人らによる売主の瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求を個別に認める余地はない。

(ウ) 本件補修工事後は,本件マンションの各室について交換価値の下落は存在していない。
本件マンションの一室に関する不動産競売手続において,外壁タイルの剥離を減価要素の1つとして評価した評価書が存在するが,これも外壁タイルの剥離自体による減価の程度を評価したものではない。
本件補修工事後の本件マンション各室の販売状況を見ても,一般的な経年減価を超える値引きがされた事実はない。

ウ 慰謝料請求について
本件マンションの外壁タイルの施工不良が広範囲に及び,その補修に1年を超えるような長期間を要することは特別の事情であり,これについて売買契約当時被控訴人に予見可能性はなかった。
また,売主の瑕疵担保責任は,売買契約の有償性の均衡を回復する機能を有し,無過失責任と解されていること等からして,当事者間の公平上,その責任範囲は限定されるべきである。
しかも,仕事完成義務を負う請負人の瑕疵担保責任の事例においてさえ,精神的損害の賠償を認めない裁判例は少なくない。
したがって,本件においては,尚更慰謝料請求は認められない。また,控訴人らが慰謝料の増額要素として挙げる上記事情の多くは,補修が完了してその後異常の認められない本件には当てはまらない。

第3 当裁判所の判断

1 事実関係
証拠(各項末尾に記載のもの)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 本件補修工事は,平成12年9月17日から平成14年2月28日までを全体工期として,外周外壁・バルコニー部,中庭外壁部,玄関・廊下周り部の三つに分けて行われた。

まず,外周周り足場や中庭面足場の仮設工事がされて外壁タイルの状況が調査された。
その後,外周外壁・バルコニー部については,@タイル撤去(はつり)工事(第1期)が同年11月7日から同年12月19日まで,同工事(第2期)が平成13年2月21日から同年3月19日まで,A撤去面下地処理工事が同年1月中旬から同年3月末ころまで,Bコンクリート壁ひび割れ補修工事が同年4月初旬ころから同年7月上旬まで,Cタイル墨出しが同年4月初旬ころから同年5月中旬まで,Dタイル貼り工事が同年5月中旬から同年9月中旬まで,Eバルコニー内の塗装・シーリング工事が平成13年6月中旬から同年10月中旬までそれぞれ施工されて,そのころ外部面足場が解体された。

また,中庭外壁部については,@浮き部貼替え・目地詰め工事が同年9月中旬から同年10月末ころまで,Aアンカーピンニング工事が同年11月初旬ころから同年12月上旬までそれぞれ施工されて,同月末までに中庭面足場が解体された。
そして,玄関,廊下周り部については,浮き部撤去張替工事が同年10月中旬から平成14年1月中旬まで施工された。

これらの施工方法は,一部アンカーピンニング工法が採用された点,1階から7階部分のタイル貼りについても目地の仕上げが浅く変更された点において,新築時のそれとは異なっていた。
なお,控訴人らの各室に関する工事日程は,それぞれバルコニー面のタイル撤去に2日間,タイル下地処理に1日,タイル貼付に10日ないし15日間,アルコープ面のタイル貼替えに2日ないし5日間を要した。 (乙1の1ないし4,13)

(2) 本件補修工事の期間は約1年4か月に及び,そのほとんどの間,控訴人らは外壁に足場が組まれ工事が続けられる状態での生活を強いられたばかりでなく,本件補修工事に伴う騒音,粉塵等に悩まされた。
このうち,特にひどかったのはタイル撤去工事の騒音であり,タイル撤去工事は上記期間中の平日昼間に行われたが,自室の外周外壁・バルコニー部に施工される場合に限られることなく,上記期間中は絶え間なく大きな騒音が生じた。
これにより,控訴人らは,種々の生活上の不便や心理的な負担などを感じたが,特に控訴人X3及び控訴人X4は,高齢のため,上記期間中も在室せざるを得なかったので,その騒音被害には大きいものがあった。

他方,被控訴人は,本件補修工事期間中,本件マンションの居住者に対し,@タイル撤去工事等の期間中,夜間勤務の者や乳幼児のいる家庭を中心としてホテル宿泊を提供すること,A実家一時帰宅等の際の交通費を負担すること,B呼吸器系の過敏な者を対象に,空気清浄機を無償貸与すること,C居住者が無償で使用できる洗濯物乾燥機(12台)を設置することなどの生活支援を提案した。
その結果,上記居住者のうち,@については21名,Aについては5名,Bについては4戸が利用したが,控訴人らは,これらを利用しなかった。 (甲25,26,27の1・2,28,40,乙14,当審控訴人X1本人,同X3本人)

(3) 管理組合は,平成15年6月22日の総会において,被控訴人との間の外壁タイル剥離・剥落による補償問題について和解する旨を協議し,その結果,同月30日,被控訴人との間で,被控訴人が解決金として総額1億円(1戸当たり約40万円及び弁護士費用に相当)を管理組合に支払うとともに,基礎その他の主要構造部分の損傷に対して補修を行う旨の20年間の長期住宅保証を行うことで和解が成立した。 (甲33,乙9,15)

(4) 本件補修工事後における本件マンションの各室の販売状況等は,次のとおりである。
ア 新築当時3010万円で販売された903号室について不動産競売手続が開始されたが,その際提出された評価人作成の評価書では,競売市場減価前の903号室の価額(ただし,敷地を除いた建物のみの評価)を2190万7314円と評価し,その中で,減価要素として,維持・管理の状況,リフォームの必要状況に関し,外壁の剥離が以前生じたことを踏まえて30パーセントと査定されている。 (甲23の3)

イ 新築当時の販売価格が3700万円であった709号室は平成14年6月30日に2800万円で,新築当時の販売価格が4330万円であった1403号室は同月28日に3600万円で,新築当時の販売価格が2960万円であった323号室は平成13年11月17日に2580万円で,新築当時の販売価格が3000万円であった411号室は同年4月20日に2650万円で,新築当時の販売価格が2980万円であった423号室は同年8月31日に2600万円で,新築当時の販売価格が3000万円であった523号室は同年3月25日に2550万円でそれぞれ売却された。 (甲24,34,35,42ないし45)

2 争点(控訴人らの損害の有無及び額)について

(1) 財産的損害について
ア 前提事実のとおり,被控訴人が新築した本件マンションの外壁タイルに,その後剥離・剥落という瑕疵が存したことや控訴人らが被控訴人から本件マンションの各室を購入したことは,当事者間に争いがない。

そして,前提事実及び事実関係で認定したとおり,控訴人らが本件マンションの各室を購入したのは,いずれもその竣工後間もなくであり,これらはいわゆる新築物件であること,本件外壁タイルの剥離・剥落は,既に本件マンションの竣工前である平成10年11月ころから見られ,その後も継続,拡大したものであること,被控訴人は,控訴人らに対する各室の販売の際,この外壁タイルの剥離・剥落を知っていた可能性がうかがわれること,控訴人らが入居して1年ないし2年足らずで,大規模な本件補修工事に至ったこと,本件マンションの外壁タイルは,高級感や意匠性が重視されていたものであるところ,本件補修工事は,施工方法につき,新築時の工法と異なり,目地の仕上げを浅く変更したり,一部アンカーピンニング工法を採用するなどして,完全な意味での回復を図ったものではないことは明らかである。
そうすると,まず,本件マンションの上記瑕疵により,控訴人らが購入した各室の経済的価値が,いずれもその購入時において,上記瑕疵がない場合のそれと比較して低下していることは否定しがたいところである。

すなわち,本件マンションの売主である被控訴人は,売主の瑕疵担保責任として,瑕疵の存在を知らずに合意した売買代金額と瑕疵を前提にした目的物の客観的評価額との差額に相当する,この経済的価値の低下分について,損害賠償義務を負わなければならないことになる。
そして,本件補修工事によって上記瑕疵が修復された結果,外壁としての機能上の問題は今のところ解消されたということができようが,本件マンションの外観上の完全性が回復されたということはできない。
すなわち,本件マンションの上記瑕疵が顕在化したことから一度生じた,本件マンションの新築工事には外壁タイル以外にも施工不良が存在するのではないかという不安感や新築直後から本件マンションの外壁タイルに対して施工された大規模な本件補修工事から一般的に受ける相当な心理的不快感,ひいてはこれらに基づく経済的価値の低下分は,本件補修工事をもってしても到底払拭しがたいといわなければならない。

そして,いわゆるマンション分譲における各室の購入者は,その経済的価値としては,各室の使用価値とともに交換価値(資産価値)にも重大な関心を有していることが一般である。
実際,903号室に関する不動産競売手続において,外壁タイルの剥離・剥落をもって減額要素の1つとして評価されているのである。
かかる事情からすれば,本件補修工事後においても,なお,控訴人らが購入した本件マンションの各室については,その共用部分である外壁タイルの瑕疵に起因する経済的価値の低下が存続していることは否定できない。
そして,本件では,外壁タイルの施工不良が新築直後から顕在化していることからしても,この瑕疵による各室の交換価値の低下分を売主の瑕疵担保責任でもって填補する必要性は大きいといわなければならない。

このように,この各室の交換価値の低下分をもって売主の瑕疵担保責任における財産的損害とする以上,外壁タイルの剥離・剥落が専ら共用部分に生じたものであっても,その共用部分を共有する建物区分所有者たる控訴人らの損害賠償請求が否定される理由はないことになる。
したがって,上記瑕疵が本件マンションの共用部分に存することを理由に,控訴人らによる個別の売主の瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求を認める余地はない旨の被控訴人の主張は,採用できない。

イ そこで,上記瑕疵による各室の交換価値の低下分について検討する。
(ア) 上記事実関係で認定した本件マンションの各室の売却事例(以下「参考売却事例」という。)は,いずれも本件補修工事中ないし工事後になされているから,外壁タイルの剥離・剥落及び本件補修工事を前提に取引されたとみることができるものである。

そして,各売却価額と新築当初の売り出し価格を比較すると,@709号室は約3年5か月の間に約24パーセント,A1403号室は同期間の間に約17パーセント,B323号室は約2年5か月の間に約13パーセント,C411号室は約2年3か月の間に約12パーセント,D423号室は約2年7か月の間に約13パーセント,E523号室は約2年2か月の間に約14パーセントのそれぞれ販売価格の下落が認められる。
また,競売手続の行われた903号室については,外壁剥離の事実を含めた維持・管理の状況,リフォームの必要状況に関し,全体で30パーセントの減額要素としていることは既に見たとおりである。

そこで,これらの外壁タイルの剥離・剥落の時期・状況,本件補修工事の内容,参考売却事例などを総合すると,現存する上記瑕疵に起因する控訴人らが購入した本件マンションの各室の交換価値の低下分は,それぞれ控訴人らの購入した各室の建物価格の5パーセントを下らないと認めるのが相当である。

(イ) この点,被控訴人は,参考売却事例はいずれも通常の経年を理由とする値引きの範囲内であり,特に,マンションは,一般に竣工後2年を超えると住宅金融公庫の融資の制限がされるため,値引率が20パーセント以上となる傾向があって,通常の値引き実態からすれば上記売却事例の値引率はむしろ控えめであり,そこに外壁タイルの施工不良の影響を見ることはできない旨主張する。

確かに,証拠(乙8,11,17)によれば,平成10年7月と同年12月に竣工して被控訴人が販売した2つのマンションの値引率の状況は,2年経過後にその割合が大きく上昇していることが認められる一方,被控訴人が平成9年5月から平成11年9月にかけて販売したマンション7棟の値引率の状況は,経年による値引率の増加傾向は認められるものの,施工後2年を境にして顕著な変化は見いだし難いことが認められる。

また,本件マンションの外壁タイルの施工不良が控訴人ら購入の各室の交換価値を低下させる事情であることは上記説示のとおり明らかである。
したがって,参考売却事例と被控訴人が販売した他のマンションとの値引率の比較から,直ちに,上記瑕疵や本件補修工事の影響を否定することはできない。

他方,控訴人らは,外壁タイルの施工不良は敷地の価値に影響するものでなく,専らこれを除いた建物本体の価値に影響する事情であり,また,参考売却事例はいずれも購入者が被控訴人と関係を有するものであるという特別な事情が存在するとして,これらの事情を考慮に入れると,結局,上記交換価値の低下分は建物価格の30パーセントを下らない旨主張する。
しかし,本件全証拠をもってしても,上記交換価値の低下分が建物価格の30パーセントを下らないものと認めることは未だできない。

(ウ) 以上によれば,上記瑕疵による各室の交換価値の低下分は,次のとおりである(円未満切り捨て)。控訴人らは,これを売主の瑕疵担保責任に基づく損害賠償として被控訴人に請求できるものである。
@控訴人X1及び控訴人X2(1405号室) 各75万3614円
(計算式)3014万4598円×0.05÷2=75万3614円
A控訴人X3及び控訴人X4(508号室) 各40万2067円
(計算式)1608万2683円×0.05÷2=40万2067円
B控訴人X5(518号室) 93万9019円
(計算式)1878万0395円×0.05=93万9019円
C控訴人X6(603号室) 92万6987円
(計算式)1853万9759円×0.05=92万6987円
(322号室) 111万5102円
(計算式)2230万2046円×0.05=111万5102円

(2) 慰謝料請求について
ア 控訴人らが請求する慰謝料は,主に外壁タイルの剥離・剥落の補修として施工された本件補修工事による精神的苦痛に対するものであることは,その内容からして明らかであり,通常,本件のような外壁タイルの剥離・剥落そのものは,特段の事情がない限り,控訴人らの慰謝料請求を相当とする事情とは言い難いものである。
そこで,この控訴人らの慰謝料が本件マンションの外壁タイルの瑕疵による損害といえるのか,すなわち,上記瑕疵と本件補修工事による控訴人らの精神的苦痛との間に相当因果関係があるかが問題となる。

そこで,検討するに,本件マンションの外壁タイルに上記瑕疵があったことは,既に説示のとおり当事者間に争いがない。そして,上記瑕疵は,そもそも被控訴人が発注した本件マンションの新築工事の施工不良に起因するものである。
そうすると,その補修の必要性があることは当然であり,そのための本件補修工事の費用等が売主の瑕疵担保責任としての損害に含まれることに異論はないと思われる。

そして,本件補修工事について,本件マンションの各室を購入したにすぎない控訴人らに何らの責任もないことはいうまでもない。
仮に本件補修工事によって控訴人らに不利益が生じたときは,それは被控訴人が負うべきである。
それ故,本件補修工事の施工そのものは,本件マンションの他の居住者とともに控訴人らも受忍しなければならないが,本件補修工事から受ける騒音,粉塵等による生活被害についてまでその負担を強いられるものでない。
これらの生活被害は,本件マンションの各室の売主である被控訴人の負担でもって回復されるべきである。

すなわち,本件補修工事による控訴人らの上記生活被害についても,本件マンションの外壁タイルの剥離・剥落という上記瑕疵に基づく損害に通常含まれるものとして,被控訴人が賠償しなければならないと解するのが相当である。
この意味において,上記瑕疵と控訴人らの慰謝料は,上記瑕疵による損害というべきである。

イ そこで,これら生活被害による控訴人らの慰謝料額を検討する。
前記事実関係のとおり,本件補修工事の期間は1年4か月という長期間に及ぶものであり,なかでも,平成12年11月から12月にかけてと平成13年2月から3月にかけてのタイル撤去工事による騒音や粉塵による生活被害には大きいものがあったと認められ,特に,高齢のためにタイル撤去工事中も在室せざるを得なかった控訴人X3及び控訴人X4にとって,それが日中施工されたものであっても,耐え難いものであったであろうことが容易に推測されるところである。
そして,外壁タイルの剥離・剥落という上記瑕疵によって,控訴人らが入居当初から日常生活全般に渡ってその平穏を害され,その結果,種々の生活上の不快感を強いられたであろうことも推測され,また,被控訴人の上記瑕疵に関する認識可能性がうかがえることなどからすると,上記瑕疵による控訴人らの精神的苦痛も軽視できないところではある。

他方,本件で瑕疵が問題になっている箇所は,控訴人らの専有部分である各室ではなく,外壁タイルという本件マンションの共用部分であること,被控訴人は,本件補修工事を施工するに際し,本件マンションの居住者に対してそれなりの生活支援を提案していること,管理組合との間に上記瑕疵に関して解決金支払などを内容とする和解が成立していることなどは,上記認定のとおりである。

そこで,これらの事情を総合的に考慮すると,控訴人らが上記瑕疵により被った精神的苦痛に対する慰謝料は,控訴人X3及び控訴人X4については各30万円を,その余の控訴人らについては各20万円を下らないと認めるのが相当である。

(3) 弁護士費用について
控訴人らが本訴提起のために本訴訟代理人らに訴訟委任したことは,当裁判所に顕著な事実である。
ところで,本件のようないわゆるマンション分譲における売主の瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求訴訟は,その責任や損害の有無及び損害額に関する主張,立証について,一般的に極めて難しい問題を含んでおり,交通事故訴訟や医事関係訴訟と同様,訴訟の中でも極めて専門性ないし難度の高い部類に属するものであることに異論はないと思われる。
本件のような訴訟をいわゆる本人訴訟によって適切に遂行することは,ほとんど不可能に近いといわなければならない。

したがって,特段の事情がない限り,売主の瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求訴訟における弁護士費用は,交通事故訴訟や医事関係訴訟と同様,相当因果関係のある範囲において,売主の瑕疵担保責任による損害に含まれると解するのが相当である。
そして,本件においては,上記特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

したがって,本訴請求の弁護士費用を除く認容額,事案内容等の一切の事情を考慮して,この上記瑕疵と相当因果関係のある弁護士費用としては,控訴人X1及び控訴人X2は各10万円,控訴人X3及び控訴人X4は各8万円,控訴人X5は12万円,控訴人X6は23万円が相当と認める。

(4) 損害額のまとめ
控訴人らの上記損害額の合計は,控訴人X1及び控訴人X2は各105万3614円,控訴人X3及び同X4は各78万2067円,控訴人X5は125万9019円,控訴人X6は247万2089円となる。

3 結論
以上のとおり,控訴人らの請求は,それぞれ上記2(4)記載の金額及びこれらに対する平成13年12月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるから,その限度で認容するが,その余は理由がないから,これを棄却するのが相当である。
したがって,これと異なる原判決を変更することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中山弘幸 裁判官 岩木宰 裁判官 伊丹恭)
別紙 物件目録 略

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